15話 

「今日も、一段と疲れている」

 

 練習はなかなかハードだ。大会前2、3日は緩めにはなるが、今の時期は一番練習量が多い。そのせいか、筋肉の張りが半端ではないのだ。そんな練習を見越した上で、自制を促す尊老からの一言。非常にありがたい言葉だ。が、今回は記録が良く、やはり自身でもいける気がしてる事もあり、ついついやりすぎてしまう。


(気をつけないといけないよね)


 そんな事を思っているうちに、施術は終了し、帰る支度を始める。そういえば今夜は佐藤が居ない。チェキのフィルムも渡したいと思っていた為、先生に声を掛けた。


「あのーー 先生。今日佐藤君は家ですか?」

「碧か。あいつさっきカメラの備品がなんとかといって、取りに来たか。近くの公園で星の写真を撮るとか言っておった。全くここを倉庫と勘違いしておる」

「そうですか。じゃあ帰りちょっと寄って行こう。ありがとうございました」

「筒宮」

「はい。先生」

「碧…… いや。何でもない。暗くなった気をつけろ」


 冒頭に彼の名。やはり先生も気にかけているのだろう。私はその言葉に頷くと、先生は公園の場所を教えてくれた。私はそれを頼りにその場所へ向かう。自転車を押しつつ、家々の光が差し込む道を歩く事暫し。視界が一気に開けた。川沿いにでたらしい。私は堤防に立ち、周りを見渡す。

 二級河川のせいかそこそこの川幅があり、川が流れる場所がぽっかりと暗い。そんな川岸沿いに公園があるようで、目を凝らす。すると長ベンチに小さな淡い光が灯っているのに気づく。私は自転車を堤防に停め、近くにあった階段で下に下りる。


「佐藤君いる?」

「…… 筒宮?」

「正解ーー」

「正解ってお前。で、何?」

「佐藤君にこの前チェキ撮らして貰ったし、取り方も教わったからお礼にチェキのフィルム買ってきた」

「あーー 別に気にすることなかったのに」

「うんん。気にするっていうか。私凄く楽しかったし、感謝の気持ちだから。ちなみにこれ何やってるの?」

「…… 星の軌跡を撮ってる」

「星の軌跡?」

「多分、筒宮も見た事ある。夜空に幾本もの筋があるやつ」

「あーー あれね。そっかこれで撮れちゃうんだ」


 私はまじまじと三脚を見つめた後、薄暗い中、椅子に座る佐藤を見る。


「じゃあ私帰るね。佐藤君もおじいちゃんが心配してたからっ」


 言った後にまずいと思った。そして直感的に、先の先生の言葉に腫れ物に触る様な感覚を、無意識に察していた自身がいる事に気づく。何げなく発した言葉で気づかされ、こんな中途半端に話と止めてしまった自分を瞬時に猛省する。が、覆水盆に返らず状態だ。


(あああっ、もうこうなったら)


 ズカズカと彼の方に歩み寄る。


「心配してるの。おじいちゃんだけじゃないから」

「…… 何だよいきなり」

「私、すぐばれちゃうから。それだったら先に言った方が良いと思って。神崎さんや赤砂君も最近様子が変だって。私に何か変わった事あったか聞いてきた。後……」

「後、何?」

「この前、チェキのフィルム買いに行った時に、偶然、佐藤君のお母さんに会ったよ」

「!!」


 絶句とはこういう事をいうのだろう。暗がりでもわかる程の驚く表情を浮かべる事刹那、顔を下へと向ける。


「…… で、会った時、何聞かれた?」

「佐藤君の学校の様子が知りたいって」

「はあ? 今更母親きどりかよっ、ふざけんな」

 

 彼が立ち上がるなり声を荒げると共に、頭を激しく掻いた。


「ったく!! どんだけあいつのせいで!!」

「ご、御免なさい!! 私、そのっ」


 慌てて謝る私に、彼は一回彼自身を落ち着かせる為、深く息を吐く。


「いや、今のは俺が悪い。事情知らないのに怒鳴るは、最低だな俺」


 するとドカリと椅子に座ると、彼は鼻で笑った。


「俺の…… あの人海外で写真撮ってんだよ。だからほとんど家にいないし、仕事を理由にしてアイツの都合で好き勝手やってる人間なんだよ。 そんなあいつは…… 俺が小学生の時に不慮の事故で親父死んで。そん時、あいつ葬式終わってすぐに海外に行ったんだ。半年も…… あり得るか普通。自分の旦那が死んだっていうのに!! 俺は俺で風景写真家だった親父が、あいつがいない時、ほとんど親父とじいちゃんが俺の事みてくれててさ。特に親父にカメラ教わってたりしてたからスゲー親父っ子だったんだよ。そんな親父が急に居なくなって…… ひたすら思い出の詰まった空間に、居続けなくちゃいけなくて…… そのせいで辛くなる事が何回もあっても、俺はそこから抜け出せないんだ。子供だから…… どこにも逃げれなかった。だけどっ!! あいつは逃げたんだ。親としての義務を果たさず、あいつは自分の為だけに行動したっ!! それから人を信じられなくなったせいで、人物写真が撮りたくなくなって、深く関わってまた親父みたいな思いしたくないから、距離をとりようになった…… ふん。とんだビビりで、情けない。我ながの黒歴史だろ?」


 皮肉混じりの乾いた笑いをする、と同じくして肩を丸め両膝に肘を付き指を組む。そしてその上に頭を項垂れ、沈黙した。その姿がとても切なく、彼の思いが滲み出ている。近くにいる私でさえもその悲痛さが伝わるぐらいなのだから、相当の根深さがあるのだろう。


(でも、そんな嫌な事引きずったまんまこれからも生活するなんて辛すぎだよ……)


 だって、彼はあんな写真を撮れる人なのだから……

 私は奥歯を噛み締める。


「ねえ。佐藤君。私、前に一枚の写真で人生変わっちゃうぐらいの写真見たって言ったの覚えてる? 実はね。その写真撮ったの佐藤君だったの。確かタイトルは『僕のお父さん』あの被写体は佐藤君のお父さんで良いのかな」


 彼が微かに動いた。だが、佐藤は顔を上げる事はなく、そのままの姿勢であり、今の発言を否定しないと言う事は、その解釈で良いのだろう。私はそんな彼を見つめ、話を続けた。


「偶然ねむねぢ先生にアルバム見せてもらった時に、見つけて凄く驚いたし、嬉しかった。また見れると思っていなかったから。10年以上経ってるのに鮮明に覚えていて、前と変わらず感動するって凄くない? それに改め見てさ、佐藤君のお父さん本当に良い人なんだろうなって。そんなお父さんの表情を引き出せたのは佐藤君だからだと思う」

「…… それは摺れない時の俺だったからだろ」


 力なく彼が呟く。それに私は横に首を振る。


「そんなことないと思うよ。だって今撮ってる動植物だって本質ついて撮ってるじゃん。それって今でも、変わらない思いが根底に残ってるんだよきっと。お父さん撮った時の様な思いが。だから、自分を卑下しないで……」


 そう言い私は雲一つ無い夜空を見上げた。



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