闘神と呼ばれた男

HATI

第1話 生まれながらの戦闘パイロット

「直ちに戦闘準備を行ってください。出撃まであと900secを切りました」


 専用補助AIであるゼータの声が聞こえる。

 微睡みかけていた意識が強制的に覚醒した。

 アンプル剤が打ち込まれたせいだ。

 中身は身体能力を上げるための薬とお決まりの鎮静剤だろう。

 体力回復用のカプセルから出て、戦闘用のパイロットスーツを身に着ける。


「ゼータ。今回の敵の規模は?」

「※1コスモリンクから共有された観測データによれば、過去最大規模とのことです」

「ここ最近大人しいと思っていたら、しっかり準備していたってことか」


 着替え終わったら自分の艦を目指して移動する。

 他の兵士たちも慌ただしく配置に着くのが見えた。

 今回はこの中からどれだけ生き残れるのだろうか。


 艦の中に入ったら全ての電源を起動させ、反重力エンジンを稼働させる。

 ここ最近の戦果が認められ、無人機が配備されたばかりだ。

 今回の敵の規模も相まって、今までにない戦果を期待できるだろう。

 もちろん、生きて帰れたらの話だ。


 艦をコスモリンクの宇宙ステーションから動かし、指定された場所に移動が完了した。

 ここが俺の持ち場だ。

 周辺にも大勢の艦隊がひしめき合っている。

 数、質、共に十分だが、それでも相手の天文学的な数を考えると安心はできない。


 敵が交戦圏内に到達するまであと5分ほど。

 一度戦いが始まれば休む暇なく艦を動かし続けなければならない。

 生まれて訓練課程を経てからずっとこうしているが、やはりこの時間は慣れない。


「隣の艦隊から通知がきてます」

「繋いでくれ」

「お、また隣だな。よろしく頼むぜノーヴェ」

「いい加減その顔は見飽きたぞランドリー」


 画面に出てきたのは俺と同年代の男だった。

 同期といってもいい。

 何の因果か隣り合って戦うことが多く、密かにスコアを競っていたりする。

 きっと向こうも口に出さないだけで同じことをしているはず。

 隣に配備された時はこうして戦う前に軽く声を掛け合うのが日課になっていた。


「今日はいつもとは違うみたいだ。気を付けろよ」

「もしかしたら雑魚だけじゃなくて、司令級がいるかもしれないな」

「どうだろうな……。もし撃墜できれば大金星だが。そろそろ時間だ。切るぞ」


 ランドリーとの通信を切る。

 悪運の強い男だ。きっと今回も生き延びるだろう。

 俺もそのつもりだ。


「敵軍、第一波がワープアウトします」


 ゼータの声と同時に、目の前に広がる黒い宇宙に白い亀裂が走った。

 そこから虫を模したようなフォルムをした膨大な数の敵が出現する。

 敵……人類が宇宙で偶然遭遇した何者か。

 彼らのことはほとんどわかっていない。

 なぜ人類を敵視するのか。ワープ技術を使ってまで太陽系にくるのはなぜか。

 できるのは、こうして立ち向かうことだけだ。


 射程はこっちの方が長い。


 無人機を展開させ、それらをオートパイロットに切り替える。

 他の艦隊と息を合わせ、一斉に砲撃を開始した。


 その甲斐あって、かなりの数の撃墜に成功する。だが敵の母数が大きすぎるせいで、それでもまだ敵の数は多すぎるくらいだ。


 敵がこっちの砲撃を受けながらも距離を詰めてきて、敵の射程が届く距離になった。

 ここからは正面から打ち合うしかない。

 無人機たちが獲物を求めて出撃していったのを見送りながら、ひたすら砲撃を繰り返す。


 戦いが始まってどれくらい経っただろう。

 アンプル剤の効果で眠気は全くないし、頭も回る。

 だが疲労は確実に積み重なってきていた。


 ひしめき合っていた味方の艦隊は、かなり数を減らしていたがまだ陣形は崩れていない。


「ゼータ、味方の損耗率は?」

「7%ほどです、ノーヴェ」

「……もう7%か。敵は?」

「第十波のワープアウトを確認したところです」

「いつもなら精々第五波で打ち止めってところなのに。敵は今回で片をつけるつもりか?」


 俺の呟きにゼータは答えなかった。

 答えのない質問にこいつは返答しない。


「司令部よりコスモリンクからの援護射撃は引き続き継続。隊列を維持して突破されないようにとのことです」

「簡単に言ってくれる」


