モテない俺が、校内一の美少女に「恋愛講座」受けてみた
星秋
第1話
高校生活も2年目の春。新しいクラスのざわめきが心地よいはずなのに、俺──牧村圭太の居場所は相変わらず教室の隅だった。
特に目立たず、話す相手も少なく、ただ毎日を淡々と過ごしていく。それが俺の日常。別にそれが嫌だと思っていたわけじゃない。けれど、胸のどこかで「このままでいいのか?」という疑問がくすぶっていたのも確かだった。
今日もまた、昼休みにコンビニで買ったあんぱんを机の上でひとりもそもそとかじっている。周囲の席では、盛り上がるグループが談笑し、どこかの男子が女子にアピールして笑いを取っていた。まるで別世界だ。
それでも、そこに混ざろうと思ったことはなかった。なぜなら──どうせうまく話せないし、気の利いたことも言えないから。
過去に何度か、思い切って話しかけてみたこともあった。でも、返ってくるのは気まずい空気か、曖昧な笑顔。次第に、俺の心の中には「どうせ」という言葉が染みついていった。
そんな俺が、この日を境に“学校一の美少女”と話すことになるなんて、誰が想像できただろう。
「……ん?」
ふと、視線を感じて顔を上げる。そこには、教室の外の廊下で誰かがこちらをうかがうように立っていた。
白石結月──この学校の誰もが認める、美しさと気品を兼ね備えた存在。
長い黒髪に整った顔立ち、学年一の成績を誇り、笑えば天使のような印象を残す。そんな完璧な彼女が、どうして俺なんかの教室をのぞいてるんだ?
戸惑っていると、結月と目が合った。澄んだ瞳が真っ直ぐこちらを見つめている。数秒間の静寂。
やがて彼女は小さく息を吸い込み、おずおずと教室に入ってきた。その瞬間、周囲の空気が一変する。男子はざわめき、女子は視線を交わしている。
「ちょ、ちょっと……いい?」
周囲の視線に動じることなく、結月はまっすぐ俺の席に歩み寄ってきた。
彼女はまるで何かに怯えるような表情で、声を潜めて言った。
「……昼休み、屋上で少し話せないかな?」
一体どういうことなんだ? 俺はただ、彼女の言葉に頷くしかなかった。
だって──こんなこと、人生で一度もなかったから。
◆
春の風がそよぐ屋上にて。校庭では野球部が声を上げて練習しており、その音が遠く聞こえてくる。俺たちは柵の近くに立ち、沈黙のまま数秒が過ぎた。
「ねえ、誰にも言わないでくれる?」
ようやく結月が口を開く。彼女の横顔は、いつもの華やかさではなく、どこか素朴で緊張しているように見えた。
「……実は、私……恋愛経験、ゼロなの」
その言葉が、あまりにも意外すぎて、風の音さえ止まったように感じた。
「──え?」
思わず声が漏れる。
「信じられないって思うよね。……でも、本当なの。誰とも付き合ったことないし、告白されたこともあるけど、どう返せばいいかもわからなくて……」
言葉に詰まった結月は、小さく肩をすくめた。
「だからね、ちょっと協力してほしいの。私が恋愛を“教える”って形にして……でも実際は、圭太くんにいろいろ教えてもらう感じで」
「……なんで俺?」
思わず問い返すと、彼女はほんの少しだけ、目を伏せて言った。
「圭太くんって、恋愛に詳しそうじゃないし……口が堅そうで、冷やかしたりもしなさそうだなって」
褒められてるのか、貶されてるのか、よくわからない。でも、彼女の言葉には確かに“信頼”の色がにじんでいた。
「もし変な噂になったら、私も困るし……だから、秘密ね?」
その瞬間、俺の胸の奥に、何かが静かに灯った気がした。
この子は──完璧に見えて、誰にも言えない悩みを抱えていたんだ。
まさか、こんな風に非モテ人生に転機が訪れるなんて、夢にも思っていなかった。
けれどその日から──俺の人生は、少しだけ、いや大きく、狂い始めたんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます