異世界からの生還と口づけ
初日のバイト、ありすぎるほど色々あったけど、とにかく最後までやりきった。俺たちは未成年だから夜の就労時間は決められている。だから店はまだまだ続くし、交代で別の人が入るけど、俺たちはこれで終わり。
あの後、茉優がすぐに店長を呼び出したら、今度は店長があの三人を白ブリーフ一丁のまま、外に連れ出し説教。
ヤクザの恫喝に近いような恐ろしい声が狭いレジャービルの廊下から、外へと響き渡る。すげぇ怖い……本物やん。
しかしそのキレている店長もまだ、白ブリーフ一丁に紫色のラメが入った大きな蝶ネクタイをつけていた。
10月上旬の肌寒くなってきた夜空の下、筋骨隆々としたおっさんが3人、1人のこれまた厳つい男にものすごい剣幕で叱られている。全員白ブリーフ一丁で。
その光景を、俺と茉優、そして何事かと顔を出して覗いている隣の店の、信楽焼のたぬきに似たスナックのママが固唾を飲んで見守っていた。
(なんてシュールなんだ……)
(これを本当の”ビジュアル系”と言うのかもしれない)
とまあ、後から店長含め、3人、茉優も一緒に俺に平身低頭頭を下げてくれた。3人のうち2人は店長の本物な恫喝にビビりまくって泣いていた。
(まあ俺も泣きそうになったけど……)
俺ももう、そこまでしてくれたら、「酔っていたんだし、もういいです」という気になって何も思っていない。もう二度とはして欲しくないけど。
俺たちは潮路の駅から来た道を逆に、駅に向かって歩いていた。
当然茉優は来た時の服装・髪型に戻して変装もしている。
夜の帳はすっかり降りて、夜陰に染まるはずなのだが、
商店街やその周辺は、これからが第二ラウンドという勢いで活気づいていて、世間も年の瀬に向かうスピードが増している気がした。
異世界ファンタジーは、案外俺たちの身近にあったんだなあ……
異常な興奮からか、頬が熱い。
それを撫でる冷たい夜風が凄く気持ち良い。
「ごめんね……すごくびっくりしたよね。引きつっていたものね」
「──どれのこと?」
「あ、いっぱいありすぎたね? あの、最後の襲われかかったこと」
驚くことがありすぎて茉優の問いかけ方では判別がつかない。
なんてったって異世界ファンタジーなんだから。
「あれは重大インシデントよ、店長にも言ったけど私から社長のパパに言っておく」
それ以外にもおかしいところいっぱいありありだよね。
だいたいホモバーだって聞かされてないし、
聞かなかった俺が悪いのかもしれないけど、
茉優は絶対にちゃんと言わなかったと思うよ。
けど──
「うん、けど、それであの人たちがめちゃくちゃ怒られるんだったら、可哀想だからもういいよ。俺は、もう何とも思っていないから」
となる俺の気の弱さというか……何と言うか。
仕返しされるのが怖いのもあるし、あの店長の3人に対する怒り方なんてカタギじゃないし。
「優しいなあ、晴人は。そんなんだからなめられるんだよ。優しすぎるんだよ」
「そ、そうかなあ……」
「そうよ、私はわきまえがあるからいいけど、他の女とかにそんなこと言ってたらやられたい放題やられちゃうよ」
いえ、あなたが一番やりたい放題な気がするんですけどね……
商店街を抜けて駅の方へと向かう。やはり歩く感じが来た時と違う。
解放された高揚感とやりきった達成感もあるけど、脱力感と疲労感も凄い……
そりゃあ、こんなことを週4もやって、家に帰って星名台の学力についていくための予習復習もしてってなったらそりゃあかなり大変。それに彼氏とのことも……
あまり思い出したくないことが頭をもたげる。
それはまるで茉優が俺を保護してくれていた、シンデレラの魔法みたいな存在で、逆にそれを打ち消す存在が、木戸恭介……
少し胸の奥がチクッと痛んで、苦しく、切なくなった。
そんなことはお構いなしに、商店街を歩く中、自分の?親の?ビジネス論、経営者とは、重大インシデントへの対処とは、従業員とは、を熱く語っていた。
アーケードを抜けると、そこは潮路の駅。
コンビニと居酒屋チェーン店、そして学習塾が立ち並ぶ。
様々な学生服を着た生徒たち。おそらく星名台の生徒もいる。
あ、いた……
誰かは知らない。知らないけどやはり同じ制服は同じ制服で固まっていて、星名台も男女数名ずつが駅の入り口近くで、コンビニで買ったであろう、チキンやフランクフルトを立ったまま食べている。
(きっとこういうタイミングで茉優は見られたんだな。でも今日は変装しているから……ってあれ?……あれっ??)
「It’s showtime♪」
駅のロータリーを入り口に向かって歩きながら茉優はメガネを取り、帽子を取り、髪を解いた。
もう星名台の生徒達からは充分に気づかれる距離に入ったのに、何を考えているの?
「ば、ばらしてどうす……??……ッッ??!!」
突然目の前を塞ぐ存在。それは茉優だ。
茉優は素早く俺の前に立ちはだかった。俺は訳が分からず脚を止めた。
「……あ、反対向いて歩きましょう、ってこと?」
そうだよな、ここで星名台の連中と鉢合わせなんて、面倒事しかない。
茉優もやっぱりそこは考えてるんだ。俺は胸をなで下ろし、歩調を合わせて足を引いた。
──その瞬間だった。
茉優の両腕が俺の首の後ろに伸び、それに対して反応できる間もないほど瞬間的にお互いの相貌が近づいた。
あの美しい顔が真っ暗になって見えなくなるほど……そしてかすかに見えた記憶では、風を起こせそうなほど長い睫毛がスローモーションのように閉じて行った。
──そして一つになった。
唇と唇を重ね合う形で……
※※
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
もし少しでも気になった方は、ぜひ、いいねや、ブックマーク、☆(評価)で作品を応援し、レビューで感想を聞かせてください! 皆さんのリアクションが、物語をさらに面白くする力になります。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます