第4話

京塚道弥には、たくさんの兄姉がいる。

道弥は末っ子だ。

父は何度も離婚と再婚を繰り返し、奔放に婚外子も作った。

相手の連れ子も多くいたが、養子縁組はしていないので、妻と離婚すれば子も他人になった。

しかし道弥にしてみれば、にいさん、ねえさんと呼んで、ともに暮らした相手である。


「道弥くんは、焼鳥が好きだよね」

「にいさん、呼び出しておいてそれはない」

「何度もつきあってもらっちゃいるがね、そのたび感慨がわきあがる」

個室にて、おまかせ飲み放題コースを楽しむ。

にいさんと呼ばれたのは、斉藤繁さいとう しげる41歳。背が高く、誠実そうな男前だ。子なしの既婚者である。道弥の父の一時だけの妻の、連れ子だった。

今夜は、妻が出張でいないから、夕食をともにと誘われた。

繁は京塚メディカルとは無縁の製薬会社の研究員である。優秀であり、アトピー性皮膚炎の治療、改善について、多角的にアプローチして成果を出し続けている。

「道弥くんが小さい頃に、血が出るほどかきむしっていたのを、今でも忘れられない」

「繁にいさんは夜中でも気づいて、シャワーをかけてから軟膏を塗ってくれました。忘れられるはずがない」

小さな頃の一時期、道弥のアトピーはひどく、髪も眉もまつげもなくなり、灰色の肌のひび割れから黄色い汁をにじませ、表情も作れず、不気味がられるこどもだった。父にも母にも、使用人たちにも。

不思議と兄姉たちはみな、道弥を気遣い、愛してくれた。

「あの冷たい屋敷と親と使用人たち。ぼくには、きょうだいしか、頼れるひとはいませんでした」

「オレは庶民の生活がほとんどだからさ、『屋敷』だの『使用人』だのの単語には、今となるとおじけて笑っちまう」

「別の意味で、ぼくもその単語にはおぞけをふるいます。ぼくのアトピーが本格的に改善したのは、家を出てからですよ」

ふたりは声をあげて笑った。

「今はすっかり、イケメンになって」

「どこがですか、ぼくは中肉中背で地味顔ですよ。繁にいさんこそ、もてるんでしょう」

楽しくない話題のようで、共通の敵に対する恨みつらみを話すのは楽しいものだ。


「道弥くん、今日、このあとはもう帰る?」

「もう一軒、行きますか?」

平日なのだが。

「いいね。だけどよければ、オレのうちはどうだい」

「……?」

「妻は出張で、いないと言っただろう。遠慮はいらない」

繁はいたずらっぽく笑った。

「酒もある。カップラーメンもね」


◼️◼️◼️


「相談事があってのお誘いでしたか」

「下心があって、すまない。怒らないでくれ」


タクシーで斉藤繁の自宅に到着すると、個人の研究室に案内された。繁の妻が相続した、郊外の洋風の一軒家は広く、改築を重ねて住みやすい。

カップラーメンをすすりながら、道弥ははじめて「相談がある」と言われたのだ。

「怒ったりしません。ハッキングや盗聴を警戒したのですね。うかがいます。ここなら、その心配はないということでしょうか」


自宅に、あえての研究室。勤務先の製薬会社とは切り離した研究をしているわけだ。設備やセキュリティは勤務先よりは劣るだろうが、十全以上であるのだろう。


繁はあらかじめプリントアウトしていた資料の紙束を道弥の前に置いた。

「オレは、皮膚や免疫、体質、なんてものを一途に研究しているわけだが」

「はい」

「そのからみで、人から単なる話題として、あるいは相談として、おもしろい例を聞くことがある」

「ふむ」

「月に一度くらい、爪と体毛が極端にのびるので、ケアが大変だと笑っていた男性。生きているギリギリの低体温と低血圧で昼は使い物にならないが、夜には活動的になる、怪力の女性」

「……」

「ケロイド体質の悩みを聞いたこともある。肌に傷ができると、傷跡が残りやすい。しかしよく聞いてみると、傷の治り自体は常人より極端なくらい早いんだ。それでいて、残った傷跡は消えることがない。代謝のエラーというか……」

「……」

「ひとつひとつは、小さい事象だ。しかし、こんなケースを集めているうちに、データが膨大になってきた。アレルギーやアトピーというに魅入られた下僕として、とある妄想に囚われたんだよ」

道弥はカップラーメンの汁まで飲み干して、うなずいた。

「人間たちの中に、自覚なく生きている、人間離れしたものたちの存在……」

道弥は幼少期に、ある日発症したアトピーで見た目をひどく損ない、心ない使用人たちの『化け物』という陰口を聞いた。生みの母すら「自分に問題などない、なぜあの子はああなのか」と、周囲にも自分にも言ってのけた。

たかが体質のことである。大袈裟に言う繁に、違和感と嫌悪感を、はじめておぼえた。

いやみのつもりの道弥の言葉は、さらに繁を興奮させた。

「そうなんだ、道弥くん!」

道弥に資料の一枚を差し出し、ケースのひとつを指差して説明をはじめる。

「ほかの誰かに話して、ばかにされるのはいやだったんだ。きみに相談したかったのは、非常に信憑性のある、とあるケースのことで」

(もう、帰りたい)

うんざりしつつ、道弥が資料に目を走らせ、しばしまじめに見ていたら。

ボゴッ!

背後で、異音がした。

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