第21話 希望の光
サーバー内時間で四月八日の正午、現実時間では年が明けて二一五四年の一月一日。雪音たち特殊
視線を部屋の奥にある青色の水槽から目の前へと戻し、体を左右に揺らして姿勢を調整する。しっくり来たのを確認してから立体ディスプレイを開き、そこに映し出された画像に視線を巡らせる。
置かれているのは、『探査任務調査結果報告書』と『
両方ともが今後の指針となるものなのだと思うと、自然と背筋が伸びる。
部屋の照明が落とされ、目の前に浮かぶ立体映像が鮮明に映し出される。
最初に口を開くのは、三人の立体映像越しに佇む
「では、これより緊急作戦会議を行う」
三人が一様にこくりと頷き、それを確認した司令が頷き返す。
「今回の議題は立体映像にある通り、探査任務の結果報告及び今後の動きについてだ。では、早速一つ目の議題、探査任務の調査結果報告から行う」
司令の言葉に呼応するように立体映像が切り替わり、一枚目の資料がそれぞれの手元に大写しになる。
「先に結論から述べる。今回発見されたのは、旧長野県諏訪湖の
「えっ……!?」
「ホントに……!?」
雪音とレイが口々に心底驚いたというような声を漏らす。そんな二人を横目に、
「調査で俺も参加したが、生存しているサーバーなのはまず間違いないというのがここの研究チームが全会一致で出した結論だ。周囲の状況までは分からなかったが、少なくとも戦場ヶ原と同じようにある程度安定した領域を持っているのは確かだな」
「……安定した領域がなければ、遠方でも感知できる
「そういうことだ」
「また、
そこで立体映像が切り替わり、今度は二枚目の『
「作戦名『
告げられた言葉に、三人は押し黙る。生存している隣のサーバー。そこと回線を繋ぐための、〈
今までの先の見えない戦いとは違う、達成した先には必ず希望のある戦いだ。けれど。それ故に、作戦は困難を極める。
そもそもの問題として、こちら側にはまともに戦闘ができる人員が三人しか居ない。自分と
高崎の〈
「恐らく、〈
通常、軍隊は規模が大きくなるほど動きが遅くなる。一度に動く人の数が膨大になる上、それを統制しないといけないのだから当然だ。
「しかし、〈
資料の左上に『予想攻撃時刻:05:00』の文字が新たに表示される。視界の端で検索をかけてみると、その時刻は丁度夜が明ける時間帯だった。
立体映像の画像が右側――雪音達の方面を大写しにし、そこに存在していた青点が幾つもに分裂してそれぞれに矢印を描く形になる。唯一、黄色の点だけが〈
「肝心の作戦内容だが、今作戦は大きく分けて三段階に分割される。第一段階では、サーバー守備のための一個中隊を除いた〈戦場ヶ原〉サーバーに属する全部隊が南西方向の高崎〈
「え? でも、僕達以外に〈
「その通りだ。だが、こんな所で君達を疲弊させる訳にはいかない」
平然と鉄仮面のままでそう返し、
「第二段階、〈
三つの黄色の光点――
……恐らく、これが最も難しいものなんだろうと雪音は思う。〈
「そして。第三段階。〈
そこで立体映像が元の二つの資料が表示された画面へと戻る。と思うと、その二つの資料が雪音の持つスマートフォンにダウンロードされたことを告げる表示が現れた。
ちらりと隣を見ると、
「今作戦の総指揮は私、
「了解」と、
しばし目を閉じてから見開き、
「以上が
緊急招集会議を終えたあと。最後の一人になった雪音が、唯一
「
と、背後から
雪音はくるりと振り返って、
「なんでしょうか?」
「ステラフォード少尉のこと、頼んだぞ」
全てを見透かしたかのような言葉と瞳に、雪音は思わず目を見開いていた。
しかし、自失は一瞬。その言葉の意味を理解した雪音は、彼の瞳を真っ直ぐに見返して告げる。
「……はい。分かってます」
それだけ返すと、雪音は今度こそガラス筒の中に入って
†
このサーバーを守るために戦い、そして散っていった者達を忘れないための場所。墓標の下には
