第5話 望まぬ居場所
「……そういうことか」
俺は、手のひらの上にある『魔導院』の紋章が刻まれた金属片を、強く握りしめた。
『影の騎士団』の襲撃と、この魔獣の出現。
点と点が線で繋がり、俺の中で一つの醜い絵が完成する。
これは、偶然じゃない。
俺という存在を炙り出し、社会的に抹殺するための、巧妙に仕組まれた罠だ。
「アレン様……? どうかなさったのですか? その金属片は……」
リアが、不思議そうに俺の顔を覗き込んでくる。
その瞳は、先ほどの戦いへの興奮と、純粋な好奇心でキラキラと輝いていた。
この少女に、この世界の汚い部分を話すべきか。
一瞬迷ったが、やめた。
「……なんでもない」
俺は金属片を懐にしまうと、無言で村の方へと歩き出した。
リアが「あ、待ってください!」と慌てて後を追ってくる。
村に戻ると、石造りの倉庫から恐る恐る出てきた村人たちが、俺の姿を認めて駆け寄ってきた。
「アレン殿!」
「おお、ご無事でしたか!」
「ありがとうございます! あなたのおかげで、村は救われた!」
口々に上がる感謝と賞賛の声。
彼らは俺を、村を救った英雄として見ている。
だが、その視線が、今の俺にはひどく重かった。
俺が、この村に災厄を呼び寄せたというのに。
「アレンさん!」
人垣をかき分けて、エマが駆け寄ってきた。
その顔は安堵でくしゃくしゃになっている。
「よかった……本当によかった……!」
「……ああ」
俺は短く応えることしかできなかった。
エマの純粋な安堵が、罪悪感となって胸に突き刺さる。
場所は、村長の家の一室に移っていた。
テーブルを囲んでいるのは、俺と、村長、エマ、そしてなぜか当然のように隣に座っているリアの四人だ。
「して、アレン殿……。先ほどの化け物はいったい……」
村長が、神妙な面持ちで口を開いた。
俺は、懐から先ほどの金属片を取り出し、テーブルの上に置く。
「これは、魔物が消えた跡に落ちていたものだ」
「この紋様は……?」
「『アークライト魔導院』の印だ。王国と敵対している、魔法使いどもの集団のな」
「なっ……! では、あの魔物は魔導院の……!?」
俺は静かに頷いた。
「おそらく、先日俺を襲ってきた連中……『影の騎士団』と魔導院が裏で手を組んでいる。目的は俺だ。今回の魔物も、偶然この村を襲ったんじゃない。俺を誘き出すための餌だ」
室内に、重い沈黙が落ちる。
「そんな……」
エマが、青ざめた顔で呟いた。
俺は、全員の顔をゆっくりと見回してから、結論を告げた。
「だから、俺はやはりこの村を出て行く」
「なっ!?」
一番に反応したのはリアだった。
「どうしてですか!?」
「話を聞いていなかったのか。俺がいる限り、この村は奴らの標的にされ続ける。騎士団だの魔導院だの、あんたたちがどうにかできる相手じゃない。これ以上、あんたたちを巻き込むわけにはいかないんだ」
「待ってください!」
リアが、テーブルに身を乗り出して叫ぶ。
「あなたがいなくなったら、次にあの化け物が来た時、私たちはどうなるんですか!? あなたのせいなんかじゃない! あなたは、私たちを助けてくれたんじゃないですか!」
「そうだとしても、原因は俺だ」
「それでも!」
今度は、エマが口を開いた。
「それでも、私たちはアレンさんにここにいてほしいです……!」
その声は震えていたが、瞳には強い意志が宿っていた。
「アレンさんがいなくなったら、私たちは……。それに、アレンさんはまた、どこかへ行って……一人で、全部背負い込むつもりなんですか?」
「……」
エマの言葉に、俺は返す言葉を失った。
最後に、村長がおもむろに立ち上がり、俺の前で深々と頭を下げた。
「アレン殿。もう、お主がただの流れ者でないことなど、百も承知しております。お主が抱える事情も、我々には計り知れんほど深いものであろう。しかし、それでも……! この村に留まり、我々を守ってはくれんだろうか」
「……」
「もちろん、ただとは言わん! 住む場所も、食事も、我々ができる限りのことは、すべて村で保証する! だから、どうか……!」
必死の懇願。
リアの、真っ直ぐすぎる瞳。
エマの、心からの心配。
村長の、覚悟を決めた表情。
俺は、ゆっくりと目を閉じた。
どこへ行ったところで、奴らは俺を追い続けるだろう。
逃げても、逃げても、安息の地などありはしない。
ならば――。
俺は、心の底から、深くて長い溜息をついた。
「……わかった」
諦めたように、そう呟いた。
その一言に、部屋にいた全員の顔が、ぱっと明るくなる。
「ほ、本当ですか!?」
「ただし、条件がある」
俺は、隣で目を輝かせているリアの方を、じろりと睨んだ。
「お前、弟子入りしたいと言ったな」
「は、はいっ!」
リアが、背筋を伸ばして勢いよく返事をする。
「勘違いするな。師匠になるつもりはない。そんな面倒なことはごめんだ」
「え……」
「だが、足手まといは邪魔でしょうがない。お前がどうしてもここにいたいなら、自分の身くらい、自分で守れるようになれ」
俺は、そう言い放った。
一瞬、きょとんとしていたリアだったが、やがてその言葉の意味を理解し、歓喜に顔を輝かせた。
「と、いうことは……!」
「明日から、毎朝、裏の森だ。基礎の基礎から叩き込んでやる。泣いて逃げ出すなよ」
それは、遠回しな、事実上の弟子入り許可だった。
「はいっ! 師匠!」
「……師匠と呼ぶな」
俺は窓の外に広がる、白み始めた空を見つめた。
追放されて以来、初めてだ。
誰かと、こんな風に未来の約束をしたのは。
(……とんでもなく、面倒なことになった)
そう思いながらも、俺の口の端が、ほんのわずかに緩んでいることには、自分でも気づかなかった。
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