第67話 パラパラ漫画
「母ちゃん!!! やめてくれよ!!! 母ちゃん!!! 母ちゃん!!! アグッ……うぅ、えぇぇ……エァッ……ア……ア……ァ…………」
何が起きているんだ。目の前で、木村君が惨殺された。包丁が突き刺さる度に鳴り響く鈍い水音。痛みで声を漏らす事も、その瞳が閉じる事はもう無いというのに、木村君の母親は木村君を包丁で刺すのを止めない。
体が動かない。助けたい気持ちで一杯なのに、僕の体はまるで銅像のように動かない。怖さなんか無い。むしろ怒りで脳と目が破裂しそうだ。
そうして、僕は目を覚ました。目を覚ましたという事は、さっき見た光景は夢だったのだろう。夢と確信が持てないのは、あの光景があまりに鮮明で、実際にあった事のように思えてならないからだ。
予知夢。まだ経験した事の無い出来事を体験する現象。一説によると、見た夢と近い出来事に遭うと、知っていた気分になるという、予知というより錯覚に近い現象だ。この際、予知だろうが錯覚だろうが関係ない。問題は、あの夢に近いかそのままの出来事が起きる可能性が出てしまった事だ。
しかし、それが何時何処で起きるか分からない。見たのは木村君が木村君の母親に刺殺される場面だけ。周囲の環境や、時間帯が分かる時計や外は見れなかった。写真に写る人物だけを切り取ったようなものだ。
顔を洗って食卓へ向かうと、姉さんがコメカミを中指で押し撫でていた。
「どうしたの姉さん」
「あ、ハルト。おはよう。なんだかね……ちょっと気分が良くないの……」
「え? 風邪ひいた?」
「そういうのじゃないんだけど……何かを思い出す時に、思い出そうとしている事とは別の何かが思い出しそうになって。でも、それが凄く……嫌な感じなんだ……絵の具が混ざりあってるみたい……」
貧血だろうか。顔色もなんだか悪そうに見える。
「とりあえず、今日は学校休んだら? 体調が悪くて休むのは、決して悪い事じゃないし」
「う~ん、そうしようかな~……」
朝食を食べ、玄関で姉さんに見送られて僕は学校へと向かった。
道中、妙な感覚に陥った。どこかが痛いとか、気持ちが悪いとか、そういう嫌な感じじゃない。むしろ、頭が凄く冴えている。答えを見ながらテストを解くように、全ての物事が簡単に思えてしまう。
【進行方向で突き当たる分かれ道】
【左から車が通る】
【それから六秒後、クラクションが鳴るや否や、衝突音が響き渡る】
【車は脇道から出てきた通行人を避けようとして慌ててハンドルを切り、電柱に正面衝突】
気付くと、僕は少し前の時間に戻っていた。確かに僕はこの先にある突き当りの分かれ道で車が通ったのを見て、その後に電柱に正面衝突した車を見た。その間、僕は確かに呼吸も瞬きもしていた。
すると、突き当りの分かれ道が見えた所で、車が通った。見覚えのある車だった。
ビィィィ―――ガシャァァァン!
クラクションの音と衝突音。見に行くと、さっき通り過ぎていった車が電柱に正面衝突していた。その近くの脇道には、腰を抜かした男の人がいた。
この後の展開も僕は知っている。知ってしまっている。僕は目を覚ましたまま予知夢を視ている。どうして今日に限ってこんな超常現象を体験しているのか。その理由さえも、僕は知っていた。
僕は走った。背負っていたランドセルを捨て、道を曲がる時も減速せずに全速力で走った。今も捲られる予知夢の次のページを追い越す為に、僕は一心不乱に走った。
木村君の家に辿り着いた。予知夢はまだ僕に追いついていない。その差もすぐに埋められる。だから僕は、地面から拾った石でベランダの窓を割って入った。亀裂が入った窓に何度も体当たりをして、遂に中へと侵入した。
ガラスの破片が刺さった左腕の痛みを感じる間もなく、階段から何かが転がり落ちる音が聴こえた。僕が向かうよりも先に、階段から転がり落ちたであろう木村君とリビングで出会った。
「ハルト!?」
「木村君!」
予知夢がすぐそこまで迫ってきている。事情を説明する時間は無い。僕は木村君の腕を掴み、家の外へと逃げようとした。
しかし、さっき負傷した左腕から流れ出た血が思いのほか多かったのか、僕の体は崩れるように倒れた。
「―――ルト―――しっかり―――きろ―――!」
【木村トオルの母親が階段から降りてくる】
【右手には包丁が。左手には木村ミツルの写真が映った携帯が】
「―――ハル―――ハルト!」
【木村トオル目掛けて包丁を振り上げた】
「ッ!? ごめん!!!」
咄嗟に、僕は木村君の股間を殴った。その痛みで木村君は勢いよく起き上がり、背後に迫っていたオバサンを吹っ飛ばした。
とりあえず木村君を助ける事は出来た。しかし、オバサンは起き上がろうとしている。後頭部が鼻にぶつかったのか、オバサンの曲がった鼻からは夥しい量の鼻血が流れている。それも相まってか、オバサンの表情は正気のそれではなかった。
木村君に僕を抱えさせて逃げようとしたが、さっきの股間の一撃で、木村君は失神していた。僕が木村君を抱えようにも、元々非力な上に、今は血が抜けて意識を保つのだけで精一杯。
さて、どうしたものか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます