第7話 研究対象
アレイドは、ぐったりと伸びてしまっているレオニスの傍らに膝をつき、淡い光を放つ回復魔法を絶え間なく注ぎ続けていた。彼がじっと様子を見守っていると、背後から軽やかな声が響く。
「まあ、アレイド様。フェリシアを運んでくださったの?……つい夢中でフェリーの事忘れてたわ」
カミラがさらりと酷いことを呟いたのを、アレイドは聞こえなかったことにした。彼女のたまに漏れる本心に慣れつつある自分を、内心で苦笑いしながらも質問を投げる。
「すごい演習でしたね。それにしても何より驚いたのは、この演習場に張られていた守護陣です。あれは……ドラゴンが数匹暴れても壊れなさそうでした。何か特殊な陣なのですか?」
「いえ、ただ大量の魔石に、大量の魔力を流し込んだだけですわ」
予想以上に“パワー系”な返答に、アレイドはなんと返すべきか迷った。知性と緻密な工夫の結晶かと思いきや、まさか力押しの仕組みだったとは。そうやって迷っているうちに、寝かされていたフェリシアが目を覚まし、ぱっと跳ね起きる。
「はっ、お姉様は今どちらに!?」
即座に最高戦力の所在を確認しようとするその姿勢は、さすがフレアノア家の娘だとアレイドは感心しかけた。だが次の瞬間。姉を確認したフェリシアはビュンとカミラに駆け寄りカミラに上目遣いで話し始めた。
「お姉様! 先程の火炎流、最高でしたわ! あんなに格好良いお姉様を間近で見られて、本当に感激ですわ!」
賞賛の言葉を溢れさせながら飛びついていくその様子は、どう見てもただのシスコンであった。
(……ここにはまともな奴はいない……)
アレイドは現状を冷静に分析した。
◇
意識を失っていたレオニスも目を覚ました。
「……眩しい……」
目を細めて呻き声を漏らし、手探りで何かを探している。
「眼鏡、俺の眼鏡どこ……?」
彼にとって眼鏡は必須の道具だった。目の色素が薄く、光に弱いこともあり、外出時には光を遮る術式を付与した特注の眼鏡を常に着けている。それが今、手元にない。寝かされていた場所は硬く冷たい感触で、どうやらどこかに運ばれていたらしい。
と、その時。がし、と両頬を掴まれ、強引に上を向かされる。横になった体勢のまま顔を挟まれ、戸惑いを隠せないレオニスだったが、相手がカミラだとわかると素直に従った。
「ゆっくりでいいから目を開けて。その瞳を、見せてくれないかしら?」
彼女の言葉に従い、恐る恐る目を開く。強烈な光が刺さり、頭がクラクラする。だがそれ以上に、自分の顔をカミラが覗き込んでくるという状況にクラクラした。間近にあるカミラの存在に心臓が跳ね上がり、至近距離に迫る彼女の顔を意識してしまい、どうにも顔の火照りが抑えられない。
「カミラ嬢の瞳は、不思議な色をしている…。」
黄金の揺らめく瞳に魅入られているレオニスがぼそりとつぶやいた。
「あら、よく気づきましたわね、私の瞳はエルフ族のおばあ様譲りですの。
でも…、今は貴方の瞳でしてよ」
ふふふ、と黒い笑みを浮かべながらカミラは言った。
さらにポーとしだしたレオニスだったか、少し落ち着いてくると周りの状況を探り始めて気づいた。
この状況はおかしい。
眼鏡がないだけではない。結んでいた髪は解け、そして……着ていたはずのシャツが消えている。
(俺……いつ脱いだ? え、無意識に? いやいや、いくらカミラ嬢が好ましいからって、それはヤバすぎだろ……!)
自分を疑い始めたところで、不意に眼鏡を掛けられた。
「ふふふ……やっぱりそうなのね! これ、星々の祝福だわ! 眼鏡もシャツも、あなた自身が術式を書き込んだのでしょう? ――あなた、“理”が見えるのね!アエリスタの天才を研究出来るだなんて最高だわ!」
突然、肩を掴まれ、ガクガクと全力で揺さぶられる。今度こそ怪我のせいではなく、揺さぶりによって意識が飛びそうになった。
(でも、カミラ嬢が嬉しそうだと俺もうれしい、これが恋ってやつかな……)
等と呑気に考えていたが、眼鏡を取り戻したレオニスは慌てて周囲を確認すると、その状況に戦慄した。そこは研究室のような部屋で、壁には様々な標本や図案が展示され、部屋中に様々な機器が設置してある。
レオニスが横たわっていたのも、寝台というよりも解剖用の手術台に近いものだった。さらに視線を巡らせると、部屋の隅でこっそりと様子を伺っているアレイドの姿が目に入る。彼は「巻き込まれたくない」と全身で語っていた。
一方、カミラの隣ではフェリシアがバインダーに挟んだノートにペンを走らせ、必死に記録を取っていた。
「お姉様! シャツと眼鏡、それから眼球について、とりあえず記録しましたわ! 非検体 H-007 の本日のデータは、十分に取れたと思いますわ!」
どこか楽しそうに報告するフェリシア。その様子にレオニスは愕然とする。
「……もしかして、俺……これから解剖されるのか?」
震える声で問いかけると、カミラはにっこりと微笑んで答えた。
「まずは、生きている時のデータを取らないといけませんわ」
否定にならない答えに、悪寒が背を走った。だが同時に――開けてはならない扉を開けてしまったような、惹かれてはいけないものに強く心を奪われてしまったような、そんな感覚が胸に芽生えるのをレオニスは感じていた。
その後、無事手術台から降りることのできたレオニスは、アレイドと共に応接室に通された。
そこで待つ時間が、妙に心臓に悪いことに気づきながらも――。
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