第52話 捨てられた廃坑1

朝日が山々の稜線を越えた瞬間、町の輪郭が浮かび上がってきた。


石造りの建物が山の斜面に張り付いている。窓という窓が板で塞がれ、屋根の瓦は所々欠け、壁には亀裂が走っていた。かつては白かったであろう漆喰が、今は砂と風雨に侵食されて灰色に変色している。町全体が静寂に包まれ、時が止まっている。


町の入口には、朽ち果てた木製の看板が傾いている。文字はほとんど読めなくなっているが、かろうじて「ソラリス」という単語だけが判別できた。


「着きましたね」


エリックがデザートリザードから降りる時、その声には疲労の色が滲んでいた。


六人が次々と地面に足をつけた。砂漠とは違う、固い岩の感触が靴底から伝わってくる。その硬さが、ここが鉱山の町であることを物語っていた。


「人の気配が...少ないですね」


シエルが町を見渡しながら呟く。寂しげな光が瞳に宿っていた。


朝だというのに人影がほとんど見えない。煙突から立ち上る煙も数えるほどしかなく、町全体が眠り続けているようだった。かつて賑わっていたであろう通りには、誰一人として歩いている者がいない。


リッジが町の中心へ向かって歩き出した。背筋は伸びている。視線は前を向いている。しかし、デザートリザードから降りる瞬間、一瞬だけ手が鞍を握りしめていた。完全に恐怖が消えたわけではない。ただ、もう逃げないと決めただけだ。


「僕、この町のことを師匠から聞いたことがあります」


リッジが説明する。その声には、以前のような震えがなかった。


「昔は鉱山で賑わっていたらしいんですけど、今は...」


言葉を濁す。町の様子が、すべてを語っていた。


石畳の道を進むと、ようやく一人の老人が姿を現した。杖をついて、ゆっくりと歩いている。深く刻まれた皺、日焼けした肌、そして疲れ切った目。その姿からは、この町が歩んできた長い歴史の重みが感じられた。


「旅の方かね」


老人が立ち止まる。その声は枯れていたが、不思議と温かみがあった。


「宿なら、あそこの『岩亀亭』がまだやっておる」


枯れた指が、町の中ほどにある建物を指す。その指先は震えていたが、それでも確かに方角を示していた。


「ありがとうございます」


ロランが礼を言う。


「あの...この町は、鉱山で栄えていたと聞きましたが」


老人の目が、一瞬だけ遠くを見た。


「昔の話じゃ」


その声には、諦めと寂しさが混じっていた。


「二十年以上前までは、ここも賑やかでな。朝から晩まで鉱夫たちの声が響いておった。酒場は毎晩満員で、子供たちの笑い声が絶えなんだ」


老人が深いため息をつく。その息は、失われた時代への追憶で重くなっていた。


「じゃが、ミラージュで良質な鉱石が採れるようになってからは、誰もここの鉱石を買わんようになった。採算が合わんようになって、鉱夫たちは次々と町を出ていった。残ったのは、わしらのような年寄りと、ここを離れられない者たちだけじゃ」


「それで廃坑に...」


エリックが言葉を継ぐ。


「そうじゃ」


老人が頷く。


「人がおらんくなった坑道には、いつの間にか魔物が巣食うようになった。ゴーレムじゃ」


老人の声が震える。その言葉には、深い恐怖が込められていた。


「石で出来た化け物どもが、今は坑道の奥を支配しとる。誰が行っても戻ってこん。冒険者も何人か来たが...」


言葉が途切れる。その沈黙が、すべてを物語っていた。


ロランの眉が僅かに動く。


(ゴーレム...確か、魔法で作られる魔物だったはずだ)


フォルティアの図書館で読んだ魔物図鑑の一節が蘇る。


(ということは、術式を組み込める何かが奥にいる。リッチか、デーモンか...いずれにせよ、厄介な相手だ)


「気をつけなされ」


老人が去り際に付け加える。その背中には、警告というよりも祈りが込められているようだった。


「あの廃坑には、近づかん方がええ」


* * *


岩亀亭は、町で唯一まともに営業している宿のようだった。


扉を開けると、中はひんやりとしていた。石造りの厚い壁が、外の熱気を遮断している。埃っぽい空気に混じって、古い木材と油の匂いが漂っていた。長い年月を経た建物だけが持つ、懐かしくも少し寂しげな香りだった。