 最初は小さな相手ばかりだった敵も、回数を重ねるごとに巨大で強力になってくる。

 損耗率が上がったのはそのせいだ。

 第十波ともなれば、性能面でも向こうが上だろう。

 それでもやるしかない。


 コスモリンクより後ろにはやつらを止められるような戦力はない。

 地球を守れるのは俺たちだけなんだ。

 その事実が、コスモリンクで戦う兵士たちの強い原動力となっている。

 弱者を守るためになるのは、最も人を奮い立たせる行いだと誰かが言っていた気がするな。


 無人機の半分が撃墜されてしまったが、まだ艦には十分な継戦能力が残されている。

 コスモリンクからの援護射撃もかなり効果的だ。

 まだ、戦える。


 それから更に時間が経過した。

 敵は第十七波を最後にワープアウトが終了し、残った敵との戦いになっていた。

 損耗率はすでに25%を超えており、コスモリンクも大きな損害を受けて援護射撃が停止してしまっている。


 激しいドッグファイトを仕掛けられたが、俺はなんとかそれを凌いで相手を撃墜することができた。

 圧倒的なスコアを叩きだしている。

 しかし無人機もすべて失った。


 周辺には味方の姿もほとんどない。

 陣形も完全に崩れており、こうなっては場所を放棄して他の艦隊との合流も考えていた。


 長い戦いは完全に俺を蝕んでおり、追加の鎮静剤の効き目も薄れてしまっている。

 ゼータが何か言ってきているが、もうろくに思考が回らない……。

 だが、ぼやけてきた思考が一瞬にしてクリアになった。


 なぜなら、敵の司令級を発見したからだ。

 やつを倒せば、俺たちの勝ちだ。

 今回だけじゃない。かなり長い間敵は攻撃ができなくなるはず。


 敵の司令級のデータをゼータが解析する。


「敵の司令。リヴァイアサン型、第四級と推定。超大物です」

「やるぞ。あれをやればコスモリンクが回復する時間を稼げる」


 艦の出力を最大まで引き上げる。

 長い戦いで限界を迎えていたが、それでもやるしかない。


 確実に仕留めるためにダメもとで付近に生存している艦隊に応援を求めた。

 すると、一つだけ返信がくる。

 ランドリーだ。

 やはり奴も生き残っていたのか。


「ランドリー、時間がない。司令級を見つけたから叩くぞ」

「……分かった」


 声にいつもの張りがないのが気になったが、返事を聞いてすぐに二人で司令級を追いかける。

 相手も深手を負っているようで、逃げ足は遅かった。


 二人で囲むようにして近距離から砲弾をお見舞いする。

 相手はこっちの数倍はでかいが、こうなればただの的だ。

 だがしぶとい。

 いくらぶち込んでも止まる気配がない。


 前方に白い亀裂が走る。

 ワープして逃げるつもりのようだ。

 ここまできて逃がさない!


「このままでは作戦圏外に出ます」

「コスモリンクに作戦圏外への追撃許可を申請しろ! こいつは必ず仕留める!」


 ランドリーと共に攻撃の手を緩めない。

 かなり損害を与えたところで、ようやく更に足が鈍った。

 これならワープする前に倒せる。

 ……いつもなら、罠の可能性を疑いもっと冷静に対処できたはずだ。

 だが、度重なる疲労と興奮が思考を鈍らせてしまった。


 敵の司令級は急旋回し、後ろ向きのままワープアウトの場所に向かいつつ主砲をこっちに向けた。

 直撃コース。

 死んだと確信した。


 だが、ランドリーが艦ごと相手にぶつけて強引に逸らす。

 主砲がランドリーの艦を狙い、俺は運よくまぬがれた。


「何をしているんだランドリー!」

「悪いな。実はもう腹に穴が空いててよ。先にいくわ」


 それが彼の最後の言葉だった。

 敵の主砲がランドリーを艦ごと焼き払ってしまい通信が途絶する。


 俺は頭に血が上り、艦を敵にぶつけて零距離で砲弾を打ちまくった。

 相討ちでもいいから、絶対に仕留めるという強い覚悟で。


 ワープの発生地点に到着し、敵と密着したままワープが始まった。





 ※1コスモリンク

 太陽系を中心とした人類の領域を外宇宙からの侵略から守るために組織された太陽系絶対防衛線。

 特にその中枢である司令部を指す場合が多い。

 宇宙軍に対する絶対的な指揮権を持つ。



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