ポプラしばく⑥ ~ファンサは基本だよね♡~


 :今何が起きた? 

 :よ、よくわからないっぴ……

 :え、なにあれは


 後方の地面が崩れ落ちていた。

 また空中戦になるのかと一瞬だけ嫌な顔をしたロリコは思考をすぐに切り替えて対峙する。

 佐伯ポプラがいる。

 いつもの鉄仮面をかなぐり捨てて恍惚そうに笑みを浮かべながら口を動かした。

 自ら抑圧していた魔力を解き放ち、久方ぶりの全力を放出できたことが嬉しく見える。

 そして、何よりも。

 ポプラの全力を受けて、真正面から対応して乗り切った事実が彼女をより興奮させていた。


 知っている。

 ロリコ・リコは知っている。

 活動初期、一番最初は誰もが知っているような初心者向けダンジョンだった。

 易々と攻略し終え、何を狂ったのか難易度が2、3個ほど高いダンジョンを連続で攻略しに行った。

 あっという間だった。誰も知らない、見たことのない何かを言葉と共に出現させてモンスターを蹂躙し尽くす。

 ダンジョンを初めて攻略した人間とは思えない活躍ぶりに注目度が高まったのだ。

 その時の、楽しそうな姿と重なる。


「その船マジで何?」


 震える声で訊いていた。

 全力をぶつけてきた興奮と、身体の内に走る痛みに堪えながら。


「駆動戦艦VASARAです」


 聞いたことのない名前だった。


「私が考案しました。暖めてた設定を野に出せて気分がいいです」


 :そりゃ知らんわ

 :バサラて

 :かっこいいけどさぁ! 

 :可愛い要素が何一つなくて草


 彼女は文字通り、好きなものを生成できる力がある。この世界において上位に位置する実力者だろう。

 文字通り好きなものを。イメージの中で描いたものを。自分が作り出したい全てを生成する。


「まだまだありますよ──耐えきれますか?」


「耐える? 何言ってんのさ、勝負はここからでしょ」


 眠れる獅子を呼び起こしたロリコに邪が出るか。

 威力を想定していた。

 まだ想定の範囲内であるとロリコは思う。

 まだ、だ。

 ギアはここから上がっていくはずだ。


「【夜を編む】」


 :なんて? 

 :配信見てたら急に空が暗くなったんだけどどういうことや

 :近隣住民も見てます


 暗闇が空を覆った。

 偽物の、もう一つの空がドームのように周囲を埋め尽くした。真っ暗な空間でありながら、星々が輝いているように見える。

 佐伯ポプラの生み出す世界。その中に閉じ込められている。


 すでに言葉からポプラの思考を理解するのは難しい領域に突入している。

 常に後手に回らざるを得ないのだ。

 ロリコとポプラの視聴者はすでに置いていかれている。


 暗いし何も見えない。

 視界を奪われてしまった。ポプラの姿は見えないのに彼女からの戦意を肌で感じる。


「その技は知ってるんだよね」


「技と表現するのもまた違うか?」独りごちて彼女は地面を蹴る。「このまま解説するけど聞き取れる?」おそらく画面の上では真っ暗闇が展開していることだろう。

 ロリコの音声だけが通る中、無機質な声が聞こえていると反応した。


「次に来るのは星に関連するワードだよ」


「【瞬く流星】」……なんでわかるんですかと耳に入った。「タコ、何年私が配信を見てると思ってるんだ」未だに分かってないのかこいつらはと少し息を巻きながら応える。


「これはまだわかりやすい方。覆ってる暗闇は全てポプラの魔力から広範囲攻撃を打ち出すための魔法陣みたいなものだね」


 :つっよ


「今から流星群が来ます」


 :は? 


「【光来せよ、加速する弾丸】」


「文章が長いと途中で加速してくるよ」視聴者の声が届かない音を立てながら、それは迫ってきた。音もなく、忽然と現れたそれは視界を埋め尽くす。

 隕石が炎を浴びてこちらに向かってきている。

 それでも目を離さない。VASARAは一発限りだから真正面から切り伏せたが今回は面で制圧してきている。

 この場における回避方法は一つ。


 :ポプラに近づけば良くね

 :それしかないっぴ


「そう。広範囲攻撃に甘えましたね。鯨とかガルカガみたいなモンスターには有効だけどサイクロプスには避けられるよ、だってあいつ小さいもん」


 :移動できる箇所がないくらい迫ってますが


「ちなむとこっちの動き止めてると相手も止めてくるからね」


 :クソゲー? 


