踏み台と共犯者

 とまあ、そんな感じで……一応翌日からは、当初の予定通り、ワンオペで厨房を回すようになった。

 そしてシフトの曜日も決まった。週末は俺が入る。本当に彼女がいるわけではないから問題ない。


 傍にいることを当たり前だと思ってはいけない。


 何だよ……胸はどうなったんだ? 胸は……?

 って言ったらダメだよね。しっかり期待してしまっていた。

 でもその期待を裏切るのも俺の予想通り、茉優の予定通りだったんだよね?


 でも……だからというわけではないけど──


「抜き打ちで来るわ。やっぱり心配だから」


 これでもう茉優と一緒にこの狭い厨房では働くのが最後ではない、と思ったらジワッと心の中が熱くなって、モチベーションが湧いた。


 ダメだよな、俺の彼女じゃないのに……

 そんなこと、思っちゃあいけないのに。


 そうだよ、どれだけ追いかけたって、茉優とは偽装恋愛。

 俺とはスタートすらしていない。ゴールも終わりもそもそもない。


 彼氏は木戸恭介。不良の中の不良。

 良い悪いは別として、ある意味では『男』の中の『男』。


 陽香の彼氏の長本君と同じく……今が旬の『男』。

 その他大勢とは違う、プレミアな『男』。


 俺とは違う……辛いけど認めざるを得ない。


 そしてこれからまた始まる、偽装恋愛の舞台……

 今日はこちらの方で絶賛これから上映しようとするところ。


 そう、今俺たちは3-7組──

 今日は雨が降っている。


 ここのところ雨が続き、気温の下降が激しい。

 まだ10月上旬だというのに、例年の11月中旬並みの冷え込みだそうだ。


 また、体育館は野球部が練習に使う。

 茉優の情報によれば、今日は女子バレー部がここに来て、階段及び廊下ダッシュをするらしい。


 この寸劇は、7日~10日に一度、雨天の日だそうだ。

 それ以外はちょこちょこと、大勢いる前で手を繋いで見せたり、いちゃついて忘れられないようにする算段──そして今日が寸劇の日。


 先に来て、俺たちは待っているという状態だ。茉優は教室の窓際の真ん中あたりに座り、俺はその右隣。

 まるでそうであることが当たり前のように二人並んでいる。


 窓の外には薄青白く曇った空から秋の時雨の色が広がる。木々や葉を艶やかに濡らし、雫を滴らせて地面へと浸透していく。

 俺の気持ちは、そんな風に茉優には浸透していかないのだろうか……


 でもそんなことは億尾にも出さず、今日も演技の心構え。

 うまく使い分けれるようになってきた気がする。


「今日、晴人の元カノがまた寄ってきたわ」


 普通に話しているが、節々に唾棄だきするような感覚が伴っている。

 茉優にとっては「陽香」という名前すら無い存在、ということだ。


 確かに……そんな人もいたっけな?

 最近よく声が大きくてうるさい女の人がそうだったと思う。


「何で寄って来たの?」

「仲良くなりたいらしい」


 鼻で笑ってしまう。


「なってやれよ」

「嫌よ、何て言ってきたと思う?」

「さあ、分からない」気にもならない。面白かったら別だけどね。

「『古城さん、仲良くしようよ、私、晴人君のことなら、きっと誰よりも知ってるよ、だって中学校の時から一緒だからさ、色んなアドバイスできると思う』、だってさ」


 茉優が首をクネクネさせて、でも目は笑わずに、陽香の高い声を真似ると酷く滑稽で、何だか芸人のように思えて自然と笑えた。


 そんな喋り方、だったっけな? 何だかいきったような話し方を教室でしているから、あれがの普通になってしまった。


「で、茉優は何て言ったの?」想像はつくけどね。

「ああ、大丈夫。必要ないって」

「お、意外と大人だね」


「そりゃそうよ、あんなのと張り合ったって、仲良くなったって私は何の得もしないわ。むしろ損をする方よ。だいたい私があの子を避けるのは、足元がグラグラなのに調子づき過ぎだし、長本の彼女幼馴染との関係もある」


 そうだね。だから陽香とは絶対に仲良くはできないんだよな。


「正直もう終わってる。後は本人に告知するだけ……『君は戦力外だから』ってね。長本だけに野球風……ウフフ……長本は私の友達とすでに復縁したから」


「え……? そうなの?」


「うん、そしたら米永、この調子じゃあ多分孤立する。その時に、私が変に仲良くしていたら、確実に私を頼って来るでしょ。私とベタベタしていたら、自分は長本から捨てられても、少し(スクールカーストが)落ちるだけ。私は踏み台じゃないし、友達との義理がある。だから無理っ!って。そうしたらさ──」


 急にニコッと笑顔になって俺のいる右側を向いた。

 その笑顔は爽やかなもの、とは言えない。

 もっと企みのようなものを秘めた、一癖以上あるものだ。


「晴人のところに来る可能性あるよ。楽しみだね」


 そうあってもらいたくない。関わりたくないのが今の気持ち。

 こんなに冷めてしまうものなんだと、自分でも感心する。

 何度も言うかもしれないけど、これだけは確実に茉優のおかげだ。


「来ないだろうよ、そんな、俺みたいなの……」

「いやいやいや、もう晴人の噂は水面下では広がっている。かなりプレミアがかってきている。だから『晴人をゲットしたら、私は古城茉優以上の女だという証明だっ』ってね──」


 だとしたら、答えは決まっている。


「ますます願い下げだね。俺も踏み台じゃあない」

「良い答えね、晴人。気分がスッとする」


 教室の外が遠くからザワザワしてきた。

 どことなく耳の心地の良い、女子たちの声。


「茉優、来たみたいだよ」

「そうね、it's showtime♪」


 二人揃って廊下の窓を、同じ方向を同じタイミングで確認した。


 仕事の話だ、ミーティングだ、芝居の練習だ……なんだかんだ理由があって俺たちずっと最近一緒にいる気がする。

 だからかな……その動きに、寸分の差もなかったように思う。


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