第二十一楽章

 嘘の情報を流すから、帰らしてくれ?まったく、誰がそんなことを信じると思っているのだろうか。


「薫風、お待たせ」


雪の華の扉が開く。凍えている渚沙と、水月が入ってきた。


「薫風?…あぁ、あなたの名前か」


雫に名前を覚えられるのは嫌だったが、しょうがない。それより、この二人をどうするか…。


「水月、これからどうする?」


「……さぁ?」


このまま帰したら、居場所がバレる。だからと言って、この二人が帰らなければ追手が来る。それも、キツネ隠れの敷に押し寄せる可能性が高い。


「だから、協力するから帰っても良い?」


半ば無理やりに雫が問うてくる。動揺で声に優しさを含んでいない。


「協力?」


「私と水月を始末した、っていう嘘情報を流すらしいよ」


「……は?」


「まぁ、確かにこれ以上追手は来なくなると思うけど……話が本当ならね」


嘘をつく可能性の方が、高く思える。でも帰さないと…いや、帰しても…。これ、判断が難しくない?何かいい方法……。


「本当に協力するから……」


口角を上げ、出来るだけ優しい声で言う。


「……分かりました。では、早速お願いします」


雪の華の扉を開く。手で外へと促す。水月は目を丸くしながら驚いている。二人組は戸惑いながらも、会釈して外へと走っていった。


「薫風…?だ、大丈夫なの?」


「閉館時間にはここを出れるように準備して」


作り笑いを解く。声もいつもの少し低めのに戻す。


「へ?なんで?」


「あの二人が水の民の集落へと着くまで一日かかる。その間に遠くへ逃げよ」


信じてなんかいない。でも帰さないで追手が来るよりかは、帰して時間を稼ぐほうが良い。まぁ、もしあの話が本当ならもっと良いんだけど…。


「大丈夫でしたか?」


扉から声がすると思えば、館長が入ってきていた。続いて雷狐、深雪さんも入ってきた。


「館長さん。もし模様の描かれたポンチョを着た者が来た場合、嘘をついてすぐ逃げてください」


キツネ隠れの敷のような事は、再び起こしたくはない。


「……あなた達は?」


控えめな声で、深雪さんが聞いてくる。


「どこか…遠くへ行きます」


行く当ては無いが、今はそんなこと気にしてられない。出来る限り遠くへと逃げながら……どうするか。


「……待ってて」


深雪さんが階段へと疾走する姿に、驚きながら見送った。でも、すぐにここを出て行く準備を整え始める。といっても、荷物はほとんど何もないけどね。


「総支配人、僕どうしたら…?」


「……キツネ隠れの敷の営業を、一時中断する」


自分たちの問題に他人を巻き込んだのだと、改めて理解する。営業停止、損害、地位。そんな言葉が聞こえてきたが、耳が痛くなったので聞くのをやめた。


「……ここ、行ってみたら?」


いつの間にか深雪さんが目の前にいた。深雪さんの手の中で、あの本の最後のページがめくられていた。最期のページには確か…何が載ってたっけ?


「何故か、地名が書かれてるの」


本を覗き込むと、地名と共に笛の絵が描かれていた。地名は知らなかったが、この笛は見覚えがある。昔私が使っていた、今は水月が持っている笛。


「ここ、どこか分かりますか?」


「ええ。キツネ隠れの敷の近くにある山だと思うけど…」


それって、私たちが以前居た山では?というか、キツネ隠れの敷近くへは行かない方が良いと思うが。


「そこは…遠慮しておきます」


「そう……」


小さい声で「気になってたのに」と聞こえたのは、気のせいだと思いたい。そのまま行く当てが思いつかぬまま、閉館の時刻へと近づいて行った。


「では、行きます」


「ありがとうございました」


水月が、私に目を向ける。言いたいことは分かった。


「ありがとうございます」


お礼を述べて、雪の華を背にする。結局、行く当ては見つからなかった。でも来た道と反対側へ行けば、案外簡単に逃げられたりして。


「とりあえず…夜までに北国を抜けよ」


「水月、流石にそれは難しいんじゃ…」


まぁでも、夜になる前には出来るだけ温かいところに行きたいが…。


❞町を目指すのはどうだ?❞


町ねぇ…って、まだこの声聞こえるのかよ。お、驚いた。…しかし、町か。確かにここよりも温かいが、物価は高い。


❞あとは……温かい地方の山で自給自足していくとか❞


なるほど…良いかもしれない。どこかの山でしばらく過ごし、追手から完全に逃げ切れたと思ったときに町へ出る……結構良いのでは?


「水月、温かい山で自給自足ってのはどう?」


「追手から逃げ切るまで?」


「うん」


歩きながら隣で考え込む水月を眺める。二人で自給自足は流石にきつかったかな?


「いいかも…しれない」


「え……い、いいの?!」


自分で言っておきながら、驚いた。水月も戸惑った顔をしていた。


「だけど…町に近いところがいい」


「な、なんで?」


町に近くていいことは…何かあるっけ?物流?でもカネをあまり持ってない私達には関係なさそうだが。


「また山から町灯りを見たくない?」


不意打ちだった。そんなに…そんなに良い提案を持ちかけられては、頷くしかないじゃないか。


「うん、見たい…というか、絶対二人で見よう」


今の状況で、約束なんかしない方が良いのかもしれない。いつ追手が来るかも分からない状況で。でも、約束をせずにはいられなかった。

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