第2話 お腹の虫さん、きゅうりはいかが?

「ところで、どうして南杜みなみのもりへ?あそこも、ここと同じくらい田舎で、観光に来られる方もいないのに。」


「民話の研究?え、大学院で!?すごいですね!」


「成程、確かに南杜みなみのもりには民話の保存会があるとか。南社こっちにもあればいいのに。」


「お客さんは、どんな民話を調べていらっしゃるんです?……ああ、まよいがの話を!」


「ふふ、意外でした?私、こう見えて祖母である女将から沢山民話は聞かされてて。」


「まよいがで有名なのは、やっぱり『遠野物語』ですけど、この辺りにもいくつか伝わっているんですよ。途中からだいぶ筋書きが違うんです。」


「え、私が話していいんですか?ふふ、専門家であるお客さんの前だと、ちょっと緊張しちゃいます―」


//SE お腹の鳴る音


「あら。おなかの虫さんが鳴いてますね。―え?お昼食べていない!?ま、待ってて下さい!」


//SE 畳をすり足で歩く音 徐々に遠ざかる。

//SE(遠くの方で) きゅうりを切る音。


//SE 畳をすり足で歩く音 徐々に近づく。


//SE お盆を置く音 //SE 氷の入ったグラスの音

「はい。塩むすびと、きゅうりのぬか漬けです。麦茶も持ってきました。」


//SE きゅうりをかじる音


「お口に合いましたか。それは何よりです。」


「でもお客さん、ほんっとうに駄目ですよ。食事も取らず、帽子も無しに炎天下をずっと歩くなんて。自分から熱中症にかかろうとしてませんか?」


「『働かざる者食うべからず』とは言いますが、私からすれば『食わざる者働くべからず』ですよ。」


//SE お腹の鳴る音


「……。」


//SE 風鈴の音


「……(ちょっとバツが悪そうに笑う)はい。私も、お昼まだなんです。畑仕事をした後に、遅めの昼食を取ろうとおにぎりをいくつかこさえておいたんです。」


「いえいえ!気にしないで下さい。むしろ、旅籠なのにお客さんに出すお昼がおにぎりしか無いなんて。若女将失格ですね……。」


「―え?私も一緒に?いいん、ですか?」


「……(照れ笑い)で、では、失礼しますね。」


//SE きゅうりをかじる音

「うん。我ながら、上手に漬けています。んふふ。これも、祖母に仕込んでもらったのですよ。」

「おむすびも(ほおばる)ふふ、力を入れすぎちゃ駄目だとよく叱られました。ふんわり握れるようになるまで、毎食ずーっとおにぎりだったんです。女将修行の中でも、これはかなり堪えました。」


「他ですか?そうですね、畑の手入れの仕方、魚の釣り方、あとは、お風呂の沸かし方に薪割り!」

「驚きました?ふふふ、結構何でも出来る若女将ですよ、私。」


//SE 風鈴の音ときゅうりをかじる音が混じる。


「ふう。ご馳走様でした。」

「ふふふ。誰かと一緒にご飯を食べるなんて久しぶりで、ついはしゃいでしまいました。ありがとうございます。」


「夕飯は腕によりをかけて作りますので、期待してくださいね!」

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