カウンターの奥から、中年の女性が顔を出す。


「まあ、久しぶりにお客さんだわ」


女将は驚いたような、それでいて嬉しそうな表情を浮かべた。その顔には、客を迎える喜びが素直に表れていた。


「六人ね。部屋はあるわよ。二部屋でいいかしら?」


「お願いします」


ロランが答える。


「それと、ソラリス廃坑について教えていただけませんか?」


女将の顔が曇る。まるで雲が太陽を隠すように、その表情が変わった。


「あそこに行くつもりなの?」


その声には、明確な拒絶が込められていた。


「はい」


「やめときなさい」


女将が首を振る。その動きは、強い否定の意志を示していた。


「あそこは呪われてるのよ。入った者は誰も戻ってこない」


「どうしても行かなければならないんです」


エリックが真剣な表情で言う。


女将は深いため息をついた後、カウンターの下から古い地図を取り出した。その動作には、何度も繰り返されてきた慣れがあった。


「なら、せめてこれを持っていきなさい」


羊皮紙に描かれた坑道の見取り図だった。複雑に入り組んだ通路、縦横に走る坑道、いくつもの採掘場。しかし、地図の奥の部分は破れていて、詳細が分からなくなっている。そこから先は誰も知ることを許されない領域であるかのように。


リリアナが地図を覗き込む。羊皮紙の端が破れ、インクも褪せている。


「これは...」


「二十年前のものよ」


女将が小さく答える。


「最後に坑道を調査した時の地図。でも、奥の方は誰も戻ってこなかったから、描けなかったの」


その声には、失われた仲間への追悼が滲んでいた。


地図の破れた部分に、赤いインクで「進入禁止」と書かれている。その文字は血のように赤かった。誰かの命を代償に書かれた警告のように。


「ソラリス鉱石は、最深部にあると言われているわ」


女将が続ける。


「でも、そこに辿り着いた者は一人もいない」


「分かりました」


ロランが地図を受け取る。その羊皮紙は、紙の重さ以上の何かを手のひらに伝えてくるようだった。


「ありがとうございます」


* * *


部屋に荷物を置いた後、六人は町を散策することにした。


町の中心には、小さな広場があった。かつては市場として賑わっていたのだろう。石畳には、露店の跡が残っている。しかし今は、枯れた噴水が一つあるだけだった。水の流れない噴水が、この町の現在を映し出している。


