米永陽香の憂鬱
〜米永陽香視点〜
「はあ……疲れた」
魂が抜けていくように吐き捨てる。
あたしは自分の部屋に帰りカバンからスマホだけ抜いてどっさと床に落とすように置く。色々思い出があるキーホルダーたちだけど、たとえ引き千切れたとして今は構っていられない。
制服のジャケットを脱ぎ、皺になるのは格好悪いから部屋のジャケットをかける専用の場所へハンガーにかけて吊るす。リボンのワンタッチバックルを外して机に放り投げ、ワイシャツのボタンを二つ目、三つ目と外しながら身体を回転させてベッドの上に背中から倒れ込んだ。
疲れる理由は二つ。
一つは通学。
通学は片道1時間半、遅くなると2時間を超える。
地元の高校なんて論外──あの中学から誰も行かない星名を、無理してでも選んだ。
あの頃、あたしと晴人君は“ハブられた者同士”だった。だからこそ、見返してやりたい相手も多い。
(でも現実問題、この距離の通学はキツいよ……)
(晴人君みたいに向こうに家があればなあ……)
下宿も考えたけど、母が一人になるし諦めた。
できないものはできないもので仕方ない。
(父親は女を作って出て行ったし、これまた居ないものは居ないで仕方ない)
そして二つ目が博君。
やっぱ違うわ。晴人君なんかと全然違う。
肝が座っている、というか動じないというか……
今日は最近、ぼーっとしていることや、会話が噛み合わないことについて、拗ねてみた。そして向こうが勘づいたところで、ちょっと捻くれてみた。
期待とは裏腹だった。
あたしごときが揺さぶりをかけても、まるで子供扱い、いや、子猫をあしらうかのようだった。
そもそも「あ、ごめんな」「うん、ちょっと考え事してしまっていて……」と、さらっと触れる程度でほとんど相手にしないかのような扱いだった。
むしろ、それ以上やったらお前、分かってるんだろうなあ、という見えない空気感があって、あたしはもっと捻くれてやろうとしても、怖くてできなかった。
あれが晴人君なら、私の気が済むまで付き合ってくれた。
そもそも晴人君は私を拗ねさせたり、捻くれさせたりするようなことすらしなかったけど……
凄いなあ、やっぱり強いわ。
コントロールしきれていないわ。
お父さんの言葉を借りれば、本当にまるでスーパーカーね。
スーパーカーは乗りにくいらしい。けど乗っていることにステータスを感じ、スピードを出せるところでは物凄いパワーが出て速いらしい。
「どうしよう……?」
顔だけを左に向け、最近とんと勉強をしていないために机の上が化粧品置き場と化した様子を見る。
……ピンクラメっぽいリップグロス。博君の喜ぶリップ……
自問自答する──やはりもっとあたしの中に取り込む必要がある、かな。
今日のことはそれとなくチャラにしてしまって、
この日曜日、またこちらで会おう。
こっちで会う方が博君はいい。向こうでは有名人だから。
今回は私100%で誘ってみる。
私はスマホを開いた。
※※
既読にすらならなかった。
おそらく夜練をしているのだろう。
待っていても仕方ない。
余計にイライラしていくだけ。
だから先にお風呂に入り、下で髪を乾かしながらご飯を食べ終わった。
その間もスマホは握りっぱなし。
メッセージアプリが入ればお知らせで緑色の光が点灯するはずだけど、それもない。
ジリジリと心が焦がされる気がする。
自分がどんどんと小さな空間にいるような気がしてくる。
やがてその空間はあたしの手に持っているスマートフォンの画面とイコールになり、世界にそれしかないかのように思えてくる。
(こんな気持ちは良くないのに……)
スマートフォンばかり見ているから、途中、椅子の角で足の小指をぶつけた。
大事はないけど、めっちゃ痛い。もう、こういうの嫌い。
気にする母親に不機嫌な理由は告げずに、部屋に入る。
母親と長話をすればきっと晴人君とのことが最近どうか、を訊ねられる。
それがウザい。
部屋に戻った時、メッセージアプリの着信音が鳴り響いた。
「やったっ、やったあっ、博君からだっ」
やっぱり夜練だったんだね、そっかそっかあ。
練習お疲れ様。エースで4番バッターだもんね、大変な重責だよね。
うん、お疲れ様ぁ……
あたしの中で、日曜の予定はもう完璧に固まっていた。着る服、塗るリップ、髪型まで。
「あれ……」
なのに、送られてきたのは、野球の関係で都合が悪いと、断りのメッセージだった。
〜米永陽香視点終了〜
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