第十三楽章

 「それでは」


「お気をつけて」


月白さんと残月さんが、入り口でペコリとお辞儀をする。つられて、頭が少し下がった。


「それじゃぁ、行きますか」


「どこに?」


「どこか…めっちゃ遠いところ」


水月が第一歩を踏み出そうとしたとき、後ろから呼び止められる。


「お客さぁ~ん!チョット待ってくださぁ~い!」


この声は…雷狐だな。振り向くと、予想通り雷狐がこちらへ走ってきていた。


「どうせ行先ないんでしょう?だったら、これを届けに雪の華へ行ってきてよ」


”どうせ”に、”行ってきてよ”…一応私たち客じゃなかったっけ?


「雪の華っていう図書館があるんだけど…これ届けに行ってもらえないかな?」


私の不満が顔に出たのか、雷狐は言い方を変えた。まぁ、別に良いけどね。


「雪の華…聞いたことあるかも」


「えっ?薫風、知ってるの?」


「一度行ってみたいなぁ、って思ってた」


寒くて誰もいない、雪の平原に佇む大きな図書館。貯蔵数は約3万冊。ここら一帯じゃ見かけない本の数だ。


「薫風さん、場所分かる?」


「いや、全然」


雪の華という図書館を知っているだけで、場所は知らない。


「では、地図を渡すので…これを届けに行ってください!お願いします!」


す、すごい!お辞儀で頭が膝に付くなんてっ!これだけすごいお辞儀されちゃぁ、断れないじゃないっ!


「いいけど…何を渡すの?」


圧倒されている私の代わりに、水月が二つ返事でうなずいた。雷狐は満足気な雰囲気をキツネの面から出しながら、顔を上げた。


「手紙です。雪の華の館長が、ここの総支配人なんです」


へぇ~。手紙かぁ~。折れなきゃいいけど。


「僕…雷狐に言われて来たとでも言えば、温かくもてなしてくれるでしょ」


「わぁ…行先まで考えていただき、ありがとうございました!」


水月がお辞儀する。でも、頭は45度程度しか下がっていない。


「雷狐さん…月白さんと残月さんも、ありがとうございました!」


頭は膝にはつかなかったが、90度ぐらいまで下がったのではないだろうか。


「またのお越しを」


「お待ちしております」


残月さんのお面は口元が見えるから笑ったことが分かるが、月白さんは分からない。でも、きっと微笑んでくれただろう。


「じゃぁ、これ地図と手紙。絶対失くさないでね!」


念には念を。雷狐に何回も腰下げポーチの中身を確認させられた。


「それじゃぁ、またねぇ~!手紙よろしくぅ~!」


「承ったぁー!」


雷狐達の姿が米粒よりも小さくなる。


「ふぅ…まぁ、薫風との思い出は少しできたかなぁ」


「青嵐との戦いも、思い出?」


「まぁね。…結局、花冠持ってきたの?」


そう言って、歩く動きを止めた。私も一人で行くわけにはいかないので、止まる。


「うん。……どうしても、これだけは忘れたくないの」


「そっか…私には関係ないけど、大切にしときなよ」


「もちろん」


止まっていた歩みが進み出す。目の行き場に困り、手に持っていた地図へと視線を避難する。


「雪の華って、ここら辺にあるの?」


「……」


「薫風?」


水月の心配そうな声が聞こえる。でも、そんな声は耳に届かなかった。


「薫風!」


「うわぁ!」


「あへぇ!」


耳元でいきなり大声出されちゃぁ、誰でも驚くけど…。水月、私の驚いた声にビックリしてる。


「えー改めまして…。どうしたの?」


「あぁ…雪の華、北の国の方にある」


「……えっ?」


水月の笑っていた顔が、硬直する。まぁ、無理もない。北国と言えば、ここから約50キロは…はぁ?ご、50キロ?


「ち、地図見せて!」


水月にひったくられるようにして、地図を奪われる。


「嘘…」


遠足気分で行けると思っていた自分を恨む。雷狐めぇ…!もしや、雪の華が遠くにあると知っていて、行かせるよう促したな…。


「水月…お互い頑張ろ」


「うん…」


後悔している暇があれば、次に活かさなければ!ポジティブ思考でいこう!自分の気持ちに正しく向き合うのは、難しいことだとつくづく思う。


「休憩も入れて…三日、四日ぐらいかなぁ?」


「三日、四日も野宿しなきゃダメかな?」


一応少しは野宿には慣れているが、出来れば温かい布団で寝たい。北国へと向かう今、温かいものを満喫しておきたい。


「多分野宿になるから…食料だけ確保しないと」


「食料なら月白さんと残月さんがくれたよ」


「薫風いつの間に?!」


フフ、貰えるものは貰っとくのがモットーなのでね。


「スペシャルスキルと呼んでくれ」


「すぺしゃるすきる」


「やっぱりなんか…カタカナな感じがしないねぇ」


教えるのは、漢字より先にカタカナが良いかな。いつも教えてもらう側だったから、いざ自分が指導するとなると、変な気分だ。嬉しさというか…調子に乗りそうで怖いというか…。


「薫風こそ、昨日教えた横笛の構え方、出来るの?」


「それはぁ…そのぉ…」


細い葉みたいな形の穴の、四分の一を口で塞ぐんでしょ?…まずまず四分の一が難しいんだけど。口元見にくいから、どのくらいか分かんないんだけど。


「それが出来たら、息をグワァーって感じで押し出すの」


身振り手振りで教えてくれる水月には感謝するが…グワァー?感覚派の意見は分からない。グワァー、か…。


「ほら、やってみなよ」


「でも、水に居場所がバレるんじゃ…」


「大丈夫、大丈夫!ある程度演奏しないと、水には聞こえないから」


つまり、私はまだまだってことね。遠回しに言ってるつもりなのかもしれないけど、少しダメージを喰らった。効果音もつけておこう。グフゥッ!


「じゃ、じゃぁ、吹いてみるね…」


フーヒェッ!


「息を優しくグワァーって!」


フーヒュヒェ!ボヒョ!


……いやぁ、笛ってこんな音鳴るんだねぇ。すごいねぇ。あぁ…すごいねぇ。


「あーっと…大丈夫!練習すればいつか吹けるよ…」


「う…ん」


追手から逃げる方が簡単そうだけどね。


「さ、気を取り直して北国へ行こう!」


「うん…よし、行くか」


いつの間にか止まっていた足を動かす。頬に、微かな風が当たった気がした。

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