茉優VS陽香 前編

 悔しさに拳を握りしめ、ひきつけを起こしたみたいにピンッと肘を張り、ワナワナと震えている。

 表情は俯き加減で良く見えないが、歯を食いしばっているのは何となく分かる。


 しかし、徐々に弛緩し出して行った。

 緩やかに力が抜けて行き、口角も不気味に上がり出した。


 ──うん? 今度は何を……?


 相手の出方を窺っていた時、急に斜め上方向を向き、痛快であるかのように笑い出した。


(え──? 何?)

 さすがにこんな常軌を逸した動きは予測していないし、聞いていない。

(何これ?──怖ぁっ?!)


「あはははっ! ごめんごめん、口先で色々言ってちゃダメだよねっ、そりゃそうだっ」

「う、うん……」もう帰りたい……


「晴人君、エッチしようっ」


「──はいっ??」


 これも陽香の謝罪のうちなのだろうか……?


「じゃあきっと気分も納まるし、あたしが本気だってこと、晴人君が分かるでしょう?」


「いや、分からねぇわ」

「え? 何で──?」

「そんなこと言い出すやつの心理が?」

「え? 普通普通……」

「いや、確実に頭おかしいと思う」

「そんなことないって」


 ち、近づいてきたぁ……

 身長は俺より高い上に、体格の良さ、肉付きの良さや、頭のおかしなことを平気で言う迫力に押されて、体を固く、小さくしながら引き下がってしまう。


 肉弾戦はダメだって。


 いつの間にか背後に灌木の植え込みがあって、これ以上後ろには下がれなくなった。


「できなかったことが悔しいんでしょ? だったらそう言ってよ、今すぐOKだよ」

「何を言ってるかな? そうじゃないってっ」

「え? あたしのこと抱きたいでしょっ? ねぇっ?」

「だ、抱きたくないですっ」

「はあっ??」


 両腕の上腕部を掴まれた──ちょっと何すんの??

 これじゃあ俺の方が襲われているみたいだよっ。

 女の子っていざとなったら男以上の肉食ぶりを発揮するよね??


「あ、まさか、晴人君て、処女厨? 処女厨はダメだよっ。ダサいダサいっ」

「はあっ? 何その言葉?」──聞いたこともないわ。


 あ、でもネット小説サイトの「カ〇〇ム」で、「処女なんちゃら」って漢字は良く踊っていたかもしれない。

 それのことを言ってるのかな?

 どっちにしろ、意味すら分からない。


「今時そんなこと言ってたら晴人君がエッチできる女の子なんていないよっ」

「いや、良く分からないですっ、とにかく離してっ」

「いや、だから……」


 その時だった──


「何やってんのっ?!」


 女の子の激しく強く威嚇する声が聞こえた。


 俺たちは二人とも驚いて声の方を見やる。

 先生だったらマズイもんなあ。


 あ、茉優だ。


「あ……」陽香が呆気にとられた。今がチャンス!


 俺は陽香の腕を振り払い、茉優の方へと駆けだす。

 3歩ほど走ったところで茉優に抱き留められ、本当に助かった気がした。

 これじゃあ男の俺の方が犯されかけていた?


 そして茉優は俺を受け止めながら、陽香を睥睨へいげいする。

 陽香も悔しそうに噛みしめた歯を剥き出しにし、両方の拳を握り、ガッツポーズが崩れたような格好をしている。


「私の大事な人に暴力ふるうのやめてくれるっ?? 最低だよっ」


 陽香に向かって吐き捨てるように放つ、茉優の激しく強い言葉。

 あれ? 他にもいるぞ……


「わ……私、元カノですから……古城さんには……」

、じゃんっ」

「ぐぬっ……こ、ここ、古城さんだって、彼女じゃないじゃんっ!」


 多分陽香が精神的に押されているのは、喧嘩しようしている相手が古城茉優だというのもあるけれど……ここにいる後3人の女性たちのせいだ。


「米永さんだってそうじゃない?? だいたい米永さんは晴人を捨てて長本の彼女になったんでしょっ! 『初めてを捧げた』ってあっちこっちで言いふらしているよねっ?? アンタこそダッサッ! それで何を今更のこのこと現れて私の大事な人に怪しい誘惑してくれてるの、このよごれっ!! 私の晴人に手を出さないで。けがらしいっ!! 今のアンタ、誰からも必要とされてないよっ!」

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