無能と蔑まれた俺、実は伝説の魔剣を抜ける唯一の存在だった件〜追放されたので、隣国の落ちこぼれ王女様と最強の騎士団を作って世界を震撼させます〜
境界セン
第1話 蔑みと鉄屑
「レオン! 迅速に荷物を運搬せよ! 訓練の妨げとなるぞ、この無能めが!」
けたたましい叱責が、乾いた土埃の舞う訓練場に響き渡る。
声の主は、白銀騎士団の副団長を務めるバルカス。鋼鉄を彷彿とさせる強靭な肉体を持つその男の鋭利な視線が、私――レオン・アークライトを的確に捉えていた。彼の周囲では、他の騎士たちが剣戟の音を轟かせ、その練度の高さを見せつけている。
「はっ! ただちに!」
私は即座に応じ、訓練用の木剣を満載した荷車を練兵場の隅へと移動させる。車輪が地面の轍に軋む音さえ、周囲の活気の中ではあまりに矮小に感じられた。荷車の相当な重量が、私の非力な腕を、そして騎士としての無力さを自覚させ、軋ませた。
「実に使えぬな。何故あのような者が騎士団への在籍を許されているのだ」
「先代団長のご推挙と聞く。あの方も人が良すぎたのであろうな。情けは時に組織を腐らせる」
「魔力も剣才も皆無。単なる荷役係に給金を支払うなど、王家への背信行為に等しい。税の無駄遣いに他ならん」
同僚たちの囁きが、遠慮なく私の耳へと届く。それはもはや日常の一部であり、心を刺す棘の痛みにも慣れが生じつつあった。この白銀騎士団へ入団して二年、私に向けられる視線は、常に侮蔑か、あるいは憐憫の色を帯びていたのである。
「レオン君、こちらの薬草の運搬もお願いできますか?」
そのとき、凛とした、それでいて温かみのある柔らかな声がかけられた。
騎士団の治癒術師であり、『聖女』と称されるリリアナ殿だ。純白の法衣を身に纏った彼女は、汗と土に塗れたこの場所にあって、一輪の花のように際立っていた。この騎士団において、彼女は唯一、私に人間的な配慮をもって接してくれる人物であった。
「承知いたしました、リリアナ殿。どちらへお運びすればよろしいでしょうか」
「訓練場末端の倉庫までお願いします。大変重いでしょうに、本当に申し訳ありません。他の者を呼ぶべきでしたね」
「いえ、この程度の労務は問題ございません。私にお任せいただけるのは、このようなことくらいですから」
自嘲を込めて微笑むと、リリアナ殿は憂いを帯びた表情で眉根を寄せた。その澄んだ瞳が、私の卑屈さの奥にある何かを見透かしているかのようで、私は慌てて視線を逸らした。彼女のその優しさが、今の私には少々、心に痛んだ。
薬草の詰まった麻袋を肩に担ぎ、倉庫へと歩を進める。
腰に佩いた一振りの剣が、歩調に合わせて微かな金属音を立てた。祖父の形見である、年代物の鉄剣。鞘は傷み、柄に巻かれた革も擦り切れている。騎士団の誰もが「そのような鉄屑を帯剣するな」と嘲笑する代物だ。しかし、これだけが、私が騎士を目指した原点であり、唯一の支えであった。
「……祖父上。私は、真に騎士となることができるのでしょうか」
誰に聞かせるともない問いかけが、倉庫の冷たい空気の中に虚しく響いた。
その日の午後、騎士団に緊急の討伐命令が下達された。
北方の森に、高位魔獣『グラウファング』が出現したとの報である。銀色の毛皮を持つ巨大な狼型の魔獣で、その爪は鋼鉄をも引き裂き、咆哮は衝撃波となって周囲を破壊するという。騎士団の総力を挙げても、対処は困難を極めるであろう強敵であった。
「総員、出撃準備! レオン! 貴様は予備の武具と治癒薬を全て携行し、部隊に随行せよ! 遅延は断じて許さん!」
「はっ!」
バルカス副団長の号令一下、騎士団は緊迫した空気に包まれた。私は常のごとく、誰よりも重い荷物を背負い、騎士たちの後方を必死に追走した。森へと向かう道中、騎士たちの表情は硬く、誰もがこれから始まる死闘を前に口数を減らしていた。
北の森は、不気味なほどの静寂に支配されていた。生命の気配が希薄で、木々を縫って吹き抜ける風が、まるで獣の呻き声のように聞こえる。
「……妙だ。敵の気配が近すぎる。まるで待ち伏せされているようだ」
先頭を進む団長が、警戒を露わに鋭く呟いた。
その直後であった。
「グルオオオオオオオオッ!」
大地を揺るがす咆哮と共に、木々の間から銀色の巨体が躍り出た。グラウファングである。その体躯は伝聞以上に巨大で、爛々と輝く紅蓮の双眸が、憎悪を滾らせて我々を捉えていた。
予測を大幅に上回る早期の遭遇に、騎士たちの陣形に一瞬の動揺が走った。
「陣形を維持せよ! 魔法詠唱を急げ!」
「間に合いません、あまりに速すぎます! 詠唱が…ぐあっ!」
グラウファングは、銀色の閃光と化して騎士の列に突撃した。先陣を切った重装騎士の持つ大盾が、凄まじい衝撃音と共に砕け散る。屈強な騎士たちが、まるで木の葉のごとく吹き飛ばされていく。
「くそっ! これほどの速度とは! 魔法障壁がもたん!」
「リリアナ殿! 負傷者の治癒を! 後退して結界の準備を!」
現場は阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。血の匂いと、魔獣の放つ獣臭が混じり合い、吐き気を催させる。私はただ、その場で身を震わせることしかできなかった。
「おい、レオン!」
その混乱の最中、バルカス副団長が血相を変えて私の名を叫んだ。
「貴様、ちょうど良いところにいた! 奴の注意を引きつけろ! 貴様が時間を稼ぐ間に、我々が体勢を立て直す!」
「な……! そ、そのようなこと、到底無理です! 私では一瞬たりとも…!」
「口答えをするな! 荷物持ち以外の能がない貴様が、初めて団に貢献できる機会だ! 騎士として死ねることを光栄に思うがいい!」
返答の余地も与えず、バルカスは私の背中を強く突き飛ばした。
体勢を崩した私は、無防備なままグラウファングの目前へと転がり出る形となった。
「ガアアアアッ!」
死と腐臭を纏う巨大な顎が、私に向かって開かれる。絶望が全身を支配し、思考が停止した。
その、刹那であった。
腰に佩いた祖父の剣が、まるで持ち主の危機に呼応するかのように、心臓のごとく、熱く、力強い脈動を開始したのだ。
「―――何だ?」
冷たい鉄屑に過ぎぬはずの剣が、鞘の内にて灼熱を帯び、眩いほどの純白の光を放ち始めた。その神々しい輝きは、血と混沌に満ちた戦場を浄化するかのように、静寂に包まれていた森全体を、白昼のごとく照らし出したのである。
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