「【泥沼】」


「聴こえてないけど泥沼って言ってるんじゃないかな……ッ!」


 サイクロプスというワードに反応してか、首元のアクセサリーが輝いていた。

 バックステップ、地面が変化して足を奪おうとしてきたので動きながら言葉を回す。

 後方に行きすぎると崩れた大地に足を触れることになってしまう。避けれるギリギリまで避ける。だがポプラとの距離が遠い。

 速さが足りない、時間が足りない。隕石は刻々と迫ってきている。


「でもこれだけじゃ足りないんだよね。久々に使います、か」


 近くに来ていたドローンからブツを取り出した。ロリコの秘密道具。いつもの魔道具。

 有効な時にはとことん使うが、気分次第では使用機会が少ないマジックアイテム。


 :まさか! 

 :で、でたーっ! 


「ぶっぴがーんっ! 猫耳カチューシャセット! にゃんにゃにゃーん!」


 :き、きたああああ!!! 

 :久々に見た

 :なっつ


 猫耳スク水ロリが誕生した。

 配信開始7日目で取り出したアイテムだ、ロリコの視聴者はこぞってなっつ、と言葉を揃えている。

 構えた瞬間にドローンを抱えて空中を足場にして空を走る。移動に移動を重ねて隕石を回避。

 暗闇が映っているのでカメラの前の視聴者は安心して見れるが、無かったら高確率で気分が悪化するだろう。

 それくらいの速度。目に止めることはできない。

 ポプラがロリコを捉えることができたのは隕石が流れ落ちた後だった。自らが生み出した夜空の下で、猫耳をつけたスク水ロリが落ちてきた。


「──ロリコ・キャットですか。久々に見ましたね。あまりの速さにカメラが追いつかず、その不評さにお蔵入りしたアイテムじゃないですか」


「詳しいねぇ!」


 簡単に効果を解説すると、素早さが上がるが攻撃力が下がってしまうアイテムだ。

 キューティーキャットを自称していたが、姿を捕捉できないので肝心の戦闘シーンが映らず泣きながら押し入れに突っ込んでたのを引っ張ってきていた。


「ちなむと私は牛柄ビキニとチーパオが好みです。ところで犬コスはなんでやめたんですか? 私あれ好きだったんですけど」


「攻撃力を上げるためには腰をへこへこしないといけないのがネックだからだよッ!」


「納得です。見てて爆笑しました」


「そりゃどうも、私が無様なワンちゃんになってどうするんだってね!」


「それもそうですね……【エスペランザ】」


 夜空に瞬く一番星の到来、光によって視界を埋め尽くした。否応なく距離を取らされてしまう。とはいえミドルレンジ。接近は容易。

 光を帯びた剣はまさしく、希望を象徴しているかのような輝きを放っていた。

「カッケェじゃん」無意識にロリコは言葉を漏らしていた。「ありがとうございます。最近考えた自信作です」はにかむようにポプラは言う。


「こういうの、好きでしょう?」


「そうだね。なんなら私は【夜を編む】ってやつも好きだよ。闇に闇を重ねるってどういうことって感じだけど。

「そのあとの合わせ技はなんか強いし。見栄えはいいし、一番好きな詠唱なら私はこれを出すね」


「もしかして紹介しようとしてました?」


「うん。……昔から流れ星が好きなんだ。その影響もあってか、初めて見た時はカッケェと思うと同時に綺麗だと思ったんだよね」


「見れて嬉しいよ」言葉を残してお互いの武器が火花を散らした。

 会話の応酬にあるのはお互いへのリスペクトか。斧と剣が交差する。

 何度も繰り広げられた接近戦。異なる手を挙げるならば、お互いが楽しそうに決闘をし始めたことだ。

 視線を、身体の動きを、体動する魔力を。目を凝らして、視界から外さないようにする。

 金属音が重なり、弾くことが空間を支配している。


「【暴風雨】!」


 切り込むように一声、呼応して剣の先端に魔力が灯る。小型の竜巻……凝縮された球が即座に生み出され、目の前に打ち出された。


 斧と剣が交わる中で、目立つのはやはり身長差。ロリコは常に上向きに武器を取り、ポプラは下を向ける。

 この差を埋めるために武器を大きくしている。

 被さるように視界を塞ぎつつ、再び斧を作っては投げれるようにと。

 斧の刃が剣の腹を抑え、真っ二つに折ろうとした矢先にそれが放出されていた。

 剣がこちらを向いている。

 斧を離して、横に転がるように飛び込んだ。

 スク水の布に傷がついていた。


「今の自信あったんですけど……?」


「その技は通用しないから次からはやめた方がいいと思うナ~」


 嘘である。1秒遅かったら肩が抉れていた。

 内心のヒヤヒヤはいつものこと。とはいえ今の状況だと話が異なる。


「エスペランザとかいうその剣の効果なの?」


 試しに問うてみた。


「違います」


「違うんかい」


「見た目だけです、これ。これから効果を付けます。見せたくて出しちゃいました」


「……」


 :たはは……

 :名前負けで草なんよ

 :なんか言え

 :かわいい


「…………【逆巻く冷気】」


「ちょっと待とうよ、反応に困ったからって近距離範囲攻撃は待とうよ。うわすごいびっくりした背中さっっっむ!」


「み゛ゃ゛ぁ゛あ゛あ゛!」汚い声と共に上に跳ねたロリコ。猫耳の効果で上も上、編まれた夜を飛び越えて、本物の夜空が目に映る。

 月を背景に彼女の身体が照らされていた。


 この場にいるだけでも遠距離攻撃を警戒しなければならない相手なのだ。

 こちらの様子を配信で確認しているまである。

 ドローンはここまで来ていないが、スマートフォンは手元にある。スク水と身体の間に入れていた。

 姿を監視するためにポプラの配信画面を開こうとしたが、常に流しっぱなしにしていた自分のチャンネルの画面の、一つのコメントが目に止まった。


 :見えてます@佐伯ポプラ


「見られてて草」


 草を生やしている場合ではない。

 カメラで見るのではなく、目視で見られているということ。そしてスマートフォンで確認する姿まで見られているということ。


 偽物の夜空から何かが浮上してきていた。

 腕を組んで空中浮遊する一人の少女、そしてその背後には駆動戦艦が銃口を光らせていた。更に背後には隕石が見えていた。

 ジャンプの最高到達点は過ぎており、緩やかに落下しようとしている。


「避ける場所はありませんよ?」


「そーだね。空中で回避するなんて芸当、できる人なんてそういないからね」


「主目的の確保は気絶したあとで問題ないですよね。照準は既に合わせていますよ」


 実のところ、今この場にドローンは来ていない。空の果て、薄まる酸素、のしかかる重力。

 魔力で誤魔化してもここまで移動するのに時間はかかる。

 体感で2分くらいでやってくると判断し──


「発射ッ!」


 放出された刃をロリコは受け止めることも、生身で受け止めることもしない。

 このままのロリコでは敵わない。

 同時に思う、自分の言葉を聞いて本気を見せてくれた彼女に、自分の限界を見せないのは失礼ではないかと。だからロリコは選択する。


 純粋に、戦いの中で混ぜていた戦術を全面に押し出し始めた。


浮立脚フロートシューズ


 空気を踏んだ。

 ポプラのように地面を生み出すのではなく、大気に漂う空気そのものを足場にした。

 鋼鉄の脚と呼んだそれはロリコの足をびっちりと覆っていた。ギプスのように全身を覆っているわけでもなく、足先からさらにヒールのように尖った部分が露出していた。


 刃が直行する。花火と聴き間違う音と共に空中で加速した。一回転見てから判断できた。藤原カエデの時から使い続けてきた自慢の脚には追いつかない。


 次いで、飛来し続ける隕石。避けたとて、面で迫り来る脅威に行動範囲は限られてしまう。後方に下がる? 論外だ。タイムリミットが近い。制限付きの力を出してしまった以上、前進あるのみである。

 悟らせない。奥の手を切った以上ケリを付けなければならないのだ。隕石を踏んで、飛び越えようとした先にもまた隕石。避ける時間は与えられない。故に、やることは一つだった。


「──怪人の刃」


 縦一線。鉄で纏われた爪先を、天に掲げて蹴り上げた。

 真正面迫り来る隕石を真っ二つに切り裂いた。包丁で裂かれた豆腐のように、軽く、ただの一つの動作で質量を大きく持つ隕石を切り裂いた。

 余波で横一面に飛んでいた隕石すら引いていく。限界を押し込めたパワーによる一撃。炎が帯びていたそれ、しかし蹴り上げと同時に吹き荒れる風によって散らされていく。


「はっはー!」


 笑顔は崩れない。むしろ絶好調。配信上で見せる笑みを貼り付けて、デメリット──内身で走るダメージを抑え込んでいく。いかにスク水が魔力を補填しても、間に合わないような、そんな痛みを。

 風は流れ、やがてそれはポプラの元へ到達した。知らない攻撃が来た、と最初は思った。ロリコの配信をデビュー当初から見ていたポプラでも、隠されていた奥の手を出されてしまえば対応はやはり遅れてしまう。

