親同士の電話越しの戦場

 ~古賀麗香こがれいか(古賀晴人の母親)視点~


 昼下がり、古賀晴人の実家マンションにて──


「そうですね、懐かしいわ。あの頃は夏と冬、多かったら秋も一緒に旅行に行ったりしましたものね」


『ええ、この時期だったら紅葉狩りに行って、子供たちと一緒に温泉に浸かって、一泊、旅館に泊って帰ってましたもんねぇ』


 今、私は米永陽香のお母様、米永郁美よねながいくみさんと電話で話している。

 昔は家と家のお付き合いだった。

 同じような悩みを持った子供同士意気投合した時に、私たち親同士も意気投合して仲良くなった。

 ひょっとしたら、あの二人はゴールインするのでは?そんな期待も、共にあったような気がする。


 懐かしい話に花が咲いた見えている。

 

 (本当はそうじゃないんでしょう?)


 何事も無ければ電話はして来ない。

 むしろ昔の良い時期を知っている間柄だから、あまり接したくないはず。


『あのぉ…………』


 話しにくそうな雰囲気。助け船を出そう。


「郁美さんは今はお仕事は何されているんですか?」


 あえて一度回避してあげる。


 以前勤めていた会社名は”株式会社サンYSインターナショナル”。

 陽香さんのお父様の会社。”Y”は「米永」のY。

 ブランドものの並行輸入、服飾雑貨品の輸入商社をしている。

 郁美さんはそこで経理主任の仕事をしていた。


 私たち夫妻が息子の縁で、短い間だったけど税務業務、コンサルティングを任せてもらっていた。

 今はもう、取引はない。違う顧問がきっとついているのだろう。


 ──申し訳ないけど、最後の状態から考えて、顧問を外してもらって良かったと思っている。


 円安の煽りを受けて商品が売れずに在庫を大量に抱えているのに、あれだけ法人税申告書の別表四(別表四・所得の金額の計算に関する明細書)に加算しなければならない損金不算入の交際費が膨らんで──


 さらには損金算入を増やしてキャッシュを浮かせようと、交際費を会議費や福利厚生費に振り替えた。

 それだけでなく、非連結の子会社を利用し、社内備品や車両を、簿価を大きく逸脱した高値で子会社に売却したことにして売却益を計上──非連結であることをいいことに損益計算書を取り繕っていた。

 つまりこれは、税務上の脱税であり、会計上の粉飾決算。


 ――出会った頃は、そんな人じゃなかったのにね。見る見るうちに変わって行った。


 旦那さんと離婚して、慰謝料と養育費はもらっているけど、それだけではもの足りないし、暇を持て余すから何かパートをすると最後の時に言っていた。


『あ、私は今、経理のパートに行ってて、フルタイムの方々と同じように働かせてもらっています』


「ああ、そうですかあ、郁美さん、会社で経理されてましたものね」


『でも、麗香さんみたいに専門職じゃないから、なかなか給料は残業をしないと厳しいです……ところでちょっとお伺いしたいんですけど』


 給料を気にしないといけないということは、元旦那さんからの養育費がちゃんと支払われていない可能性が高い。

 そういえば会社の前を通った時、以前は置いてあった白のフェラーリも見かけないわね。


 来たわね──いいわ。


『あの……うちの陽香が、しょっちゅう晴人君のところにお邪魔して、色々邪魔なことをしているのではないかなって……』


「はあ……」さては、聞かされてないのね。


『時々、残業をして帰る私よりも遅い時が、結構頻繁にありまして……そちらでお世話になっているんじゃないかなあと……』


 声の感じからして、遊びすぎだからもうちょっとちゃんと家に帰ってきて、勉強するなり、家の手伝いをして欲しい。

 だから古賀家としても、援護射撃して欲しい、早く帰して欲しい、といったところが私の見立て。


 陽香さんはどうやら何も、いっさい何も伝えていないのね。

 良かった──こういうことは先に伝えたもの勝ちよ。

 後であなたが絵を描いたとしても、上手く描けないようにしておいてあげるわ。


「陽香さん、晴人に別れを告げたみたいですよ」

『……え、ええ??』


 明らかに動揺した。声というよりは声音が漏れた感じ。


 ショックアプローチ──決まったみたいね。所詮は身内の会社でぬくぬくと経理をしていただけの中年女性。交渉術など何も知らないでしょう。

 ポイントは晴人からではなく、陽香さんから、という事実。


「だから、今会っているのは新しい彼氏ではないでしょうか。晴人が陽香さんにとって、良くなかった、相応しくなかった、だから新しい彼氏を選んだので別れて欲しい、というふうに告げられたと、晴人から聞いております」


『……は……はあ……ああ……』


 思考停止……かな。


「私も晴人から報告を聞いて、大変残念に思いましたけど、子供同士の恋愛の話ですので、私にはどうすることもできません。陽香さんには長いこと晴人がお世話になりました、という気持ちで、ありがとうございました。そして、さようなら、とお伝えください」


 建前として郁美さんは、なんとか約1分間、たどたどしいながらも会話を成立さ

 せて、電話を切った。


 何とか形だけは保った、ということかしら。


 可哀想に……きっと旦那さんだけでなく、子供にも隠し事をされた気持ちになったかもしれないわね。


 傷ついたかしら……


 でも晴人は陽香さんからまるで「晴人の方が悪い」ような言い方をされて切り捨てられたのよ、そこだけは理解してね。


 ~古賀麗香視点終了~

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