黄昏の世界で、彼女は詠う

異端者

前編 狭くなった世界

「残念ですが、お子さんは接続障害者です」


 母は絶望に満ちた顔で医師の言葉を聞いた。

「で、でも……障害と言っても、この子はちゃんと喋れるし、運動もできるじゃないですか!?」

 母は医師にすがりつくように言った。

「昔の基準ではそうかもしれません。しかし、今の基準では脳をネットワークに接続できないというのは障害なんです」

 医師は落ち着いた調子でそう続けた。

 接続障害――脳に埋め込まれたチップからネットワークに接続できない障害。これによって、ネットワークを介したあらゆるサービスをじかに受けられないことを意味する。

 音声や手入力で簡単な操作の代替はできるが、脳から直接するのと比べると圧倒的に遅く、効率を考えた場合は致命的だ。

 それが生じる原因としては、脳構造がチップに対応していない――一種の奇形脳だといわれているが、検査しても分からないことが多く、ほぼ「接続できない」だけでそう分類される。

 その二十年前ならまだしも、僕、ヨシダナオユキの幼児期にはもう脳に直接接続するのが一般的になっていて、それができないだけで社会生活は圧倒的に不利だった。

 ちなみに、チップを埋め込む時期は幼児期とされる。生まれたばかりの乳児に埋め込むと誤用する恐れが多く、事故に繋がるとされるからだ。そのため、僕が「障害者」であることがその時ようやく判明した。

 最初はチップの初期不良を疑われたが、脳内のチップが正常に動作していることを確認されると、今度は脳からの信号がまともに受信できない形式である――つまり脳の構造の方に異常があると分かった。

 こうして、僕は障害者として生きることを余儀なくされた。


「ふう」

 僕はダンボール箱を所定の位置に置くと一息ついた。冷房は効いていたが、少し汗ばんでいた。

 本来なら、作業用ロボットがする仕事だが、僕にはこんな仕事しかない。……というか、この仕事自体、政府が「お情け」で作った仕事だった。

 脳をネットワークに接続できる者は、AIコンピュータやそれらを搭載したロボットに面倒な作業は丸投げできる。音声で指示する必要さえない。こうしたいと考えたら、ネットワークを介してAIが案を提示し、そこから選んだ指示通りに動いてくれる。