 何かが来る、そう思った。対抗手段を複数考えて、巡らせて、結論を纏めようとした時にその姿が見えた。

 見えてしまった。


「!?」


 そうして、彼女は瞠目した。重なる。彼女がかつて憧れた姿に。藤原カエデの躍動する姿に。ロリコ・リコが重なった。

 隕石を避けては踏みつけて、あるいは切り付けて、最後にくるりと3回転。月明かりがスポットライトのように彼女の動きを強調し、観客である一人の少女は目を奪われていた。

 砲撃が終わり陽炎のように姿を消した駆動戦艦をロリコはその目で確認して、空気の上に降りて、立った。


「なんで空の上に立って……、それに、さっきのは……!」


「ポプラちゃんがそれ言う? そうだね……いい女には秘密の一つや二つ、あっても良くない?」


「多いから捕獲しろって話なんですが!? というか、その技って、カエデさんの……!」


 本人である。


「教わった。久しぶりに出したなこれ」


「教わってできるものではないはず……!」


 説明すると面倒そうだから嘘をつく。

 腕を組んで立つ姿、“浮立脚フロートシューズ”と表現した彼女の脚は気付けば鉄で覆われている。

 膝下までくっきりと、足元には二本の棘が。

 フィギアスケーターが扱うスケート靴と同じ、戦闘用にロリコが考え生成した人工の靴。


「知ってる性能ならまずい……【か──」


 発声し切る前には、目の前からロリコの姿は消失していた。


「壁を作ろうとしたね? 見えてるよ♡ ポプラちゃん不意打ちには壁で対抗しがちだからさァ!」


「べ】……わっ!?」


 貫かれた……! 背中に打撃が押し込まれた感覚がする。

 速度が違う。明らかに異なる。瞬間移動していると本気で言えるほどに、目で追えない。

 魔力の流れは感じる、でも目の前からはすぐに消える。まるで時を止めてるかのように、ロリコはポプラの背後に移動していた。

 飛翔は続いている、くるりと回転して遠距離から攻撃を使用した矢先──


「行くよ♡」


 ロリコの右手には斧が握られている。

 いつものなんの変哲もない、使い慣れた斧。

 それを、“浮立脚”を介して蹴り上げた。

 発光、そして高速移動。サイクロプスのアクセサリーと猫耳カチューシャ、二つの効果がシナジーを生み出し、蹴り上げた斧の先で彼女はいた。


 斧が肥大化する、巨大化する。

 いつもと変わらないのに、大きく見えるだけで恐怖心を感じてしまう。

 月に照らされた彼女の姿、斧は制止し、刃先はポプラに向けられている。

 持ち手の部分へ向かって、ロリコが逆さまに落ちている。膝を曲げて、蹴り落とす動作と共に。


「全力でッ! おいでよ!」


「!」


「ポプラちゃん!」


 魔眼を起動して見ていた彼女の姿には笑みが見えた。

 しかし既に限界が近いのか、苦しそうな顔を浮かべているようにも見えていた。

 その思いに応えずして逃げに徹するほど、冷たくリアリスティックな行動を取る者はここにはいない。


「……行きますッ! 【竜王】!」


 夜空を裂き、ポプラの背後に巨大なドラゴンが現れた。もう何がきても驚かないとロリコは踏んでいたが、召喚してくるのは予想の範疇から外れたらしい。

 つまり、ロリコの知識からはみ出ている部分、ポプラが構想していた運用方法か、とっさに浮かんできた何かか。

 ゾクゾクと、ロリコの興奮に反応して身体が震え始めた。


「【私の本気全力で】ッ!」


 付与された属性をいちいち考察する暇もない。

 なんなら時間がない。

 なぜなら答えは佐伯ポプラの頭の中。言葉の中にどんな意味を込めているかは計り知れない。


 :今来たんだけどこれどういう状況? 

 :大怪獣バトル!? 

 :すまん俺たちを置いて決着をつけようとするの、やめてくれね? 


 ドローンが追いついた。

 今更来られてももう遅い。

 この決着は既に、お互いが満足すれば勝ちという方向にシフトしている。


「うるせ〜! 知らね〜! ……行くよ!」


「月光ッ!」

「【全力解放フルバースト】ッ!」


 竜の咆哮か、ロリコの斧か。

 斧は吐息を両断せんと向かい、吐息は勢い衰えずに進もうとする。

 蹴った後でもロリコのすることは変わらない。


「ここからッ!」


 二度蹴りだ。空気を蹴って一回転、足の甲から全力を乗せていく。


「止められるかな!?」


「【限界突破止めますとも】ッ!」


 どちらが勝つかはわからない。

 視聴者にも、ロリコにもポプラにも。


 そうして視界の全てを光が包み込んだ。

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