第19話
警備員以外は退勤した、23時過ぎ。
道弥は京塚メディカル支局の、来客ブースが並ぶ2階フロアにひとりでいた。
道弥がひとけのない、広い場所を好むのは、よく知られている。側近たちも警備員も、カメイさんも寄せつけることはない。道弥はひとつのブースを陣取り、缶コーヒーをあけた。
フロアの窓は天井から床までの、はめ殺しのガラスで、日中は1階からのびる樹木や、庭園を見下ろす景色が癒しになるが、夜間は分厚い繻子のカーテンと、その上にレースのカーテンがひかれている。
(生田さん、灯里さんとデート中か。灯里さん、いやがる相手に無体をはたらくタイプじゃないと思うんだけど、大丈夫かな)
そして無体をはたらかれる側も強い場合はどうなるのか。どっちの心配をすべきなのだ。
あと、生田夢子がまんざらでもなさそうだったあたり、いらぬおせっかいになりそうだが。
結局、やきもきした道弥は耐えきれず、榛名探偵社から尾行の調査員をつけてもらった。斉藤灯里の素行調査を名目として。異常かあれば、道弥とバービーにすぐに連絡がくる。
道弥はスマホに何も連絡がないのを確認して、頭をふった。
ふわり、とよい香りがして、道弥は顔をあげた。
華やかで、甘く、耽溺させるような。
香りに酔いかけて、道弥はあわてた。
この香り!
椅子から立ち上がり、その場でぐるぐる回って、あたりをうかがう。
窓にかかった、レースのカーテンのはしが、これ見よがしに持ち上がった。
繻子のカーテンとレースのカーテンの間に何かがもぐりこんでいく。わかっていれば、明らかに女の体だ。
やがてそれは、両腕をひらいて道弥を迎え入れる、聖母像のようなポーズで止まった。
「レディ……!」
顔や髪型はわからなくて残念だが、小作りな顔には品性を感じる。
(全裸だけどね!)
道弥は、ふくらんだレースに浮かぶ女体に、ためいきと称賛を贈った。
「ああ、胸もいいけど、脚もいいなあ」
言った瞬間、聖母のポーズから腰に手をあてる怒りのポーズになり、無言の殺気が飛んできて、
「口に出てた?! すみません」
でも見る。すごく見る。乳首のとがりにものすごく集中したら、手で隠されてしまった。
小作りな顔を見つめる。今夜はルージュを引いてない。目のあたりを熱烈に見る。
「繁にいさんのところで会って以来だね。あのとき、ぼくは聞いた。ほかの男にもこんな姿を見せてるのかって」
レディは動かない。
「声はないけど、きみは言ったね。あなただけ、だって。ぼくの勘違いなら……」
レディは道弥の手にしていたスマホをほしがった。察した道弥がメモアプリを出し、カーテンをめくって渡してやると、
『あなただけ』
と入力された。
道弥が有頂天になりかけると、
『すけべ』
と、さらに入力された。あんまりだ。
しかし、レディはすさまじい早さでさらに入力した。ある住所、そして施設。
道弥は気づく。
「これは、某市ニュータウンの……灯里さんか!」
カーテン越しに、レディはうなずく。
『またあとで』
道弥が捕まえるどころじゃない。
レースのカーテンが軽やかにめくられると、もうそこに、レディの気配はなかった。
「こんなにいつも煽っておいて……」
道弥は肩を落としたが、しかし、のんびりはしないほうがよさそうだ。
バービーに、レディが入力した住所に車で行ってほしいとLINEEする。
それから、今度は電話をかけた。
「カメイさん、いっしょに来てほしい。黒河マリサの格好で」
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