 つまりは、脳を接続さえできれば「悩む」ことすら必要ないのだ。

「お~い。少し休憩にしようや」

 同僚のヤザワが言った。

 彼も僕と同じで接続障害者だ。僕より二年前から同様の仕事をしている。

「ああ、すぐ行く」

 もっとも、先輩後輩といった上下関係はなく、同じ障害を有する「仲間」といった感じだった。

 僕たちは、休憩室でコーヒーを入れるとそれを口にした。

「やれやれ、毎日毎日作業用ロボットと同じ仕事……嫌になるねえ」

 茶化したように彼が言った。

「まあ、他に何もないし……昔のような手作業なんて、用意されたものしか残ってないからね」

「はあ~健常者は念じるだけでロボットがしてくれる仕事を、俺たちはせっせとしてるって訳か」

 彼は自嘲気味にため息をついた。

「だけどさ、他に何ができる?」

 そうだ。仕事内容に不平不満を感じて自問しても、いつもそこに行き着く。

「何も……なあんにもできない俺らは無能でっす!」

 彼は笑いながらそう言った。

 最初の頃は軽い男だと思ったが、そうでも演じないとしていられないのだと今は分かっていた。

「無能でも『脳』は入ってるけどね……不良品だけど」

 僕は苦笑しながらそう返した。

「他と構造が違うだけで、脳としては正常に機能してるのにな……ネットワーク様々だ」

 そうだ。僕たちはネットワークに接続できないだけでそれ以外は他の人間と大差ない。それなのに社会の片隅に追いやられている。

「けど……」

「なんだか……暗い話になってきたな、作業に戻るか!」

 彼は無理矢理といった感じで会話を断ち切ると、威勢よくそう言った。


 休憩後の作業は滞りなく進み、仕事が終わると僕はコンビニに寄った。

 自炊しようかとも思ったが、今日はそれも面倒な気分だった。

 そもそも独り暮らしをする必要もなかったが、実家に居たくなかったから社会に出ると真っ先にそうすることを選んだ。

 耐えられなかった、僕を憐れむように見る親の視線が。

 中では、接客用のロボットが動いている。音声会話も可能だが、大半の客が「健常者」であるため滅多にすることは無い。脳から直接やり取りできる。

「これ買います」

 僕は適当な弁当を選ぶと、ロボットに声を掛けた。

「ああ、ハイ……お待ちください」

 本来なら、こんなやり取りも必要ない。商品を手に取って、店から出ていくだけで電子通貨から自動購入してくれる。だから万引きもほとんどない。

 ロボットがレジに立った。その動作がやけに緩慢で、面倒くさそうに見えるのは錯覚だろうか。

 僕は接続障害者用のカードを端末にかざすと、電子音がして購入された。

「ありがとうございました」

 ロボットは滑らかな声でそう言った。

 このロボットですらネットワークにすんなりと接続できるのに、僕にはそれができない。それが腹立たしくなくなった、何も感じなくなったのはいつの頃からだっただろうか。

 僕は弁当を手にして店を出た。

 もう、僕には理不尽に怒りを感じる程、感情は残っていない。

 昔は、小さな頃はまだ憤りがあった。自分だけどうして、こんな扱いを受けなければならないのか――そんな不満を感じ続けていた。

 だが、もうそれにも慣れてしまった。結局のところ、何も感じずに諦めて生きるか、あるいはヤザワのように茶化して誤魔化ごまかすしかないのだろう。

 僕は通り道にある公園へと入った。

 公園は閑散かんさんとしていた。

 朝晩清掃ロボットが管理しているその場所は、整い過ぎて不気味なぐらいだった。

 僕はベンチに座ると、弁当を食べ始めた。

 自宅のアパートまで持ち帰って食べるつもりだったが、さっさと食べてしまいたくなったからだ。

 月明かりの下、僕は名も知らない白身魚のフライをかじった。

「お兄さん、ホームレス?」

 ふいに脇から声が掛かった。

 見ると、高校生ぐらいの女の子だった。整った顔立ちにすらりと伸びた足が目に入る。

「いや……違うよ。持ち帰って食べるのが面倒になっただけ」

 僕は食べながら答えた。

 今時ホームレスなんてナンセンスだ。接続できる人間なら、行政が放っておいてくれない。すぐに手続きをして最低限の生活は保障してくれる。

「君は? もう子どもは帰る時刻だろう?」

「もう……今時、日が暮れたら帰るなんてないよ。私は詩人だから、夜の街に着想を得るの」

「詩人?」

 関わってはいけない相手だったかな――ふとそう思った。

「そ、詩人。私の詩はネットワーク上で結構売れてるの。……お兄さん『カンナヅキリコ』って知ってる? それが私の名前」

 おそらく、本名ではないだろうな。そう考えながら首を横に振る。

 近年では、学生のうちから事業を立ち上げて稼いでいる者も少なくない。特に創作関連はネットワークを介してすれば、元手はほとんどかからないので多い。もっとも、そのほとんどは成功せずに消えていくのだが……。

神無月かんなづき……十月のことだな。どうせ売れない名ばかり詩人だろ?」

「あーっ! 疑ってるの!? 本当に売れてるんだからね。ランキングを検索すれば――」

「悪いが、僕は接続できないんだ」

 その一言で彼女は察したようだった。

「接続……障害者さん?」

「ああ、皆はそう言うね」

 彼女の目があわれみを含んだ。

「おいおい、そんな目で見ないでくれよ……これでも、不自由はしていないんだ」

 その言葉に、彼女は少し考える素振りをした。

「どうした?」

「世界は、昔に比べて狭くなった」

「は?」

 おやおや、本当に関わってはいけないメンヘラだったか?

「昔の人は……自分たちだけの小さな世界で生きていた。でも、科学の発展によってそれは崩れ去った」

 彼女は空を見上げる。つられて僕も見た。

「最初のうち、自分たちの目に入る世界が全てだった。だが、交通や情報伝達の手段が多様化するにつれて、それは変わってしまった」

 彼女の声には憐みとも郷愁きょうしゅうともとれるものが含まれていた。

「近隣の国はもちろんのこと、世界中の情報が安易に得られるようになった。それは、本来なら手が届かないものを引き寄せてしまった。無限の広がりだった世界も、どこまでも手が届くようになって……狭まってしまった」

 彼女はそこで言葉を切ると言った。

「脳を直接ネットワークに接続できるようにしたのは、その最たるもの。今では、地球の裏側での個人の愚痴さえも、容易に聞こえてくる。言語すらも自動翻訳されるのでその障壁とならない」

「おいおい……君はテクノロジーの発達が悪だというのか?」

 ようやく僕は口を挟んだ。

「悪……いいえ、違う。これは本来広かった世界への懐かしい思い。安易に手が届くようになってしまったことへの戸惑い」

 彼女の言うことは少しだけ分かる気がした。

 確かに、今は健常者なら大抵の情報は簡単に手に入る。しかし、それが本当に幸せかは……本来なら自分の関わるべきでない情報に一喜一憂している様子を見ると……。

「あなたが、接続できないのはある意味、幸運かもね」

 彼女は僕に向き直っていった。

「だって、狭い世界を実感することがないから」

 彼女はもう憐れんでいなかった。穏やかな笑顔をしていた。

「君たちの見える世界は……そんなに狭いのか?」

 私は素直に疑問を口にした。

「ええ、そう……なんでも手が届くようになってしまった世界は、狭苦しい」

 一瞬だが、彼女は苦渋に満ちた顔をした。

「テクノロジーの発達は、幸せではないのか?」

「それは……どう使うか、だと思う。棒切れ一つでも、穴を掘るか、人を殴るかで違う。けど……ヒトはまだその使い方を模索してる」

「その模索は、いつ終わると思う?」

「さあ、私は詩人であって、預言者でないから」

 あっけらかんと彼女は言い放った。

 僕はその様子にしばしポカンとした。さんざん言った挙句、結論がそれか、と。

 彼女はその様子にクスリと笑った。

「なかなか興味深い題材ができたわ。機会があれば、また会いましょう」

「お、おい……」

 止める間もなく、彼女は立ち去って行った。

 僕は食事を再開した。

 そして、思った。

 弁当に申し訳程度に入ったスパゲッティは、何の意味があるのかと。

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