マン ミーツ マン
@donguri_ws
第1話
隆泰(たかひろ)は、あまりに直線的で無機質な高層ビルを見上げた。こんなビルに事務所を構える奴が、俺に何をさせようというんだ。
これからは、ドジを踏まないよう、慎重に生きようと決めていたのに。なんか、やばい匂いがする。
隆泰は、高校2年だったが、ひどい盗癖があって、つかまって鑑別所に入れられた。本来、普通の生徒のはずなのに、親、教師、クラスメートのすべての人に否定され、批判されて、心が壊れかけていた。違う、違う、違う! 隆泰にとっては、これらの人たちが世界のすべてで、そしてあまりに理不尽な状況だった。ものを盗むときの束の間のスリルと快感に溺れた。
でも、つかまってみて、なんてくだらない転落なんだ と思った。もっと、巧妙に立ち回らなくては。神妙なふりをしたが、印象は悪かったようで、少年院送りになると思った。なのに、なぜか、保護観察処分ですんだ。その上、ある人物の計らいで、ワンルーム・マンションが用意された。社会への対面を気にする親と暮らすのはうんざりだったから、それはありがたいことだった。でも、それを手配してくれた人物は、隆泰に何かさせようとしているらしい。タダより高いものはない。胡散臭い。何をしなくてはいけないのか教えてもらえなかったが、家に戻ることを考えたら、選択の余地はなく、承諾した。まあ、違法なことでないだろうし。
隆泰は、ぐっと拳に力をこめ、気合を入れてから、ビルへと入った。大理石の床、エントランスの高い天井。こんなビルに入れるのは、いわゆる勝ち組って奴だな。場違い感が半端ない。でも、俺だって、いずれはテッペン取ってやる。どんな業界かまだ考えていない。裏か表かさえ、わからないが。くだらない犯罪で捕まるような間抜けなことは、もうしない。そして、俺を見下した奴らを、見下ろしてやる。隆泰は、心の中で叫んだ。
これから会う人物にも、会う前から敵意がむらむらとわきあがっていた。
伝えられていた部屋番号のドアのチャイムを鳴らし、インターホンに名前を告げた。
ドアを開けてくれたのは、まだ30歳にもなっていないだろう若い男だった。
「待っていたよ。わたしがここの責任者の呉橋だ。よろしく」
こんな若い人が。と、隆泰は驚く。もっと、おじさんを想像していた。
ベンチャー企業を起業した若いエリート。それだけでむかついた。
立派な応接セットの部屋に通されて、すすめられたソファに座る。居心地悪い。
「そんな硬くならないで。無理なことを頼むつもりはないから」
「……」
「まずは、これから、どうしたい? 高校生活を続けたいなら、転校手続きをするよ。学校がイヤなら、働き口を探そう。高校を卒業していないと、職種は限られるけどね」
「……働きたいです」
学校で学びたいことなど、特にない。クラスメートや教師がうざいだけで、今まで何も得ることはなかった。
「コンビニのレジとか、飲食店の店員とか、肉体作業の業種とか。どんな仕事をしてみたい?」
「お客相手はしたくないから、肉体系がいい」
「住居費、光熱費は、こちらで払う。給料は、そのまま君のものだ。それ以外にも、依頼の報酬も払おう」
「その依頼というのは?」
それが一番大事なことだ。あまりに条件が良いので、隆泰は、警戒心を強めた。
「うちは、ITと電子機器の開発会社だ。君も、今、AIが流行っているのは知っているだろう?」
もちろん、知っている。ネットでひやかし感覚で会話型のAIで遊んだことはある。
「わたしの開発したAIのテストに協力して欲しい」
ゲームとか、たくさんのテストプレイヤーがテストする って、きいたことがある。なぜ個人的な感じで、俺にやらせるんだ。
「AIと言っても、今ネットで流行っているような一般向けのAIとは少し違う。いっしょに生活する中で、様子を見たいんだ」
「なぜ、俺が?」
「わたしが考えている条件は、ひとつ目、若くて暴力的ではない子。ふたつ目、将来が保証されていない子。みっつ目、賢い子」
「ふたつ目があるから、鑑別所だったんですか。でも、みっつ目は、俺にはあてはまらない。妥協ですか」
「いや、君がいいと思った。わたしが気にしているのは、学校の成績じゃない」
「賢いかどうかは、成績が基準でしょう」
「社会的基準とわたしの判断は違う。君はたぶん、数学系のLDだ。それによって、すべてがうまくいかなくなってしまった と思っている」
「LD?」
「世の中には、超ド音痴の人がいるけど、そういう人を頭悪いとは思わないだろう」
「……」
「人の顔を識別できない人もいる。字の読み書きができない人もいる。算数どころか数値の大小さえよくわからない人もいる」
隆泰は、ズキリとする。
「国語や算数の能力の場合、学習障害、LDというんだ。それは、成績に影響するけれど、知性とは別だ」
隆泰は、アホとか怠け者 と、言われ続けてきた。算数の学習障害 なんて、言われたことなかった。ちょっと心が軽くなると同時に、不本意な評価を受け続けてきたことへの恨みも強くなった。
「今まで探した候補の中で、君が一番適任だと思った。引き受けてもらえないだろうか」
「……」
普通のお願いのように聞こえて、これは強制だ。居心地の良い1人暮らしの家、仕事、生活を保障してもらって、断れるワケがない。
「その分の報酬も払う。1日1万円で、仕事としては、1日に30分以上を目安に、会話してくれればいい」
月に30万円。1日30分のAIとの会話。絶対、ほかに何かあるに決まっている。おいしすぎる話はやばい。
「AIって、パソコンで?」
「いや、ロボット。等身大じゃなくて、もう少し小さいから、部屋にあって邪魔にはならない」
「ロボットって、勝手に部屋を歩き回るんですか」
「引き受けてくれるなら、今日の夕方、家に届けるよ」
見て見れば、わかる と言うことなのだろう。それ以上のことは話してもらえなかった。
得体の知れないモノと暮らすなんて、全然乗り気になれなかったけれど、隆泰には断ることはできなかった。とりあえず と、今月分の報酬の前払いを受け取った。
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