【SF短編小説】優しいガーゴイルの聖堂~完璧という名の檻~(約12,000字)

藍埜佑(あいのたすく)

第一章 出来損ないという烙印

 僕はだ。


 そう自覚して、物心ついた時から生きてきた。


 僕が生きるこの閉鎖型宇宙コロニー『エデン』では、全ての人間が完璧な肉体を持って生まれてくる。


 受胎ポッドの中、遺伝子の設計段階で、あらゆる不完全さはエラーとして排除される。黄金比に基づいた顔立ち、統計的に最も好まれる理想的な身長と体重。あらゆる病気への完全な免疫。


 そして何より、彼らが互いを見つめ合った時に感じる絶対的な無意識の安心感。彼らは皆、同じ美しさの鋳型から生まれた完璧で滑らかで寸分の狂いもない複製品だった。


 だが、僕は違う。


 受胎ポッドの


 このコロニーの千年にわたる歴史の中で、たった一度だけ記録された統計上起こりえないはずの確率。


 僕の身体は生まれながらにして歪み、捻れ、膨れ上がっていた。


 左の肩は右よりも拳一つ分高く、そのせいで僕の首は常に傾いている。背骨は緩やかな螺旋を描き、どんな寝台に横たっても身体のどこかが必ず浮き上がる。そして顔の左半分は、まるで溶けかけた蝋のように麻痺し垂れ下がっている。左目は常に半分しか開かず、口の左端は僕の意志とは無関係に醜く吊り上がっている。


 なぜ美醜は存在するのか。

 僕は幼い頃からこの問いに囚われ続けてきた。


 完璧なコロニー『エデン』で生きる人々にとって、美しさとは呼吸する空気のようなものだった。それは当然の権利であり、疑うことのない世界の前提。彼らにとって僕のような存在は、完璧に磨き上げられた鏡の表面に刻まれてしまった、たった一つの醜悪な傷でしかなかった。


 人々は僕を中世の忌まわしい石像の名で呼んだ。

『ガーゴイル』と。

 そして石を投げた。


「見るだけで不快になる」

「子供が怖がるから処分しろ」

「なぜあのようなエラーを生かしておくのか。システムの汚点だ」


 彼らの刃のような言葉は、僕の分厚くざらついた皮膚を貫き、歪んだ骨の髄まで染み込んだ。だが何よりも僕を苛んだのは彼らの視線だった。恐怖、嫌悪、そして何よりも理解不能なものを見る冷たい困惑。僕は彼らにとって存在してはならないもの、世界の美しい秩序と調和を乱す不協和音だった。


 僕はコロニーの最下層、全ての光が届かない廃棄された貨物区画の暗闇の中だけで生きていた。


 ここは完璧な社会が見捨てた全てのものの墓場だった。故障した機械、使い物にならなくなった古い部品、そして僕のような「不完全」な存在。僕たちは皆、この世界の美しいシンフォニーから弾かれた余剰物だった。


 僕の生命はシステムによってかろうじて維持されていた。


 壁面に設置された「栄養素供給ディスペンサー」が一日に三度、生命維持に最低限必要な味のない灰色のペーストを排出する。それは人道的な配慮からではなく、僕という「貴重な研究サンプル」の生命活動を維持するという、システムの義務に基づいていた。僕は怪物として社会から排斥されながらも、家畜のようにシステムによって「飼育」されていたのだ。


 僕の世界は二つだけ。


 一つは、この醜い肉体という牢獄。


 毎朝、冷たい床の上で目覚めるたび、僕は自分の手を見つめる。関節が異常な方向に二つに分かれたような指、ささくれだらけの分厚い皮膚。僕は鏡を見たことがない。自分の姿を確認する必要があるときは、床に溜まった汚れた水たまりの表面を覗き込む。そこに映る歪んだ怪物の顔を見るたび、僕は絶望という光の届かない深い井戸の底へとゆっくりと落ちていく。


 そして、もう一つは――。


 僕のこの震える歪んだ指先から生まれる、小さな小さな星屑の聖堂。


 僕は廃棄された機械部品のジャンクを集めては、来る日も来る日も一人、暗闇の中で教会の模型を作っていた。完璧なシンメトリーを持つ天を突くような尖塔。光を透過させる色ガラスの破片を丹念に繋ぎ合わせて作ったステンドグラス。そこには僕の世界には決して存在しないものがあった。歪みのない純粋な調和と美の世界。


 なぜ僕は美しいものにこれほどまでに焦がれるのか。


 僕が誰よりも醜いからこそ、美しさのその絶対的な価値を誰よりも深く理解しているからだ。


 美とは単なる視覚的な快楽ではない。それは秩序であり調和であり、この混沌とした宇宙の中で一瞬だけ現れることを許された奇跡的な神の均衡なのだ。


 僕が十五年もかけて作り上げた聖堂は、小さいながらも完璧だった。黄金比に基づいた扉の配置。音響効果を計算し尽くした内部のヴォールト天井。光の屈折率を考慮したステンドグラスの角度。


 僕のこの醜い歪んだ手から生まれたとは誰にも信じられないほど、それは神々しいまでに美しく整っていた。


 それが僕のだった。


 この醜い肉体に宿ってしまった魂が、せめて何かひとつ美しいものをこの世に生み出せますように。


 僕のこの忌まわしい存在が、この世界にとって完全に無価値なエラーではありませんように、と。

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