第36話 湖畔で暮らす日々と再会

 セレスと名付け、召喚と送還の検証をした日から、数日が経った。


 湖畔の拠点は、相変わらず穏やかな朝を迎えている。湖面に差し込む太陽の光が波紋を描き、焚き火の跡からはまだ昨夜のぬくもりがわずかに残っていた。ユウは湖で釣り上げた魚を、串に刺しながら思わず呟いた。


「……流石に、魚ばっかりだと飽きてきたな」


 この数日、食卓を彩ってきたのは、ほとんどが魚料理だった。

 湖で釣った魚は新鮮で、味も申し分ない。塩焼きにしたり、スープにしたり、香草を使って香りを付けて工夫してきたが――それでも魚は魚。毎日続けば舌が慣れてしまい、どうしても同じ味に思えてしまう。


「焼き魚、煮込み、スープ……ぜんぶ悪くはないんだけどな」


 ユウは焼き目の付き始めた魚をひっくり返しながら、ぼそりと続ける。


「やっぱり、肉が食べたいよなあ……」


「ぴぃぃっ!」


 待ってましたとばかりに、ルゥが尻尾をばたばたさせながら大きな声を上げた。尻尾をぶんぶん振り、目をきらきら輝かせながら賛成の声を張り上げる。


「ルゥ、お前……絶対、肉って言葉に反応してるだろ」


 ユウは苦笑し、仔竜の頭を軽く撫でる。ルゥは得意げに胸を張って「ぴぃ!」と短く鳴き、ますます尻尾を振った。


 一方で、セレスはユウの隣にゆったりと腰を下ろし、静かに様子を見ていた。揺れる水面を眺めていた蒼い瞳が、ユウの言葉に合わせるようにゆっくりと振り向く。その蒼の眼差しには、わずかに「同意」の色が宿っていた。


「……セレスもか」


 ユウが問いかけると、セレスはすっと身を寄せ、膝に額を軽く押し当ててきた。喉の奥から、かすかに「コン」と甘えた声が洩れる。その仕草に答えるように、ユウはセレスの頭を撫でながら呟いた。


「だよなあ……魚だけじゃ、確かに飽きるよなー」


 ルゥが大きく頷くように鳴き、セレスはわずかに目を細めて、静かに寄り添う。


 ――仔竜は感情を全力でぶつけてくる。

 ――蒼狐はクールに見えて、けれど確かに気持ちを伝えてくる。


 対照的な二匹の反応に、ユウはつい笑ってしまった。


「よし、じゃあ肉だな。問題は……どうやって手に入れるか、だけど」


 呟きながら腰袋を探る。中から取り出したのは、小さな包み――シトレラ草の最後の一欠片だった。


「……とうとう、これで最後か」


 初期村の近くの朝焼けの丘で採ったシトレラ草。その清涼な香りは、魚の臭みを消し、料理に奥行きを与えてくれる。焚き火の鍋にひとひら落とすだけで、湯気の匂いが変わる。


 ユウは指先でその葉をもみほぐし、そっと火にかざした。ぱちりと小さな音がして、淡い香気が漂う。


「これがあったから、魚も美味しく食べられたんだよな」


 鼻をひくひくさせたルゥが「ぴぃ」と鳴き、セレスも耳を動かしてかすかに息を吐く。二匹とも、この香草のありがたさを分かっているようだった。


「けど、もう尽きた。……ってことは」


 ユウは小さく息を吐いて言葉を続ける。


「そろそろ、ヴェルムスに行って色々調達してくるか」


 ユウは二匹に向けてそう宣言した。


「肉を買うにも、香草を補充するにも、街で仕入れるのが一番だしな。そろそろ調達が必要だろ」


「……ぴ」


 ルゥは短く鳴き、耳を少し伏せた。街の喧騒を思い出したのか、尻尾もいつものように勢いよくは振らない。


「わかってる。ヴェルムスは賑やかすぎるよな。でも、もう開放されてしばらく経ったし……落ち着いた店も探してみよう。肉も香草も、手に入れたいしな」


 ユウが宥めるように声をかけると、ルゥはしばらく考えるように瞬きをして――やがて「ぴぃ」と小さく鳴き、ユウの胸に鼻先をすり寄せた。尻尾をゆるやかに揺らしながら、まるで「任せる」と甘えるように身を寄せてくる。


 セレスも無言でユウを見上げる。その蒼い瞳に宿るのは、静かな理解と賛同。


「よし、決まりだな」


 ユウは小さく頷き、枝を焚き火にくべた。ぱちぱちと火花が散り、橙の炎が立ちのぼる。


 湖畔の風がそよぎ、穏やかな時間が流れる。ここで過ごす日々は確かに心地よい。  

 けれど、色々不足しているものを補充するには街へ行くしかない。


 ユウは焚き火の炎を見つめながら、自分に言い聞かせるように呟いた。


「のんびり生活するのはここで。補給と探索は街で。……そういうバランスでいこうか」


 ルゥは「ぴぃ!」と賛同の声を上げ、セレスは静かに耳を動かす。

 二匹の反応に、ユウの胸の中に小さな安心感が広がった。


 そのときだった。


「……おお。やっとるな」


 低く落ち着いた声が、背後から響いた。


 ユウは振り返る。そこに立っていたのは、白髪を後ろで束ね、仕立ての良さが伝わる服を纏っている老人。以前と同じように年季の入った釣り竿を手にし、穏やかな笑みを浮かべていた。


「……グラナートさん」


 蒼の幻獣の噂を教えてくれた恩人とも言えるその姿を目にして、ユウの胸がわずかに高鳴った。


「ぴぃ!」


 ルゥも緊張感などまったくなく、むしろ「久しぶり」とでも言うようにのんびりした声を上げた。セレスは初めて会う老人を前にしながらも、特に警戒することはなく、静かに耳を動かして相手の様子を観察していた。


 湖畔の空気が、どこか温かみを帯びていた。

 ユウはゆっくりと息を整え、目の前の老人へと向き直った。

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