第18話 探査任務、暗転

 星辰せいしん煌めく闇空の下、四つの光翼こうよくが漆黒の群れを縫って全速力で飛翔する。

 四方八方から迫り来る光線を〈CPCAS〉の予測だけでかわし、光の盾を多重起動して何とか受け止めて。レイ達は次々に襲いかかってくる〈ODEEオーディー〉の攻撃をかいくぐる。


 左手に持っていた〈電磁加速銃レールガン〉は、敵の包囲をこじ開ける際に放った量子相殺QO弾を最後に既に消去済み。右手に持っている〈光量子剣ルクス・シュヴェルト〉も、維持できる最低の出力にまで絞ってほとんどナイフの刃渡りを呈している。

 背中に展開している〈光量子翼ルクス・フリューゲル〉だけが唯一、最大出力で稼働している状態だ。


 衝撃波と共に撃ち込まれる光線を発射の直前に見切り、全速力で駆け抜ける身体を少し右へとずらす。つい先程までレイが居た位置に〈ODEEオーディー〉の光線が突き刺さり、量子場で殺しきれなかった衝撃波が左半身に打ち付けられる。システムの示す〈量子兵装〉の稼働率は九二%。これだけ使用する武器と出力を絞ってもなお、稼働率はギリギリのラインで推移している。


『くそっ! まさか反撃もできねぇとはな……!』


 通信機から恭夜きょうや先輩の吐き捨てるような言葉が響く。

 視界の端に映るレーダーが示す敵影は、レイ達の現在地を中心にして無数の赤点が取り囲んでいる状態にある。〈ODEEオーディー〉それ自体による通信回線の阻害と、彼らの放つ無数の反物質光線。それらの二つが要因となって、四人は〈量子兵装〉を満足に使用できないでいた。

 多重起動した光の盾で光線の速度を削ぎ、それでも回避しきれない光線を右手の剣で断ち切る。


 【〈光量子剣ルクス・シュヴェルト〉対消滅。再起動まで十秒】


 刃の消滅を示すエラーメッセージが脳内を流れる。とっさに剣のを左腰に収め、右腰に装備していたナイフを一本掴み出す。


 【〈光量子投擲剣ルクス・シーカ〉起動。消去範囲:1】


 刃に燐光が灯るのを確認しつつ、レイは前を突き進む陽花ようか先輩を見据える。


 ……大丈夫、だよね……?


 心の奥底に湧き上がるのは、そんな不安。

 最前線で道を切り拓く陽花ようか先輩は、光の剣を左右に携えて〈ODEEオーディー〉を――漆黒の竜を次々に斬り伏せていく。

 周囲に巻き起こる衝撃波や光線の欠片をものともせずに突き進む後ろ姿は、どこか危うさを感じさせていて。レイは何とも言えない感情を募らせる。


 陽花ようか先輩の援護はしたい。けれど、この通信不良の状況下にあってはできることが何も無い。


 〈電磁加速銃レールガン〉や〈電磁場加速砲E M F - A G〉は射撃の度に通信と周囲の空気分子を多大に使用し、他の三人の行動に大きな制限をかけてしまうために使用不能。量子相殺QO弾なんてものはもってのほか。それに伴う原子の乱れで、〈光量子翼ルクス・フリューゲル〉が大幅な機能低下に陥りかねない。この包囲を一秒でも早く脱出しなければならない現状において、光の翼の機能低下だけはなんとしてでも避けなければならない。


 陽花ようか先輩の側面に迫り来る漆黒の竜に〈光量子投擲剣ルクス・シーカ〉を投げ放ち、心臓部分にあたる場所へと光の刃が突き刺さる。

 瞬間、漆黒の竜が跡形もなく消滅し、発生した衝撃波がレイの髪を揺らす。反対側で応戦する雪音も、同じく〈光量子投擲剣ルクス・シーカ〉に頼らざるを得ない状況だ。

 通信不良の影響を最も受けている恭夜きょうや先輩に至っては、もはや反撃の武器すらも使用できない状態になっていて。光線の回避と〈量子盾クオンタム・シールド〉の起動だけで何とか致命傷を逃れている。


