第33話 届いた音、揺れる景色

アトリエ「ノクターン」での「最後のアンサンブル」は、大阪の夜空に、彼らの魂の叫びとして響き渡った。和泉 律のピアノ、風見 拓人(かざみ たくと)のギターと歌声、瀬戸 美緒(せと みお)の彫刻が織りなす空間インスタレーション、そして星宮 灯(ほしみや あかり)による光と色彩のプロジェクションマッピング。彼らの「路地裏のコンチェルト」は、不器用ながらも、その全てが会場に集まった人々の心に深く刻み込まれた。


会場は、熱狂と感動の渦に包まれた。演奏が終わると、割れんばかりの拍手と歓声がアトリエを満たし、その響きは路地裏にまで溢れ出した。律は、ピアノの前に座ったまま、その光景を目に焼き付けていた。彼の心の中の「見えない音符」は、今、確かな「音」として、多くの人々の心に届いたことを実感していた。


客席には、再開発会社の担当者たちの姿もあった。彼らは、最初は冷徹なビジネスの顔で、ただ事務的にパフォーマンスを評価しようとしているようだった。しかし、拓人の魂を揺さぶる歌声が響き渡り、律のピアノがそれに寄り添い、灯の描く光がアトリエの壁を彩り、美緒の彫刻が物語を語りかけるにつれて、彼らの表情は、徐々に、しかし確実に変化していった。中には、ハンカチで目元を押さえている者もいた。彼らの「音」が、ビジネスの論理だけでは割り切れない、人間の感情に訴えかけているのだ。


パフォーマンス後、彼らの元には、NPO団体のスタッフや、イベントに協力してくれた地元の人々、そして感動した来場者たちが次々と押し寄せた。


「こんなに素晴らしい場所、なくしちゃいけない!」

「私たちも、何かできることがあれば協力します!」


そんな声が、アトリエ中に響き渡る。**佐倉 結月(さくら ゆづき)**は、満面の笑みで来場者一人ひとりに感謝の言葉を伝えていた。彼女の「静寂の音色」は、今、彼らの「コンチェルト」を支える、確かな響きとなっていた。


律は、灯が、以前なら考えられないほど多くの人々に囲まれているのを見た。彼女はまだ直接話すことは苦手だが、その手にはタブレットを持ち、人々からサインを求められ、小さな声で「ありがとう…ございます…」と応じていた。律のピアノが、彼女の「沈黙の音色」を解き放ち、彼女自身が、外の世界へと一歩踏み出すきっかけを作ったのだ。


美緒は、自分の彫刻の前で、熱心に作品について語りかける来場者たちに、静かに頷いていた。彼女の「砕けた破片の歌」は、今や多くの人々の心を癒し、共感を生み出す、普遍的な「美の響き」となっていた。


そして、拓人は、ステージ上で、まだ興奮冷めやらぬ表情で、来場者たちと会話を交わしていた。彼の目には、かつての挫折の影はもうない。彼の「弦の軋む音」は、このアトリエで見つけた「居場所」への感謝と、未来への確かな希望を歌い上げていた。


イベントが終わり、来場者が帰り始めた頃、律はふと、アトリエの外を見た。再開発地区の高層ビル群の灯りが、いつも通り煌々と輝いている。しかし、律の目に映るその景色は、以前とは全く違って見えた。


(あの景色は、もう、僕を脅かすものじゃない)


律の心の中で、確かな変化が起きていた。彼はもう、社会の片隅で、自分の「見えない音符」を隠すことはない。このアトリエで、彼は自分自身の「音」を見つけ、それを仲間たちと共に奏でることで、外の世界に確かな影響を与えられたのだ。


路地裏のコンチェルトは、彼らの「居場所」を巡る戦いを、決定的な局面へと導いた。彼らの「音」は、再開発側の心を揺さぶった。この一夜の成功が、本当にアトリエの運命を変えることができるのか。


しかし、律は知っていた。たとえこのアトリエがなくなっても、彼らの間で生まれた「コンチェルト」は、決して消えることはない。彼らの「音」は、すでに多くの人々の心に響き渡り、彼ら自身の内に、未来へと続く新たなメロディを紡ぎ始めていた。


続く








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