第5話 決意と夜明けの旅立ち
「……落ちこぼれの、王女様……?」
エルアの口から出た意外な言葉に、私は思わず問い返した。
王女といえば、華やかで、誰もが羨む存在のはずだ。それが、落ちこぼれとはどういうことか。
「そうよ。セレスティーナ・フォン・アルトリア。それが、私の主人の名」
エルアは焚き火の火を強くしながら、静かに語り始めた。
「アルトリア王家は代々、強力な魔力を受け継ぐ血筋。でも、セレスティーナ様は生まれつき魔力が極端に弱かった。王宮では『出来損ないの姫』と蔑まれ、貴族たちからは疎まれ……まるで、少し前のあなたのようにね」
「……」
彼女の言葉に、胸がちくりと痛んだ。
境遇が、あまりに自分と重なって見えたからだ。
「セレスティーナ様は、それでも国の未来を憂いている。強大な軍事力で圧力をかけてくる東のガルガン帝国に対抗するため、身分や家柄に関係なく、真に力ある者たちを集めた新しい騎士団を作ろうとしているの。でも、王宮の誰も、彼女の言葉に耳を貸さない。だから、こうして私のような者が、影で人材を探しているというわけ」
エルアは、真っ直ぐに私の目を見て言った。
「あなたの力を見たわ。あのグラウファングを一蹴し、騎士団の『影』すら退けた、規格外の力。それは、セレスティーナ様が、アルトリアが、今最も必要としている力よ。どうかしら? 腐った騎士団に未練でもある?」
未練など、あるはずもなかった。
私を裏切り、命さえ奪おうとした者たちだ。
脳裏に、リリアナ殿の涙が浮かんだ。「その力を正しく使って」という彼女の言葉が蘇る。
この力は、一体何なのか。まだ分からない。だが、このまま腐らせていいはずがない。
私を必要としてくれる場所があるのなら。この力が誰かの役に立つのなら。
「……分かった。行こう、あなたの国へ」
私の返事を聞くと、エルアは満足そうに頷いた。
「賢明な判断ね。歓迎するわ、レオン。……さて、感傷に浸っている暇はないわよ。夜が明ける前にここを離れる。追っ手は、彼らだけとは限らない」
エルアは素早く立ち上がると、暗殺者たちの死体を森の奥へと引きずり、巧みに偽装工作を始めた。その手際の良さは、まさにプロフェッショナルそのものだった。
私も彼女を手伝い、野営の痕跡を消していく。
二人で黙々と作業を進める中、ふと、疑問が口をついた。
「なぜ、私をそこまで信用してくれるんだ? 私も、あんたにとっては得体の知れない存在だろう?」
「言ったでしょう。あなたの戦いを見ていた、と。あなたの剣は、ただ敵を斬るだけじゃなかった。そこには、守るための覚悟があった。……少なくとも、私にはそう見えた」
エルアは、それ以上は何も言わなかった。
東の空が白み始める頃、私たちは森を抜ける準備を終えた。
エルアが指し示したのは、獣道すらない、険しい山脈の方角だった。
「国境の関所は、既にあなたの情報が回っている可能性がある。山を越えるわ。少しきついけど、我慢して」
「ああ、構わない」
二人だけの旅が始まった。
エルアは、まるで森の一部であるかのように、音もなく進んでいく。木々のざわめき、獣の気配、風の流れ。その全てを読み取り、的確に危険を回避していく彼女の姿は、頼もしいの一言に尽きた。
私も、彼女の足を引っ張らないよう必死についていく。
時折、遠くに松明の光が見え、追手と思われる者たちの声が聞こえたが、エルアの先導のおかげで、一度も捕捉されることはなかった。
三日目の昼下がり。
うっそうとした森を抜けた私たちの目の前に、雄大な山脈がその姿を現した。
その麓に、古びた見張り小屋のような建物が一軒、ぽつんと建っている。
「あれが、私たちの拠点の一つよ。まずはそこで一休みしましょう」
エルアがそう言った、その時だった。
小屋の扉が開き、中から一人の老人が姿を現した。
背は低いが、その体つきは屈強そのもの。何より、その老人が放つ闘気は、今まで出会った誰よりも鋭く、そして重厚だった。
「エルアか。少し遅かったではないか。……して、その若造が、お前の言っていた『掘り出し物』か?」
老人は、鷹のような鋭い目で、私を頭のてっぺんからつま先まで、値踏みするように見据えた。
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