第五楽章
「水神の泉を壊すの」
「……水神の?」
いやいや、あの泉を壊したら水資源の確保が難しくなる。そんなこと出来やしない。
「良かったぁ…。そんなこと、誰もしませんよ」
安心した。一時の混乱のために、あの泉を壊すようなことは誰もしないだろう。よって、密偵の役は終わりにしたいと思いまーす。
「ホントに?水神の泉を壊せば、私たちは水を操れなくなるのに?」
お……ぉ。それは——とっても極秘な情報だ…。密偵を名乗るに相応しすぎる情報だぁ…。
「そんなこと教えたら、水神の泉が絶対に壊されますよ?」
「うん……それがどうしたの?あなた達にとって有益な情報だと思うけど…」
あなた達…やっぱり、僕は風の民側なのか。荷馬車が揺れ、木箱が音を立てて転がり落ちる。やがて積み上げられていた木箱全体のバランスが崩れ、鈍い音を立てながらこちらに落下してきた。
「うわっ!」
「うへい‼」
咄嗟に頭を腕で覆い、しゃがみこむ。肩に硬い何かがぶつかる。次に背中。
「痛っ‼」
あぁ…なんでこんなめに。
「こっちゃん、無事か?」
外から聞こえるのんきな声。痛みを押し殺した声でなんとか返事をする。
「うん…!」
「そうだべか。んじゃぁ、着いたべよ」
あ、もう着いたんだ。意外と近かったような遠かったような…。
「水月さ…着きましたよ」
木箱に埋もれている水月に声をかける。…返事が無い。
「…無事ですか?」
……無事じゃぁない感じですね。首筋に冷たい汗が流れた。急いで木箱をどかしてゆく。軽い木箱もあれば、重いものまであった。
「水月さん?」
木箱をどかしてゆくと、床が見えた。というか…床しか見えなかった。
「東風、私はもう外に出たよー」
外から水月の声がする。…なーんだ、外へ出ただけか。一安心。
「すぐ行くー」
布の隙間からジャンプして地面へ降り立つ。改めて水月を探そう…って、ええ?!はぁ?!
「何コレ…」
周りを崖に囲まれた……屋敷?絵本にありそうな、レンガとかいう珍しいモノを使っている屋敷だった。というか、周りが崖に囲まれてるけど…どうやって屋敷まで行くんだ?谷底に落ちる未来しか見えない。
「おっ。こっちゃん見っけ」
後ろから二人分の足音がする。正二さんと水月だろう。
「あ、水月さ…無事でしたか?」
「うん。東風は?」
まだ背中がヒリヒリするけど、弱音は言ってられない。軽く頷いた。
「あと、正二さんも送ってくれて、ありがとうございます‼」
「こっちゃんの頼みだべ。また頼れよ」
そう言って荷馬車から荷物を取り出し始めた。…何をするんだろう?
「何をするんですか?」
「あ?ここまで来たからよぉ、得してから帰んべ」
何か売るんだろうか?でも取り出している物は、鉄の破片や木炭。……最近の市場はよくわからん。
「さ、ついてくんべ」
「え?あそこまで送ってくれるんですか?」
「は…?あっこまで案内無しで行くんば?」
あそこ、空中島と呼ばれるところまで案内無しに行く…。確かに難しそうだ。
「あ、お願いします!」
「ん、さっさと行くべ」
水月と僕の前を歩く正二さんの背中を見つめる。無造作に四方八方へとはねる髪を高く束ねている。短い丈の浴衣に、長いズボン。今まで「村の人」というグループなどに人を分けていたが、個人個人で特徴がある物なんだな…。
「んじゃ、行くべよ」
正二さんがそう言ったのは、底が見えるぐらい崖に近づいた時だった。周りを見ても橋などは架けられてない。唯一、とても太い綱が中央で浮遊する空中島につながっているが……まさかね。
「よぉーく見とけ。とうっ!」
綱を体に結び付けた正二さんが、ターザンロープで遊ぶ子供のように向こう岸まで渡っていった。慣れているのか、向こう岸へ着いたと同時に体へ巻きつけていた綱を数秒でほどいた。
「そこにあるハンドルをぉ~‼回せぇ~‼」
反響した声が聞こえる。綱の傍には、僕の身長の半分位ある円形の回転しそうなモノを見つけた。これがハンドルかは分からないけど、回してみよう。……?固すぎない?
「東風、ちょっとどいて」
水月がハンドルを両手で掴み、しゃがんだ体勢で思いっきり回した。少しづつ水月の両手の位置が変化していく。
「僕も手伝います」
そう宣言してから、水月の横へと移動してハンドルへ手をかける。心なしか、ちょっとだけ動く幅が増えたと思う。
「おりゃぁ‼」
「とえぃ‼」
そんな苦痛に近い叫び声を上げながら、なんとか正二さんが体に巻き付けていた綱を引き戻すことが出来た。
「東風、先行って」
「え…ぼ、僕?!」
「ハンドル回し、東風一人じゃ出来ないでしょ?」
ごもっともですが…恐怖心に勝つことも難しいですよ?
「で、でも…」
「ほら、早く綱を巻いて」
結局水月さんに急かされ、綱を自分の体に巻いていた。そして今、落ちたらザ・エンドの崖っぷちに立っている。もちろん、足はブルブルだ。
「さ、いってらっしゃい~」
「ちょ、待って‼タイムぅお‼」
訴えの途中で背中を押された。一瞬走馬灯のようなものが頭を過った気がしたが、すぐに現実を直視した。
「ぅぎゃぁ———‼‼死ぃ…シヌゥ!ウェィ——‼」
前方から風が吹きつけてくる。髪はなびくほど長くは無いが、後ろへと広がる。綱を掴む手に汗を握る感覚を覚えた。
「こっちゃん、よくやったべ」
着いた瞬間正二さんの慣れた手が綱を解いてゆく。その間はずっと、何も考えることが出来なかった。
「水月ぅ——‼ハンドル回すんべ———‼」
自分に巻き付いていた綱がどんどん離れてゆく。余程怖かったのか、水月に背中を押されてからの記憶は残っていない。
「ぉお——」
控えめな叫び声が近づいてきたかと思えば、水月が着地した。ベテラン正二が綱をほどく。約2秒。
「ふぅ…死ぬかと思ったぁ」
「おめえら、高いとこ苦手か?」
「正二さんが普通じゃないだけじゃ…」
ん?待てよ……恐ろしいことに気が付いてしまったかもしれない。コレ、帰りどうすんの?また綱で渡んの?
「さてと、さっさと入んべよ」
そう言って平然と館の大きな木製の門を通っていく正二さんは、何者だろう。様々な疑問や思いを抱えたまま、月の霊殿と呼ばれる館へと足を踏み入れた。
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