噴水の縁に腰を下ろすと、石の冷たさが尻から伝わってくる。


「寂しい町ですね」


シエルが呟く。その声には、深い同情が込められていた。


「でも、昔は賑やかだったんでしょうね」


ルビスが広場を見回す。失われた時代への想像が、その表情に浮かんでいた。


「ここで子供たちが遊んで、商人たちが声を張り上げて、音楽が流れていたんでしょう」


その言葉に、誰もが想像する。かつてのこの町の姿を。笑い声が響き、人々が行き交い、希望に満ちていた頃の光景を。


「時代の流れ、ですね」


リリアナが静かに呟く。その声には、諦めではなく、理解が込められていた。


「より良い鉱石が見つかれば、人は自然とそちらへ向かう。経済の流れには逆らえないものね」


「でも、ここに残った人たちがいる」


シエルが広場を見回す。


「この町を、故郷を離れられなかった人たち。それぞれに、大切な理由があるんでしょうね」


「そうだな」


ロランが頷く。この町への敬意が、その目に宿っていた。


「僕たちにできることは、この町を元に戻すことじゃない」


ロランが立ち上がる。その動きには、静かな決意が込められていた。


「でも、王都を取り戻すことはできる。そうすれば、少なくともこの町の人たちが、安心して暮らせる世界が戻ってくる」


「僕たちがソラリス鉱石を手に入れる意味があるんだ」


仲間たちの視線が、ロランに集まる。


「魔人を封印できれば、王都も取り戻せる。そのために、僕たちはここに来たんだ」


リッジが頷く。


「そうですね」


その声には、昨日までにはなかった強さがあった。恐怖を乗り越えた者だけが持つ、確かな意志が響いていた。


「僕も、力になります」


ルビスがリッジを見る。その視線には、認めるような色が浮かんでいた。


「あんた...変わったわね」


「はい」


リッジが微笑む。その笑顔には、もう臆病さの影は見えなかった。


「ルビスさんのおかげです」


ルビスの頬が、わずかに赤くなる。


「べ、別に...」


そっぽを向きながら、小さく呟く。その声には、照れ隠しの優しさが滲んでいた。


「ちょっとはマシになっただけよ」


* * *


夕暮れ時、宿の食堂で簡素な夕食を取った。


パンと干し肉、それに野菜のスープ。質素な食事だったが、女将の温かさが料理に込められていた。一口一口が、旅の疲れを癒してくれる。


「明日は早いから、今日は早く休みましょう」


エリックが提案する。


「装備の最終確認もしておいた方がいいですね」


リリアナが同意する。


各自の部屋に戻り、それぞれが準備を整える。


リッジはスケッチブックを開き、今日一日を共に過ごした仲間たちの姿を描いていた。装備を手入れするロラン、祈りを捧げるシエル、剣を研ぐルビス——それぞれの横顔が、紙の上で生き生きと形を成していく。その手に、もう迷いはなかった。恐怖を乗り越えた今、彼の目には仲間たちの強さと優しさが、より鮮やかに映っているのだろう。


エリックとリリアナは地図を広げ、坑道の構造を分析していた。


「この分岐点が重要ですね」


リリアナが指で地図を辿る。その指先は、何か目に見えない障害を避けるように、慎重に動いていた。


「右に行けば採掘場、左に行けば...深部へ続く坑道」


「魔物の数も増えるでしょう」


エリックが推測する。


「慎重に進む必要があります」


準備を終えた後、ロランは窓から外を眺めた。


月が昇り、町を青白く照らしている。遠くに、山の中腹に黒々と口を開けた穴が見えた。


ソラリス廃坑だった。


月明かりの中でも、その入口は異様な闇を放っている。世界の裂け目。深淵が口を開けて、訪れる者を待ち構えている。


(明日は、あそこに入るのか)


胸の奥で、緊張と期待が渦巻く。


(魔物が待っている。危険が待っている。でも...)


ロランの手が、無意識に双銃に触れる。冷たい金属の感触が、静かに心を落ち着けてくれた。


(必ず、ソラリス鉱石を手に入れる)


窓の外では、冷たい風が山を吹き下ろしていた。その風は廃坑からの警告のように、不気味な音を立てていた。


* * *


翌朝、夜明け前に六人は宿を発った。


女将が見送りに出てきて、温かいパンと水筒を手渡してくれた。その手は震えていたが、それでも確かに彼らを支えようとする意志が込められていた。


「気をつけてね」


その目には、心配と祈りが込められていた。自分の子供を送り出す母親のように。


「必ず、生きて戻ってきなさい」


「ありがとうございます」


ロランが深々と頭を下げる。


「必ず戻ってきます」


町を抜け、山道を登っていく。


足元の石は不安定で、一歩ごとに小石が転がり落ちる音がする。朝靄が立ち込め、視界が悪い。息が上がり、足が重くなってきた頃、突然視界が開けた。


そこに、ソラリス廃坑の入口があった。


高さ十メートルはあろうかという巨大な穴が、山の斜面に口を開けている。石造りのアーチが入口を縁取り、その上には風化した碑文が刻まれていた。文字はほとんど読めなくなっているが、かろうじて「希望」という単語だけが判別できる。


(皮肉だな...)


ロランの胸に、苦い感情が広がる。


入口の手前には、錆びついた鉄製の門が倒れている。かつてはここで入坑者を管理していたのだろう。今は、誰も訪れることのない遺跡と化している。朽ち果てた金属が、かつての繁栄を静かに物語っていた。


門の脇には、警告の看板が立てかけられていた。


「危険——進入禁止」


赤い文字が、朝日を浴びて血のように輝いている。その警告は、これまでに失われた命の数だけ重みを持っていた。


六人が、入口の前で立ち止まる。


穴の奥から、冷たい風が吹き出してくる。地の底から湧き上がるような、湿った冷気だった。錆と土と、何か腐ったような匂いが混じっている。その匂いは死そのものの息吹だった。


