喪失

蓬葉 yomoginoha

喪失

わたしたちは

他人の意志で

この世に生まれる


吉野弘をひくまでもなく「I was born」。受け身だ。


けれどそのあとは

わたしたちの意志で

この世を生きる


谷川俊太郎をひくまでもなく「孤独」。


そのなかでわたしたちは

たくさんのものを

失う


それはわたしたちの意志によるものもあれば

それは他人の意志によるものもある



初めて

引っ越した時。

小学生の時。

ふと、故郷の無人の家を思い出して、自分がここにいることを嘆いた。


習い事。部活。

自分がいた場所がなくなるとわかった時。

いいようもない悲しさに包まれた。


中学時代、無二の親友だった彼と自らの意志で離れた時。いや、正確には離れた後。

夢になんどもなんどもなんどもなんども。彼は出てきた。今でさえ、ときおり。


高校時代、曾祖母が亡くなった時。

火葬場の轟音の中に消えていく棺を見た時。

取り返しのつかない気持ちになって、涙した。



大学時代、はやり病で日常が消えた時。

誰にも理解されない体調不良になって、ひと月苦しんだ。



喪失はいつもそばにある。

今もそう。

自分の思い通りになることなんて、これまで何もなかった。

ほんとうに大切なものは、大切な人は、いつも手のひらからこぼれ落ちる。さながら星の砂のように。



大切なことはいつもわたしのそばから消えていく。






それでも世界にいるのは

「神がいるから」でもなく

「誰かから生を与えられたことへの補償」でもなく

「もしかしたらいいことがあるかもしれない」というギャンブル精神でもなく




それでも世界にいるのは















なぜだっただろう





理由はあったはずなのに

それすら「喪失」してしまったなら


そこに何が残るだろう





時が癒す?



それは結果論ではないか





喪失は

世界の意志である


わたしを生み出した世界が

喪失を望んでいる


喪失は世界の手先なのだ








手を離さないことだ

醜くても


手を離さないことだ

相手が顔をしかめても


手を離さないことだ


それは依存ともいえる

それは愛ともいえる


手を離さないことだ


どうせ

誰もかれも

何もかも

わたしの命すらも

勝手にいなくなるのだから


それならば

自ら手を離すのは愚である


手を離してなどやるものか

あがいたっていいじゃないか





世界にいる理由はわからないとしても

その意志は世界にいる理由となる

手を掴むのなら

生きなければならない



あきらめて

自ら世界を手放す前に

一度

すがりついて

握った手の骨が折れる音を聴こう



そうして少しだけ

世界は

喪失を放ったことを

後悔するだろう



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