真紅の薔薇に当てられた恋心

「ま、まあまあ、まだまだモテモテって言うレベルではないわね。『モテ始めた』ぐらいかな。晴人の噂はちょくちょく聞くよ。こないだ美羽が晴人に接近していたよね」


 美羽……ああ、多分、松本さんのことかな。

 隣のクラスの女子で、少しぽっちゃりさんの、遊んでいるっぽい子。


「呼び出されてもあっさりとして、ほとんど相手しなかったでしょ。悔しがってたわ」


 いつの間にか誘惑を止めて、普通にリラックスした状態で茉優は立っている。

 俺はさほどリラックスできないけど……でもそれ以上に──


「──えっ? それ、何かマズいかな?」


 本当に興味が持てなかったんだ。そこを興味あります的な演技力は、まだ俺は持ち合わせていない。


 ニヤリと口角をあげて「──ううん」と茉優は否定する。


「それでいいのよ、それはそうよね、あの程度じゃあもの足りないよね。魅力はかなり乏しい子だから……でもあの子はすぐ行けるよ、そういう子だから。それで自分の乏しい魅力をカバーしている。みんな自分を分かっているのよ」


 行ける、つまり体の関係ってこと。

 女の子ってそんなことまでして何かを得たいの?

 勿論そんな子ばかりではないのだろうけど……


 我ながら不快さを滲ませて、鼻で笑い──「いや、行かないよ」と目を合わせずに答えた。


 茉優は親指を立ててウインクをして、嬉しそうにした。


「そう、それで正解。まあ行きたければ行けばいいんだけど。男の子はその辺りは簡単で、女の子は難しい。けど行き安いところで安易に行かないでおく方が価値や、神秘性がどんどんと上がって行く。美羽に行かなかった、結果、晴人のことを周囲で見ている女の子たちの羨望の眼差しはより一層熱いものになったわ。今はそういう気流に乗っていて晴人はどんどん浮上して行ってるのよ。私が神聖化、神秘化されているのもそれ。無駄に群れないところよ」


「お話し中のところ、ごめんね」


 ひょこっと顔を跳ね上げテーブルの上から厨房に出してきたのは……斗真さんだった。


「あ、おはようございます」

「斗真さん、おはよー」

「お、天敵がいるなあ」


 ……女性のバニコスはどうやら斗真さんたちのホモという種族の中では天敵だったみたいだ。


「ほっ、はっ」と気を吐きながら、茉優は冗談交じりだが真剣そうに半身を切ってみせる。


「茉優、ちょっと晴人君借りるね」

「いや、お尻はダメです」

「誰がそんなことするって言った?」


 すみません──反射的に拒絶の言葉が出てしまいました。

 斗真さんは、ジト目になっても美形です。


 俺は茉優に「行ってくる」と告げ、戻らなかったら助けに来てね、という気持ちだけは残して、斗真さんに連れられて行った。


 ※※


「もう話はすぐだから、座らなくてここで……」

「はい……」


 場所はカウンターから見えない3番と5番テーブルの間。


 奥側から全身黒づくめのロックアーティストのような服を着ている超美形男子が俺をスキャンするかのように見つめる。


 非日常なテーブルセットの雰囲気と、壁に仕込まれた間接照明とが相まって、ステージ上にいるかのような錯覚に陥る。


「付き合っている子はいるの?」これが斗真さんの質問。

「彼氏はいません」

「いや、当たり前だろ……」


 ──あれ? 当たり前なの?

 この特殊な環境で自我を保とうとすればするほど、どうも脳内がバグる。


「彼女はいないの?」

「はい、いません」

「うん、分かった。おしまい、それだけ……」


 え? 早っ……


「あ、はい……」それ以上俺も何も言うこともなかったから戻ろうとしたその時だった。


「好きな子は、いるの?」


 その質問は、俺の胸に針のように刺さり、心の痛みと同時に、茉優の顔が浮かんだ。


「あの……」俺は声音を漏らしながら振り返ると──


「あ、いいや。関係ないこと聞いた」


 そう言って口角を上げて、夜露に濡れた薔薇が、真紅の宝石のように光を放つような微笑みを俺に見せた。


 そしてさらに斗真さんから一言──「好きだからって、ものになるわけじゃないもんな……」

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