ノア・ナイトメア~悪魔に人生破壊された僕、毒舌メイド少女に救われ勇者を夢見る~

猫舌サツキ

第1章 悪夢の始まり編

第1話 死の舞踏

「アレスって、夢はある?」


 ある日の午後、姉に夢を聞かれた。

 昼食のパンをスープに浸して食べながら、僕は夢を語った。


「うーん夢かぁ。僕の夢は【勇者】みたいに強くなることかな」


 そんな夢を抱いたのは、『勇者』という物語を読んだことがきっかけだった。


 最強の聖剣エクスカリバーで人々を悪魔からまもり、世界中を旅して、魔王すらも打ち倒す――そんな勇者のように強くなりたいと、幼い頃から夢見ていた。


「そっか、強くなりたいか~ アレスらしい夢だね。 じゃあさ、強くなってわたしのことをまもってよ!」

「え、自信ないかも……」

「きっとできるよ、アレスなら♪」


 そう言って姉は微笑んだ。


 夢を叶える自信はなかった。

 なぜなら僕はただの田舎者で、剣を握ったことすらなかったから。さらに言えば、僕は17歳だけど歳不相応に背が低いし、非力だし、童顔だった。


 僕という非力な存在は、強くたくましい【勇者】とは程遠い存在だった。


「あ、そういえば、花飾り作ったんだ♪」


 姉は、紫色の花飾りを持っていた。姉は昔から手先が器用な人だった。


「アレスへのプレゼントだよ。ほら、こっち向いて」


 僕の黒色の長い前髪に、紫色のサフランの花飾りが結びつけられた。


「ありがとう姉さん」

「ん、似合ってるじゃん。可愛いよ♥」

「……うるさいなぁ」

「あ、照れてる。アハハっ、そういうところも可愛いよ」


 姉さんは僕をからかって、楽しそうに笑っていた。


 そんな穏やかな日常は、次の日には崩れ去った。



――姉は【悪魔】によって殺された。





「姉さん、起きてよ……お願い、死なないで……」


 地面に倒れた姉の左胸には、大きな穴が開いていた。


 そこにあるはずの心臓がえぐり取られていて、桃色の筋肉と、折れたあばら骨が剥き出しになっている。


「あ、ああ……血、止まって……姉さん、嫌だ……」


 僕の小さな手では、姉の胸に開いた傷を塞ぐことはできなかった。生暖かい血が滝のように流れ出る。

 僕は軽くなってしまった姉の体を抱いて、嗚咽おえつの末に泣いた。


 周囲の家々は燃え盛り、立ち昇る黒煙が夕日を覆い隠し、周辺が夜のように暗くなっている。

 僕が隣町に油を買いに行っている間に、村のみんなが殺されて、あらゆるものが燃やされていた。


「ああ……なんで、どうして……」


 誰が、なぜ、こんなことをしたのか?

 怒りと悲しみと喪失感にさいなまれて、胃の中身が空っぽになるまで吐いた。涙が枯れそうになるまで、ずっと泣き続けた。


 そんな僕の悲痛な声を聞きつけて、【悪魔】がやってきた。



「――死こそが、この世界で最も美しい」



 大きな鎌を持った悪魔が、家の陰から姿を現した。


 牧師のような黒い服を着ている悪魔だ。

 葡萄ぶどう色の短髪で、その細い首からは髑髏ドクロの首飾りをぶら下げている。


「お前、何なんだよ……誰なんだよ」


 姉の死体を抱えたまま後ずさり、不気味に笑う悪魔を見上げた。


「ギヒヒ、死の瞬間こそ最も美しい瞬間。そして、死は絶対平等の救済であり、究極の芸術である!」


 悪魔の赤色の瞳がギョロリと僕を見据えた。


「お前が……お前が、姉さんを殺したのか……?」


 僕の声は震え、かすれていた。


「その通り。ボクがこの村の住人どもに手をかけ、その女の心臓を引きずり出して食べたのだ!」


 ガイコツのようにやせ細った悪魔の口元は、血で真っ赤に汚れていた。


嗚呼ああ、心臓を引きずり出したときの悲鳴は本当に美しかった!!心臓を噛み潰した瞬間に深紅の血があふれ出して、ボクの喉を潤した……実に甘美かんびで、至高のひと時だった!!やっぱり、死は美しい!!」