 一歩間違えれば全滅しかねない状況の中、レイ達は必死の形相で包囲の脱出を目指して漆黒の隙間を駆け抜ける。

 無数の光線をかいくぐり、陽花ようか先輩が強引に敵を斬り伏せて進路を切り拓いて。ようやく包囲の外側が見え始めた――その時だった。

 無数の警告のメッセージの中に、その文言が響いたのは。



 【警告。前方、右上方向より光線発射情報】



 駆け巡る無機質な機械音声に反射的に視線を向け、右腰から取り出した最後のナイフに光の刃を纏わせる。

 〈CPCAS〉に光線の射線を予測させ、陽花ようか先輩を中心として相殺できる位置を計算。結果の算出に合わせてそのナイフを投擲とうてきしようとして――



 【算出失敗。光線接触軌道。光線相殺不可】



 ありえない機械音声が、脳内に響き渡った。


「え……?」


 投げ飛ばす動作が止まり、思考が一瞬だけ停止する。すぐにその音声の意味を理解し、レイは苦渋の表情でナイフを投げ飛ばす。

 少し遅れて警告に気づいた陽花ようか先輩が、自身に迫り来るその光線を見捉える。瞬時に、その顔が絶望の色に染まる。

 超高速で射出される光線。その軌道のあとを投擲ナイフが虚しく宙を切り裂き、闇空に溶けて消えていく。


 一瞬の自失から立ち直った陽花ようか先輩が、迫り来る光線に向けて光の盾を展開する。が、一枚だけでは到底防ぎ切れるものではない。

 とっさに、レイは手を伸ばす。光の盾を脳内で描き出し、陽花ようか先輩の目の前へと座標を設定。迫る光線。けれど、諦めない。諦めてしまえばその瞬間に可能性は潰えてしまうから。


 【〈量子盾クオンタム・シールド〉起動】


 何とか展開に成功し、陽花ようか先輩の眼前に光の盾が再度現れる。瞬く間に破られるものの、その一枚が光線の速度を更に弱める。

 生まれた一刹那の間に、陽花ようか先輩は右の剣を掲げる。


 ――直後、光の刃に光線が接触。対消滅を起こした二つの光が、とてつもない量の衝撃波を撒き散らす。


 吹き飛ばされそうになるのを光の翼と一時的な対衝撃波用の量子場の強化で堪え、収まったと同時に量子場を元の最低限のものへと戻す。通信回線の圧迫で消えていた各種レーダー類が回復し、再びレイ達の瞳に様々な情報を映し出す。


 ……あともう少し、あともう少しで……!


 折れそうになる心を叱咤し、レイは周囲の敵影を見回す。包囲網の外は目と鼻の先。ここさえ切り抜けられれば、あとはどうとでもなる。

 左腰から剣を抜き放ち、再び〈光量子剣ルクス・シュヴェルト〉を起動。目の前で滞空する陽花ようか先輩を視界に入れつつ、脳内を駆け巡る機械音声に意識を傾けて――


 【指定座標に光線接近。回避不可。防御不可】


 その音声が意識に届いた瞬間。

 陽花ようか先輩の身体に、光の筋が突き刺さった。




 そして。その瞬間。レイの記憶の中に、今までずっと封印されていたものが流れ込んでくる。

 さっきまで目の前に居た陽花ようか先輩が、微かな光の粒子を残して掻き消える。代わりに発生するのは強烈な衝撃波。視界の全てがスローになったような感覚の中、レイは叩きつけられるような風に吹き飛ばされる。

 視界が星空と漆黒の竜だけになる。けれど、意識は脳内に流れ込んで来る記憶の中。


 現実味のない目の前の景色とは正反対に、脳内に流れ込んでくる記憶は圧倒的なまでに現実感に溢れていて。レイは流れ込んでくるその記憶こそが、自分がこれまで思い出せなかった本当の記憶なのだと気づく。


 そして。それらの一幕を、幻覚のような記憶の断片で垣間見て。レイは心の中でぽつりと呟く。




 ……ああ。そっか。そういうことだったんだ。

 ……ボクは――は。




 誰も、守れなかったんだ。


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