第8話 雨ですので足元に気を付けて

//SE 風鈴の音

//SE 雨の音


「お客さん、起きて下さい。お客さん!」


「もう。やっぱり、夜更かし止めるべきだったかしら。でも、真剣にノートを取っているお客さんの邪魔、したくなかったし。いっそ、このまま、もう一泊……。」

「―いえ!駄目駄目!またお客さんが絶句して卒倒するかもしれない。ここは心を鬼にして……!お客さん、お客さん!」


「そうだ。大声が駄目なら―!」

「(耳元でそっと息を吹きかける)」

//SE 衣擦れの音

「(耳元で)やっと起きて下さいましたね。おはようございます。」


「(声の距離が戻る)お客さん、今日こそ南杜みなみのもりに向かわれるんでしょう?―大丈夫ですよ。本来行くはずだった公民館とお宿には、私から連絡を入れておきました。」

「さ、急いで着替えて下さい。着替えがもし無いのでしたらこれどうぞ。昨日着ていらしたお洋服です。洗ってあります。川へ行く時にお渡しした服もどうぞ、差し上げます。」


「いいんですよ。それに、南杜みなみのもりでも必要になるかもしれません。言ったでしょう?ここと同じくらい田舎だって。実地調査にはもってこいの服ですから、ね?」


「着替えました?では行きましょう。バス停までご案内します。」

「駄目です。また迷子になったら大変ですよ。雨降りだから熱中症の心配は無いでしょうが、今度は風邪をひいてしまいますから。」

//SE 傘を開く音

(外に出たので、雨の音が大きくなる。)


南杜みなみのもりにも民話は多いです。保存会の人達も、お客さんみたいに興味を持ってくれる若い人が来てくれて、喜ぶと思います。私も嬉しかったですからね、久々にまよいがの話が出来て。」


「あ、あれがバス停で―お客さん?どうされました?」


「―まさか!無駄なわけないです!お客さんみたいな人がいなければ、こういうお話はすぐに消えていってしまいます。」


「大人が好きな、教訓じみたお話はまだ残っているんですが、例えばまよいがの話はもう南社みなみやしろで知っている人はほとんどいません。」


「ええ。子供の数が減っているのも一因ですが、もっと前から、その気配はあったのです。何というのかな、民話との距離が離れてしまったのです。」

「誰もまよいがを『あるかもしれない』と感じていない。山にも探しに行かない。自分のご先祖が体験したと言っても、リアリティを感じてくれないのです。」


「暮らしと地続きでなくなった民話は、誰からも忘れられ、語られなくなってしまった。皆の暮らしが、あの山河から離れたから、民話からも皆離れてしまった。」


「今日案内できなかった、山道が復旧していないのもその証拠でしょうね。塞がっても生活には困らない道なので、復旧が後回しなのです。お社ももう、必要とされていない。」


「……だから、そんな時にお客さんが来てくれて。まよいがの話を聞いてくれて―ううん、それだけじゃない。まよいがの話に出て来る人々の暮らし、今はもう失われたそれを体感しようとしてくれたあなたを見て、私はとても嬉しかったのです。」

//SE バスが近づき、停車する音

「いけない。バスが来ました!すみませーん!乗りますー!」

//SE 雨の中、駆け足で走る音

「ふう。ではお客さん、気を付けて。あ、これ、おにぎりです。本当は朝ごはんにお出しするはずだったんですけどね。バスで召し上がって下さい。」


「さようなら、お元気で。」

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