最終話 欠員

(オープニング)

【前回のダイジェスト映像。リハーサルスタジオに響き渡るプロデューサーの怒声と、それに答えるユナの無邪気で、しかし恐ろしい言葉がリフレインする。「だって……あの子が、こう踊りたいって言ったから……」「5人で踊った方が、もっと綺麗だって……」】


ナレーション(落ち着いた男性の声):

「運命の日、年末アイドルフェス当日。ユナの精神は、もはや取り返しのつかない場所へと迷い込んでいた。それでも、ショーは始まらなければならない。彼女たちを待ち受けていたのは、夢の舞台での喝采か、それとも……。これは、数万人が目撃した、戦慄の記録である」



(フェス当日の楽屋)

【会場の凄まじい歓声や重低音が、壁を隔てて楽屋にまで響いてくる。しかし、Rêverieの楽屋は、その熱気とは対照的に、凍るような沈黙に支配されていた】


ミサキ:(震える声で)「……みんな、聞いて。今日は、とにかくステージに集中しよう。お客さんが待ってる。……終わったら、全部、ちゃんと話そう。マネージャーにも、会社にも」


【リーダーとして気丈に振る舞おうとするが、その目には恐怖の色が浮かんでいる。アカリはソファの隅でヘッドフォンをつけ、膝を抱えて誰とも目を合わせない。ヒナノは泣き出しそうな顔で、ミサキの隣にぴったりと寄り添っている】


【ただ一人、ユナだけが、異様なほど落ち着いていた。大きな鏡の前に座り、楽しそうに自分のメイクを直している。そのテーブルの端には、あのアンティークの手鏡が置かれている。】


ディレクターの声:「ユナちゃん、調子はどう?」

ユナ:(鏡越しのディレクターににっこりと微笑み)「はい、最高です。すっごく、ワクワクしてます」


【本番5分前。スタッフが呼びに来る。「Rêverieさん、スタンバイお願いします!」。ミサキが意を決したように立ち上がる】


ミサキ:「……円陣組むよ!」


【ミサキ、アカリ、ヒナノが覚悟を決めた表情で中央に集まり、手を差し出す。だが、ユナは自分の隣、何もない空間に向かって、優しく手を差し伸べた】


ユナ:「ほら、早く。あなたも。一緒に行こう」


【その光景に、ヒナノは小さく「ひっ」と息を呑み、アカリは忌々しげに顔を歪めた】



(ステージでの消失)

【SEと共に、ステージが閃光に包まれる。割れんばかりの大歓声の中、Rêverieの4人がステージに登場する。序盤のアップテンポな2曲を、彼女たちはプロとして完璧にこなしていく。しかし、その表情はどこか硬い】


アナウンス:「続いての曲は、彼女たちの新境地となった一曲です。『虚ろなマリオネット』」


【不気味なオルゴールのイントロが流れ始めると、会場の空気が一変する。そして、怪異は始まった】


【ステージの照明が、まるで機材トラブルのように、不規則に明滅を始める。メンバーを照らすスポットライトが、赤や青に乱れ飛ぶ】


【曲がクライマックスの激しいダンスパートに差し掛かる。ストロボライトが激しく点滅し、メンバーの動きがコマ送りのように見える。光と影が目まぐるしく交錯し、ステージ上が混沌に包まれた、その時】


【全ての照明が、一斉に落ちた。】


 暗転。


【一瞬の静寂の後、悲鳴のようなギターサウンドが会場に轟く。】


【次の瞬間、照明が完全復旧する。しかし――】


【ステージ中央にいるはずのユナの姿だけが、忽然と消えていた。】


【流れ続ける音楽。残されたミサキ、アカリ、ヒナノは、何が起きたのか理解できず、フォーメーションにぽっかりと空いた穴を見つめて凍り付く。客席から「え?」「ユナは?」というざわめきが波のように広がっていく】


【ミサキが、プロの意地で咄嗟にアカリとヒナノに目配せをする。3人は絶望的な表情で、ユナのいないまま、最後までパフォーマンスを続けた。その姿は痛々しく、鬼気迫るものがあった】


【曲が終わり、ステージが暗転。公演はそのまま中断され、会場はパニックに陥った】



(事件の後)

【警察による大規模な捜査が行われたが、ユナの行方は杳として知れなかった。数千人もの観客の目、無数のカメラの前で起きた、まさに“神隠し”だった】


【Rêverieは、この日を境に無期限の活動休止を発表した】


インタビュー映像(数年後のミサキ。落ち着いた服装で、少しやつれた印象)

ミサキ:「何が起きたのか、今でもわかりません。ただ……ユナがいなくなった瞬間、ずっと頭の中で鳴っていたあの鼻歌が……ふっと、消えたんです。まるで、誰かが…満足したみたいに……。ユナは、連れて行かれたんだって、今はそう思ってます」


インタビュー映像(数年後のアカリ。髪を短くし、鋭い目つきは変わらない)

アカリ:「……馬鹿馬鹿しいと思ってた。心霊現象なんて、弱い人間の見る幻覚だって。でも……認めざるを得ない。私たちは、見てはいけないものを見てしまった。あの日、あのステージに立っていたのは……たぶん、初めから、5人だったんですよ」



(エピローグ:最後の記録)

ナレーション:

「ユナの失踪から1年後。証拠品として警察に保管されていた彼女のスマートフォンから、一つの未公開動画が発見された。それは、彼女が失踪する数時間前、あの日の楽屋で、彼女自身が撮影した最後の記録だった」


【画面が切り替わる。ユナのスマートフォンで撮影された、自撮りのVlog映像。薄暗い楽屋の隅で、ユナが恍惚とした表情でカメラに囁きかけている】


ユナ:「もうすぐ本番。ずっと夢だったんだ。……ううん、”わたしたち”の夢だったんだよね」


【彼女は、あの呪いの鼻歌を、ゆっくりと、しかしはっきりと歌い始める。その歌声は、もはや彼女一人の声には聞こえない】


ユナ:「これで、やっと5人でステージに立てるね」


【彼女がそう微笑んだ瞬間、映像が激しく乱れ、甲高いノイズが響き渡る。】


【画面が砂嵐になり、明滅を繰り返す。そして、ノイズが収まった最後の一瞬――】


【カメラは、ユナの肩越しに、彼女の背後に立つ“もう一人の少女”の姿を、鮮明に捉えていた。】


【青白い顔。床に届きそうなほど黒く長い髪。そして、ユナと全く同じステージ衣装を身につけている。】


【その少女は、カメラに向かって、心の底から満足したように、微笑んでいた。】

 

【ブツッ、という音と共に、画面が真っ暗になる。】


テロップ:

アイドルグループ「Rêverie」のメンバー、ユナ(当時18)は、現在も行方不明のままである。

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