第3話 食には困らなさそうだ
生まれてからずっと宇宙空間で生活していた。
仮想空間で自然を体感したことはあるが、どれだけ精巧でもそれは偽物だ。
だから休息した後にあたらめて嵐を体験した時は、本物の自然との触れあいということでテンションが上がったのだが……。
「飽きたな」
「早いですね」
「いやだって窓の外はずっとこれだぞ」
いくら激しく雨風が艦を叩きつけるといっても、似たような景色が三日も続けば飽きる。
巨大な水棲生物がいれば別だが、そういったものは確認できていない。
しかも一部で水漏れが発生してその対処に苦労させられた。
その際に魚が紛れ込んできたので、焼いて食べると美味かったので許す。
水に困らないのは助かるが、いい加減飽きてしまった。
嵐のせいで鉱物センサーも上手く働かないので、事態が進むわけでもない。
完全に無駄な時間だ。
「明日になっても収まらなかったら強引に外に出る。俺が外に出た後は光学迷彩を強化して待機していてくれ。もし船や人が近寄るようなら一時的に上昇してもいい」
無人状態でも空中で待機するくらいは可能なはずだ。
心配をよそに、次の日にはあっさりと嵐は消え去ってしまっていた。
試しに外に出ると、カラッとした空気を感じる。
これが台風一過というやつか。
事前に問題なしと分かっていたとはいえ、未開の惑星の空気を吸うのは少し緊張した。
土や植物など、自然の匂いを感じる。
仮想現実では決して再現できないものだ。
「さて……まずは拠点が必要だな。水辺が近くてかつ食料を確保できる場所が欲しい」
「つまりはここでは?」
「悪くはないんだが、鉱石センサーにろくな反応がない。できれば何かしら反応がある場所に行きたい」
最低でも鉄が欲しい。
鉄があれば艦の修理に必要な道具を作ったり装甲の修理も可能だ。
地球と似たような構造ならある程度移動すればみつかるはず。
「まあ、しばらく歩いてみるさ。せっかくの探検だし楽しまないと」
「遭難をポジティブに言い換えましたね」
「うるさいな」
せっかく考えないようにしていたのに。
コスモラインからの救難も期待できず、修理も含めて俺一人でどうにかするしかない。
最悪この蒼い星で死ぬまで滞在する可能性もある。
せめてこの星に哺乳類……人類がいればいいのだが。
科学力次第では力を借りられるかもしれない。
鉱石センサーはかなり広範囲まで探索できる。
少し離れた場所に山が見えるのだが、そこに微弱な反応があった。
もしかすると鉄や金が採れそうだ。
ここからでは分からないのだが、もし地下深くに埋没していた場合はかなり採掘は難しい。
たいした道具を持たない人間の力というのは悲しいくらい弱い。
その事実が重く肩にのしかかった。
無人機を含む艦の全ての機能が使えれば、何もかもあっという間なのに。
山に向かって歩く。
宇宙で過ごしていたとはいえ、兵士としての十分な訓練を積んでいたおかげで苦しさはない。
途中で果汁を多く含む木の実を発見した。
ちょうど喉も乾いているし、小腹も減っている。
一つもいで匂いを嗅いでみる。
かなり強めの甘い匂いだ。
「主にラクトン類の香りですね。香り成分からは毒性は感じられません」
「ふむ」
少量だけかじってしばらく口の中にとどめてみる。
舌の上に置いて待ってみたが、しびれやえぐみはない。
ピリピリする様子もなかった。
むしろ果汁の甘さが広がり飲み込みたくなるのを我慢するのが大変だ。
毒はないと判断し、口に含んだ果肉を飲み込む。
皮を剥いて残りも食べた。
若干の酸味と強い甘さで一個食べただけでも満足感がある。
糖分が多いのか喉はむしろ乾いてしまったので水筒の水で潤す。
この木の実を吊り下げた木はそれなりにある。
飢え死にはしなくてすみそうだ。
そんなことを考えていたら、突然悲鳴が聞こえた。
かなり小さかったが、女性のものだと思う。
すぐに悲鳴の聞こえた方へと走った。
何が起きたのかは分からないが、危機的状況なら俺にとっても影響があるかもしれない。
この星のことは少しでも知っておきたいし、上手くいけば情報が得られるかも。
念のためビームサーベルを右に持つ。
悲鳴の大元らしき場所に到着した。
地面が荒れており、木が一本へし折れている。
人の足あとらしきものを発見し、それを追う。
少し離れた場所で、女性が大きな猪に襲われているのが見えた。
猪の牙は巨大で、あれで一突きされたら人間の身体など簡単に突き破られるだろう。
猪は地面を何度も蹴り、いまにも走り出しそうだった。
女性は恐怖のせいかこれ以上動けそうにない。
俺は女性と猪の間に割り込む。
コスモラインの兵士としてこのまま見過ごすことはできなかった。
ここは地球ではないが、人類の守護こそが本懐だ。
ビームサーベルを起動させ、筒からエネルギーが凝縮された剣が出現する。
猪と俺の視線がぶつかった瞬間、相手が突撃してきた。
見た目通りの勢いで、俺を突き殺そうと突き上げてくる。
いくら人間並みに巨体の動物といえども、これほど単純な相手に負けるほど弱くはない。
ビームサーベルを振り抜き、猪の右の前足を斬る。
バランスを崩して猪の突き上げは空を切った。
すれ違いざまに蹴りを入れてバランスをさらに崩させて横に倒すことに成功する。
まるで岩を蹴ったかのような感触だった。
バランスを崩していなければ吹き飛ばされるのは俺だっただろう。
前足を片方失ったことで立ち上がるのに手間取っていたところを、首を落として止めを刺す。
胴体はしばらく動いていたが、それも終わった。
生身での実践は初めてだったが、自分で思うより動けたな。
訓練の成果の賜物だ。
それからようやく女性の方へと振り向く。
(気付いてますか?)
(ああ)
ゼータが通信機能を使ってメッセージを送ってくるので俺もそっちで返した。
女性からはゼータが見えないので当然か。俺が独り言を喋っているように見えるもんな。
そしてゼータが何を言いたいのかは分かる。
女性には耳が四つあった。
人間の耳と、犬のような耳。
おそらく獣人、というやつだ。
俺が近づくと、女性は怯えるような動作をする。
とりあえず俺は一番気になることを女性に聞くことにした。
「この猪って食える?」
「?」
女性は呆気に取られていた。
しまった。そもそも言語が分からないから俺が何を言ってるのか相手に通じない。
(ゼータ。彼女が喋ったら言語解析を頼む)
(仕方ありませんね)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます