彼女をNTRれてしまった(後編) ※NTR要素有り

(……陽香だ、マジか……?)


 一秒が永遠のようだ。


 しっぽりと男の左腕につかまり、うっとりとして幸せそうに身体を寄せて出てきた。


 最近、陽香は派手になった。

 鎖骨にかかる明るい色のハイレイヤーに、前髪にピンクのメッシュ。

 もともと派手な顔立ちだったし、お洒落さんだったからと思って気になる気持ちを抑え込んでいた。


(あ……嘘だろ?)


 横に立って出てきた、体格の良い見るからにタフそうな男もすぐに分かった。

 あれは野球部の次期エースと言われている、長本博和ながもとひろかず


 野球に興味が無いから野球部に興味は無いけど、長本博和は知っている。彼は俺と同級生で一年の夏から3番でレフト、1年の秋からは既に背番号「1」をつけてピッチャーでレギュラーとして出ていた。

 俺の学校は甲子園を狙えるチーム。その中で1年の夏から3番バッターとして出場しているのだから、野球エリート。すでに多くのプロ、ノンプロ、大学野球からの目が彼に対して光っている。

 俺の生きる範疇で例えるなら、「東京大学現役合格の可能性のある男」、つまり、「次元が違う男」だ。


 でも俺は知ってる……普通なら、こういう間男って色々と企んでいて善人面した悪い奴と相場は決まっている。長本はケンカや女絡みで評判の悪いことも多い男だけど──


 実は結構良い奴なんだよな……だから余計に辛い。


 対岸のラボホテルの前から出てきた二人がターンして俺から見て左に歩いて行こうとする。

 その時だった。


(あ……陽香が、こっち……やばっ)


 自分の方が覗き見をしたみたいで悪い気持ちになって俺は思いきり目を伏せてしまう。

 情けない。「何してんの?」ぐらいなんで言えないんだろう……でもそんな度胸もなく、言えるもんじゃなかった。


 もう一度彼女たちを見た時、その場にはおらず、もう既にかなりの距離を歩いて行っていた。仲睦まじく、腕をしっかり組んで、陽香はしっかりと長本君の肩にもたれて……



 ▲△

 


 いや、何かの見間違いかもしれない。まだそう思っている心がある。

 目は良いけど結構な距離があった。ひょっとしたら似たカップル、あるいは俺の中にある「最近陽香との関係を疎かにしている」罪悪感が、そう思い込ませただけかもしれない。


 だけど……俺は地下鉄M線には乗れなかった。だってM線に乗ろうとすればあの二人の後ろをついていくことになる。


 俺は道を一本ずらした。選んだのは、まだ青さを残す銀杏並木のある通り。

 本来ならば、あと少しで世界を淡い黄色に染め上げるはずの木々だ。

 けれど俺の目に映るのは、その未来の輝きではなく、どこか疲れたようにくすんだ緑の葉と、照り返すアスファルトの光だけだった。


 この道は一方通行。もう、来た方向へは戻れない気がする。

 ただ、ひたすらに、孤独な道を歩き続けるかのように思えた。



 ▲△



 結局その後M線には乗らず、自宅マンションからほど近い地下鉄S線に乗った。そして3本乗り換えた後に、俺が今住んでいる地域、星名ほしなについた。

 1時間に2本しかないダイヤの電車を降りた頃、空にはまだわずかに夕焼けの名残が残っていた。

 風はどこか涼しくて、夏の終わりを確かに告げていた。

 都会と違って金木犀のかすかなかおりが漂い始めている。これもまた、俺に懺悔をさせるために陽香との記憶を思い出せという仕打ちだろうか。


 いくら駅前に巨大複合施設を作っても、分譲マンション群を作っても田舎は田舎。もうこの時間になると、駅から各分譲マンションまで直通の歩道橋には人が見当たらない。すれ違うのは健康のためウォーキングを毎日しているだろう方々。


 シルバーのアーチ状の屋根があり、間接照明が足元を照らす空間はなぜだか薄いガラスのように見える。俺がここで叫んだら”静寂”と言う名のガラスが粉々に割れてしまうからだ──割るどころか……ぶち破ってやりたいよ。


 でもまだ決まったわけじゃない。早まるなっ──心が五月蠅く俺を冷静にさせようとする。


 その時──割るのはどうやら俺じゃなかった。


 俺の向かう方角から、歩道橋の階段を一人の女子が上がってきたのが見える。

 あれは──


 素人の俺でもわかるほど仕立てのいい、淡いベージュの膝丈オータムコート。

 その姿は、歩道の間接照明すらランウェイのスポットライトに変えてしまうほど華やかだった。

 まるで「リカちゃん人形」のリカちゃんが高校生として生まれ変わったかのような、非現実的な美しさ。遠くからでもその完璧な顔立ちははっきりと分かる。背中の真ん中あたりまで届く、天然のブラウンの絹糸を思わせる艶やかな長い髪。


 もし「リカちゃん人形」と違いを述べるなら、それは目とその周辺だ。

 わずかに釣り上がった眉は、彼女の強さを物語り、物事を値踏みするような、クールでジト目がちな視線。これはリカちゃんには無い。


 しかし大きく吸い込まれるような瞳は、琥珀にも似た深い茶色の輝きを宿している。通った鼻筋、シャープな顎のラインが織りなす輪郭はまさに美の証明。

 形の良い薄めの唇にはほんの少しだけリップが塗られていて艶めかしく輝いていた。


 ──彼女の名は古城茉優こじょうまゆ


 同じ学年、隣のクラスという近しい存在でありながら、別次元の存在。

 学園一、いや、地域一の美少女と言われている、紛れもない正真正銘の”高嶺の花”だ。


────


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


和歌山の皆様は大丈夫でしょうか?

私は和歌山に友達がたくさんいます。家族と釣りや海に行くことも多かったですし、私の小説の観光地は白浜、紀伊田辺あたりを描いていることが多いですので、とても心配です。


どうか皆様ご無事でありますように。


今日みたいな日にアップし続けるのが良いことなのか、考えておりますが、一応はこのまま行こうかと思っております。


この後は15時に三つ目のエピソードが公開されます。


もし少しでも気になった方は、ぜひいいねや☆(評価)で作品を応援し、レビューで感想を聞かせてください! 皆さんのリアクションが、物語をさらに面白くする力になります。


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