「いよいよですね」


エリックがライトストーンに魔力を込める。手のひらほどの石が温かな光を放ち始め、周囲を照らし出す。


「全員、準備はいいですか?」


一人一人が頷く。その動作には、それぞれの覚悟が込められていた。


シエルが杖を構える。先端が淡く光り、辺りを照らし出す。その光は、闇を照らす希望だった。


ルビスが暗黒剣の柄に手をかける。いつでも抜けるように、構えは低く保たれている。その姿勢には、戦士としての気迫が溢れていた。


リッジがスケッチブックを脇に抱える。その手に、もう震えはなかった。恐怖を乗り越えた証として、強さが宿っていた。


リリアナが魔法の袋を確認する。薬草、解毒剤、魔力回復の薬——すべてが揃っている。準備は万端だった。


ロランが双銃を抜く。金属の重みが、手に心地よい。薬室を確認し、安全装置を外す。その動作は、これまでの戦いで培われた確かな技術だった。


準備は整った。


「行こう」


ロランの声が、朝の冷気に響く。その声に迷いはなかった。


六人が、闇の入口へ向かって歩き出す。


一歩、また一歩。


光が、徐々に遠ざかっていく。背後の明るい世界が、少しずつ小さくなっていく。


入口を潜った瞬間、世界が変わった。


温度が一気に下がる。湿った空気が肌にまとわりつき、呼吸するたびに冷たさが肺に染み込んでくる。ライトストーンの光が、石の壁に不気味な影を作り出す。その影は生きているかのように揺らめいていた。


坑道は予想以上に広かった。天井は見上げるほど高く、壁には古代の採掘技術の痕跡が残っている。整然と並んだノミの跡、計算された支柱の配置、緻密な排水溝の設計。かつてここで働いていた人々の技術と誇りが感じられた。


「すごい作りですね」


リリアナが感嘆の声を上げる。


「数百年前の人々が、ここまで精密な坑道を作っていたなんて」


「でも」


ルビスが周囲を警戒しながら言う。


「人がいなくなった後、この坑道は魔物の巣になった」


その言葉が、全員に現実を突きつける。かつては人々が働いていた場所も、今は危険に満ちているという事実を。


坑道の奥から、何かが聞こえてきた。


最初は風の音かと思った。しかし、よく聞くと違う。


石が擦れる音だった。


重く、低く、リズミカルに。


巨大な何かが歩いている——


「来るわ」


ルビスが暗黒剣を抜く。その動きに迷いはなかった。


闇の奥から、二つの光が浮かび上がる。


いや、光ではない。


目だった。


石で出来た目が、ライトストーンの光を反射して鈍く輝いている。その輝きに生命は感じられなかった。


ゴーレムだった。


高さ三メートルはあろうかという巨体が、ゆっくりと姿を現す。全身が岩で構成され、関節部分だけが鈍い光を放っている。顔はなく、ただ二つの窪みだけが目のように見える。山そのものが動き出したかのようだった。


その後ろから、さらに二体のゴーレムが現れた。


「三体...」


エリックが呟く。その声には、緊張が滲んでいた。


「まだ入口付近なのに」


ゴーレムが腕を振り上げる。


岩の拳が、空気を震わせながら振り下ろされる。その動きは遅いように見えたが、重量が生み出す威力は凄まじかった。


「散開!」


ロランの叫びと同時に、六人が四方に散った。


拳が地面を叩く。轟音と共に、石畳が砕け散る。破片が弾丸のように飛び散り、壁に突き刺さる。その破壊力は、一撃でも致命傷になることを物語っていた。


「いくわよ!」


ルビスが跳躍する。その動きは闇に溶け込むように素早かった。


暗黒剣が弧を描き、ゴーレムの腕を斬りつける。刃が岩に食い込むと、火花が散った。石の表面に、黒い亀裂が走る。


しかし、ゴーレムは怯まない。


もう片方の腕が、ルビスに向かって振り下ろされる。岩の塊が、容赦なく彼女を狙っていた。


「危ない!」


シエルの杖が閃光を放つ。


光の壁が、ルビスを守るように立ち上がる。ゴーレムの拳が壁に激突し、光が砕け散る。その光の破片は星屑のように宙を舞った。その隙に、ルビスは距離を取る。


「リッジ!」


ロランが叫ぶ。その声には、仲間への信頼が込められていた。


「頼む!」


リッジが頷く。その動きに迷いはなかった。


スケッチブックを開き、空中に指を走らせる。


光の軌跡が、闇の中に絵を描いていく。その軌跡から、生命力に満ちた炎が溢れ出した。炎は形を成し、小さな鳥たちの姿へと変わっていく。


赤と金の羽根を持つ、無数の小鳥たち。一羽一羽は手のひらに乗るほどの大きさだが、炎を纏った群れが一斉に羽ばたくと、坑道全体が赤く照らされる。その炎は、ゴーレムの冷たい石に対する生命の輝きだった。


「行け!」


リッジの声と共に、炎鳥の群れが飛翔する。


まるで一つの意志を持つかのように、小鳥たちが次々とゴーレムに突進していく。一羽が激突するたびに小さな爆発が起こり、岩が赤熱する。数十羽、数百羽——炎の奔流がゴーレムを包み込んだ。


