記録者
チョコしぐれ
失踪したカメラマンの映像
──これはすべて、本当にあった話です。
この映像が発見されたのは、2023年の夏。
長野県・S町にある閉鎖された登山道で、捜索ボランティアの男性が拾った一本のUSBメモリからだった。
その中には、**「DSC_000871.MP4」**と名付けられたファイルがひとつだけ保存されていた。
再生時間は23分41秒。撮影された人物は、以降消息不明。音声から、身元はフリーのカメラマン・**橋口徹(34)**である可能性が高いとされている。
以下は、発見された映像の内容を可能な限り書き起こし、補足と共に記したものである。
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映像は、日中の山道から始まる。
木々の間からこぼれる日差しがまぶしく、セミの声が騒がしいほどに響いていた。
カメラを持つ男──おそらく橋口徹──は、明るい口調で語り始める。
「さて、というわけで。今回はネットで噂になってた“戻ってこられない山”に入っていきまーす。いやいや、マジで誰も検証してないの? 俺が初?」
彼は冗談交じりに語るが、その口調の裏には、明らかに興奮と好奇心が滲んでいる。
画面の隅に、朽ちた木製の標識が映るが、風雨に晒され文字は完全に剥がれている。
その根元に、片方だけの登山靴が転がっていた。
森の中へ入ると、光は一気に薄れた。
風の音すら消え、虫の声もない。ただ、彼の足音と葉を踏む音だけが響く。
「電波、死んでんな……GPSも反応しねぇ。まぁ、事前に地図は頭に入ってるし。行けるだろ」
そう呟いたとき、ふと遠くで、木の葉が揺れる音がした。
橋口は一瞬カメラを止め、耳を澄ませる。
「……風? いや、風ないだろ。今……」
しかし、音はすぐに消えた。
彼は首をひねりつつ、先へと進む。
やがて、画面に小さな石碑が映る。
地面に半ば埋もれたそれは、まるで人知れず置かれた墓のようだった。
近づいてズームすると、古びた文字がかすかに読める。
「……“記録者へ”? なんだ、これ……」
石碑にはこう刻まれていた。
『記録者へ──目撃したものは、記録される前に忘れること。記録は、記録者に帰る』
彼は読み終えた瞬間、笑いかけ──ふと、背後を振り返った。
画面が突然ブラックアウトする。音も消える。
およそ5秒。再び映像が戻ったとき、彼は何かに怯え、息を荒げていた。
「……おかしい。道が、ない。来た道……あったはずなのに」
「誰かいるのか……? おい、ふざけんなよ……」
その声に、微かに何かが被る。
もう一つの声──まるで別の人物が、彼のセリフを“なぞる”ように重なる。声質は似ているが、少しだけ遅れて、囁くように。
突然、カメラが大きく揺れた。
画面の端に、誰かの後頭部が映る。
黒い髪。古びた金属のIDタグが、首からぶら下がっている。
だが、その姿は異様だった。まるで影そのものが人の形をしているかのように、輪郭が曖昧で、直視すると画面がノイズを起こす。
「見たな」
その一言だけが、ノイズの中に残された。
映像のラスト。画面は完全に真っ白になり、
音声のみが再生される。
「──次は、記録して。」
それを最後に、映像は終了する。
【補足記録】
・カメラ本体は発見されておらず、USBメモリに記録されたデータのみ残されていた。
・映像内で聞こえる“もうひとつの声”は、本人の音声を遅延させたものではないことが判明している。
・同様の“声の重なり”が、別件──**報告No.KZ-102「削除された配信アーカイブ」**にも確認されており、関連性が疑われている。
この映像を“見てしまった”報告者の一人はこう語った。
「最初はただの怪談かと思った。でも……録画したはずの映像が、ないんだ。記録が、勝手に消えていくんだよ」
「そして最後には、こう書かれる。“記録者:おまえ”って──」
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