春の霞がかった青空の下、桜の舞い散る墓地の中を雪音は一直線に進んでいく。
ここに眠っている人のほとんどは、現在の領域を確保する為の作戦で消滅した人達で。つまりは雪音の知らない人ばかりだ。唯一、知っているのは二人の少女――
……と。その二人の少女の墓前に、見慣れた金髪の少女が花束を両手で携えて立っていた。
はぁと一息をつき、その少女の隣で立ち止まる。
眼前に横並びで佇む墓標の名は、『
二人とも、とても強くて仲間想いの人だった。
レイが花束を添えるのを見送って、雪音は視線を二人の墓標に向けたまま呟く。
「レイも、ここに来たのね」
「うん。みんなの戦いは無駄じゃなかったんだって、報告したかったから」
まだ無駄じゃないと決まった訳では無い、とは返さなかった。
今回の作戦――
……けれど。この作戦が『実施できる状態』にまで来たことに意味があるのだろうと雪音は思う。希望を持つことができた、希望を掴める段階にまで来たという、今まででは決してなし得なかった作戦段階。
「やっぱり、雪音も戦いに行くの?」
静かに告げられた言葉に、雪音は無言で頷く。事情がどうであれ、今自分が抜けたら作戦の完遂は不可能になる。消えていった人達が残してくれた希望の種を、ここで枯らす訳にはいかない。
「考えは、変わらない?」
「ええ。絶対に変わらないわ」
「……そっか」
消え入りそうな声で応えるレイ。ちらりと隣を盗み見ると、彼女はとても悲しそうな笑みを浮かべていた。『また、今回も守れないかもしれない』。そんな言葉が表情に滲み出ている。
痛む心を理性で抑えて、雪音は毅然とした表情と口調で告げる。
「私の身は私が守る。だから、レイもレイの戦いに集中して。……でないと、みんなで帰れない」
しばしの沈黙。隣のレイは俯きかけていた顔を務めて笑顔をつくって上げ、
「わかった」
とだけ呟いた。どこか悲しそうな雰囲気を醸し出すレイを横目に、雪音は空を見上げる。量子サーバーが作り出した、仮想の
……自分はどうすべきなのか、答えはまだ出ない。
けれど。今は二人で一緒に戦わなければ、全てが無駄になる。
†
「今送った資料ファイルが、今作戦にて使用可能な新兵装及び改良兵装の概要です」
司令部会議室の隣にある兵器開発室のさらに奥、広大な面積を持つ兵装実験室。中央で砲火と銃声がひっきりなしに上がる部屋の隅で、青みがかった髪の少年と白衣の研究員は互いにメニュー画面を開いて話し合っていた。
目の前の研究員から送られてきたデータを流し見て、
「……随分とエネルギー使用量の効率化ができたんですね」
「試作自体はだいぶ前から完成していたんですが、いかんせん現在の自由度と耐久度を保ってでの軽量化が難航していたもので。その間に軽量化の設計案だけが無駄に進んでしまって、今回ようやく実用化した新方式のおかげで日の目を見たってところです」
呆れ半分、申し訳なさ半分の笑顔で彼が肩を竦める。そこには当然のように自嘲も含まれていて、
……もう少し早くこれが実用化できていれば、
それが、自分達のすべきことだと信じて。目の前にある仕事を真剣にこなしている。
「新兵装については、明日の出撃前に
「大丈夫です」
食い気味に即答された。
「万が一、億が一にも暴発や生成失敗が起こらないように調整したものです。安心して使用してください」
表情は薄く微笑んでいるが、その瞳は真剣そのものだ。絶対にスペック通りの性能が出るようにと、血の滲む努力をしてきたというような双眸。
「了解しました。では、明日の戦闘では一同大いに活用させてきただきます」
†
翌日。現実世界では二一五四年の一月二日午前三時三〇分、
量子サーバーより実体化された多数の戦闘機と戦車、ヘリを擁する〈戦場ヶ原〉サーバーの全部隊が、一斉に南西方向へと前進を開始した。
夜明けを告げる黎明の光が、東の果てに小さく瞬いていた。
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