 頬に両手を添えて、悪魔はうっとりと微笑んだ。

 僕は、悲しみを憎悪によって上書きされて決意した。悪魔こいつを殺してやろう、と。


「――そんなに死が好きなら、僕がお前を殺してやる」


 故郷と姉を奪われた怒りと憎悪に背中を押されて、地面から素早く立ち上がった。

 そして、地面に落ちていた木片を握り、悪魔の右目に突き刺してやった。


「グギャアアアアアアア!!」

「死ねよ、さっさと死ねよ悪魔め!!姉さんの痛みと苦しみを味わいながら地獄にちろ!!」


 押し倒した悪魔の顔や胸に木片を突き刺した。何度も何度も。

 ドスっ、ドスっという音が響くたびに真っ赤な血が噴き出して、僕の顔や衣服を朱に染めた。


 しかし、急に起き上がった悪魔に手首を掴まれてしまう。


「ギヒヒヒ、ボクが油断していたとはいえ、やるじゃないか、少年……」

「こ、この……離せ!うわっ!?」


 悪魔の圧倒的な力によって押し倒されて、僕は喉元を強く押さえ付けられた。

 息ができず、思うように声が出せない。


「さあ、少年……次はお前の番だ。お前の綺麗な悲鳴をボクに聞かせろ!!」

「た、助けて父さん……」


 どこかにいるかもしれない父さんに助けを求めた。けれど、返事はない。

 父さんも、この村のどこかで、みんなと同じように殺されてしまったのだろうか。


 そして、僕が木片を突き刺して潰したはずの右目も、胸と顔の傷も、いつの間にか回復していた。これが、悪魔の力か……

 