ゴーレムが初めて、苦しむような動きを見せた。石が軋む音が悲鳴のように響く。


「今だ!」


ロランが空中に跳躍する。爆発の反動を利用した高速移動が、一瞬でゴーレムの頭上へと導いた。


双銃が火を噴く。弾丸が螺旋を描きながら、ゴーレムの関節部分を狙う。その軌道は計算されたかのように正確だった。


着弾。


関節が砕け、ゴーレムの右腕が地面に落ちる。重い音を立てて転がったその腕は、もう動くことはなかった。


「やった!」


しかし、喜ぶのも束の間だった。


残りの二体のゴーレムが、同時に動き出す。仲間の敗北に怒りを覚えたかのように。


「まだいるわよ!」


ルビスが警告する。その声には、まだ戦いが終わっていないという緊張が込められていた。


戦いは、まだ始まったばかりだった。


* * *


二体目のゴーレムが迫る。ロランが再び上空へ跳躍し、シエルの光が敵の動きを鈍らせる。その隙にルビスが腕部の関節を斬り裂いた。石が軋み、破片が飛び散る。


三体目が咆哮した。いや、声ではない。石同士が擦れる音が、悲鳴のように響いた。


「エリック、リリアナ、下がって!」


ロランが叫ぶ。二人は、すぐさま坑道の安全な場所へと退避した。


シエルの光が、戦う仲間たちを守り、傷を癒す。その光は希望の灯火のように温かかった。


ルビスの暗黒剣が、ゴーレムを斬り続ける。黒い刃が石を裂き、少しずつダメージを蓄積させていく。


ロランの双銃が、弱点を撃ち抜く。一発一発が、確実に敵の戦力を削いでいった。


リッジの炎の小鳥たちが、次々と敵を攻撃する。赤い光跡が坑道を縦横に飛び交い、ゴーレムの装甲を焼いていく。


四人の連携が、完璧に機能していた。長年共に戦ってきた仲間のように。


一体目のゴーレムが崩れ落ちる。巨体が地面に倒れ、地面が揺れた。


二体目が膝をつく。敗北を認めるかのように。


そして——


三体目が、ついに倒れた。


静寂が戻ってくる。


ロランの肩が上下する。息を整えながら、倒れたゴーレムを見下ろした。シエルが杖を地面について体を支え、ルビスは剣を鞘に収めながら小さく息を吐く。リッジのスケッチブックを持つ手が、わずかに震えていた。


初戦闘。そして、初勝利。


山が崩れ落ちたような巨大な亡骸が、彼らの実力を証明していた。


エリックとリリアナが、後方から駆け寄ってくる。


「大丈夫ですか?」


リリアナが心配そうに尋ねる。


「まだ...入口付近なのに」


エリックが呟く。その声には、これから待ち受ける困難への予感が滲んでいた。


「これほど強い敵が」


ロランが倒れたゴーレムを見つめる。関節部分に刻まれた複雑な魔法陣が、まだ微かに光を放っていた。


(魔物が作ったゴーレムとしては、随分と丁寧な術式が組んである...)


ロランの視線が、坑道の奥へと向けられる。


「ゴーレムの製作者も奥に居るってことだな...」


ロランが静かに呟く。


「魔導士系の魔物、ですか?」


リリアナが緊張した声で尋ねる。


「おそらく。リッチか、デーモンか...あるいは、もっと厄介な何かかもしれない」


エリックが険しい表情になる。


「それなら、さらに強力なゴーレムが配置されているかもしれませんね」


ロランが坑道の奥を見つめる。


闇が、どこまでも続いている。


松明の光が届かないほど、深い闇。世界の終わりまで続いているかのような。


その奥に、ソラリス鉱石が眠っている。


「行こう」


ロランが歩き出す。その足取りに迷いはなかった。


仲間たちも、それに続く。


六人の影が、ライトストーンの光に揺れながら、闇の奥へと消えていく。


捨てられた廃坑が、久しぶりの訪問者を迎え入れる。


冷たく、暗く、危険に満ちた地の底へ——


彼らの冒険は、ここから本当に始まるのだった。これまでの試練はすべて序章に過ぎなかったかのように。


闇の奥から、また何かが動く気配がする。


しかし、六人は恐れることなく進んでいく。


共に戦い、共に支え合う仲間がいる限り、どんな困難も乗り越えられると信じて。

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