「助けは来やしない……お前は、ボクの芸術作品の一部になる!!」


 僕の細い首元に、大きな鎌が振り下ろされた。

 死を覚悟した僕は、目をぎゅっとつぶった。これで、姉さんと同じ天国にけるかもしれない。


 けれど、その瞬間は訪れなかった。



――黄金の鎖を持った謎のメイド少女が、僕と悪魔の間に飛び込んできた。


 メイド服を身にまとった赤髪の少女は、僕の首に振り下ろされた巨大な鎌を黄金の鎖で受け止めた。


「お前……ボクの芸術活動の邪魔をするのは、どういうつもりだッ!?」


 悪魔が怒鳴った。メイド少女の鎖と悪魔の鎌とが擦れて、火花が飛び散っている。


「……」


 メイド少女は無言と無表情を貫く。


 左目に黒い眼帯、左半身に白い包帯を巻き、黒を基調としたメイド服を身にまとう少女だ。ワインレッドの色の短髪と深紅の瞳も特徴的だった。


「ボクが何者なのか分かってるのかァ!?世界さえ滅ぼす【嫉妬の悪魔】ミヒャエルだ!お前はなんだァ!?いきなり横入りしてきて、邪魔しやがって!」

「はぁ……うるさい。耳障りだから黙れ」


 メイド少女は抑揚のないダウナー声で毒舌を披露。黄金の鎖で悪魔ミヒャエルの大鎌を弾き返した。

 そんな鎖の先端にくくり付けられているのは、武器と呼ぶにはあまりに巨大で荘厳な【シャンデリア】だった。


「なんだ、その武器は……?ギヒヒ、面白いものを持っているじゃないかァ」


 悪魔は大鎌を振るい、黄金の鎖とシャンデリアを振り回すメイド少女に対抗する。


 僕はその隙に地面から起き上がり、崩れた家屋の陰に隠れた。


嗚呼アァ、羨ましいなァ、ねたましいなァ……そんな細い体で、これほどの力があるなんて……【嫉妬】ものだよねェ!!」

「私に触るな。悪魔の分際で……けがらわしい」


 メイド少女は毒舌を披露しながら、黄金の鎖で戦う。

 鎖は蛇のようにうねり、数百キロはあるであろう巨大なシャンデリアが宙を舞い、悪魔を襲う。

 悪魔と互角に戦うなんて、ただのメイドさんではないのは確実だ。一体、彼女は何者なのだろうか。


 僕の不安と疑問を他所に、メイド少女は力強くシャンデリア付きの鎖を振るう。シャンデリアの蝋燭ろうそくの炎が火柱を形成して、悪魔の全身を焼き焦がした。


「ボクに炎は効かない。ギヒヒ」

「気色悪い。その笑い声を聞いていると反吐へどが出るわ」


 悪魔は、圧倒的な戦闘力を誇るメイド少女相手に、防戦一方。

 シャンデリアの直撃を受け、炎に巻かれながら吹き飛ばされ、家の壁を突き破った。


 しかし、ひたいから血を流しながらも悪魔は立ち上がる。

 その額の傷は、ものの数秒で完治してしまった。


「たとえ頭部を吹き飛ばされようと、大量の血を流そうと、体を失おうと、ボクは死なない――ボクは、の悪魔だ」


 赤髪のメイド少女は「チッ」と舌打ちした。


「ならば、お前の回復速度を上回る力で決着をつけるまで――第二リム炎魔法イグニス


 熱を帯びた空気がメイド少女に集まって、燃え盛る炎を形成した。離れたところから傍観している僕の額に汗が浮かぶほどの灼熱だ。


(すごい、第二の魔法なんて初めて見た……!)


 この世界で魔法を使えるのは100人に1人ぐらい。その事実だけで、メイド少女の力を示すには十分だろう。


 炎の塊が、悪魔に向かって一直線に飛んだ。

 しかし、猛烈な炎に全身を包まれてもなお、悪魔は余裕の笑みを浮かべていた。


「ギハハハハ!さっきも言っただろう、ボクに炎は通用しない。この程度の炎で焼き殺せると思ったら大間違いで――」

「その魔法は、あくまで【おとり】よ」


 メイド少女はいつの間にか、悪魔の背後に回っていた。


「お、お前、何を……」

「死を想え――【冥府からの警句メメントモリ】」

「ガァァァァァァ!?」


 メイド少女の左手が触れた次の瞬間、悪魔ミヒャエルの腕が液体のように泡立ち、みるみるうちに黒く変色した。

 その黒き腐敗の浸食は、またたく間に全身に至る。


「ち、血肉が、骨身がこぼれ落ちる……」


 悪魔はどす黒く変色し腐敗した首元を押さえ、もがき苦しんでいる。

 血肉がボロボロと剥がれ落ち、白い骨がむき出しになる様は、生きながらにしてちていくようだった。


 なんだこの技は……魔法ではない。悪魔術の類なのか?


「お、お前、この技……人間じゃないな!?」


 悪魔は大鎌を振り回し、メイド少女を振り払った。


「――男女問わず自明なるは、死は、大なる者も小なる者も容赦せぬことなり!」

「は?」


 悪魔のセリフに、メイド少女は冷たく疑問を呈した。


「メイド服のお前も、そこの無様な少年も、いずれは死にいざなわれる――死は、すべての存在に平等に訪れる」


 黒き腐敗が進み、目元まで真っ黒に変色した悪魔ミヒャエルは、黒い魔法陣から現れた巨大なガイコツに飲み込まれて姿を消した。


 悪魔との戦いは突然終わった。


「はぁ、とりあえず追い払えたか……」


 メイド少女はメイド服のすそに付いた灰を手で払い、黄金の鎖を腰に巻いた。

 僕は、冷たくなってしまった姉のもとに駆け寄り、強く抱きしめた。


「ごめん、姉さん。姉さんのこと、まもれなかった……」


 死んだ姉を腕に抱く僕の周囲では、村の家々が轟々ごうごうと燃えていた。

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