異世界での生きがい
面接を終えた俺は、ギルドの隅で膝をかかえて座っている。
「冒険者になれなかったらどうしろって言うんだ……」
どの世界においても、働かずにしてお金を得るのは難しい。
ましてやここは、今日来たばかりの異世界だ。
このままでは飢え死にするしか……。
「いやダメだ!せかっく来た異世界なんだ。冒険者になって、ちょっと魔物を退治すれば俺の隠れた才能に群がってくる奴なんて……でも、本当に俺はこの世界で活躍できるのだろうか。いくらイケメンで優しい俺でも、働かないとなると……」
再びネガティブ思考になってしまう自分に、声をかけてきた人がいた。
「あの、ヨウさんですよね?」
声の主を見ると、カレンさんがいた。
どうやら交代の時間が来て、今は暇らしい。
俺は、カレンさんにさっき起きたことを話した。
「なるほど……だから落ち込んでいたんですね」
「笑えますよね。引き篭もりがいきなり仕事につけるわけないですし」
「……いえ、違いますよヨウさん」
「え?」
俺は再びカレンさんを見る。
「確かに、この国はトマトへの愛が全てです。『トマトが好きじゃない』を理由に、就職できませんし、ましてや友人や恋人をつくるのは不可能に近いです。……でも」
カレンさんは小さく息を吸い、微笑んだ。
「誰にでもトマトを愛そうとする努力はできます。毎日、このトマトに水やりをしてください。それがどんな結果でも、あなたはトマトを愛してよかったと思えるでしょう」
そう言いながら差し出してきた苗は、どこか輝いているように見えた。
俺はそれを受け取る。
その時、俺は決心した。
この人の言う通りに、トマトを愛す努力をしてみよう。
失敗したら……またその時に考えればいいじゃないか!
こうして俺は、重い腰を上げ、今日だけでも頑張ってみることにした。
***
翌日、俺はいつもより早起きし、鏡の前にかけていたギルドの制服に着替える。
眠たい目を擦りながら、俺はギルドの裏庭に出た。
そこには昨日植えた、トマトの苗——もっとも、移植したので今では株がある。
水をやりながら、俺はその株に話しかけた。
「おはよう、トマト。俺は君が好きになれるよう、努力してみるよ……って、もう実がなってる!え⁉」
昨日は葉しかなかったのに、一晩で実がなっていた。
普通の人なら、喜ぶだけだろう。
でも、ここはトマトを愛す異世界だ。
喜ぶだけじゃ生ぬるい。
では、どうすればいいのか。
俺は必死に、この国の人ならどうするか考える。
「き、す……キス⁉」
昨日の結婚式を思い出してしまった俺は、首を左右に思いっきり振る。
「いや、あれは愛するトマトと行う行為……でも、まだ緑色だから赤ちゃん……つまりノーカンってことだよな?」
俺はついに覚悟を決める。
「トマトを愛する人なら、誰でもできるはず!」
そうして俺は、まだ熟れていない緑色の実に、キスをした。
昨日のトマトとキスをした男は何を思っていたのだろうか。
ただの植物にキスをした自分がバカに思えてくる。
……でも、これはトマトを愛するために、誰もが通る道!……のはず!
そして俺は、裏口からギルドへ……。
「ヨ、ヨウさん……?」
裏口にカレンさんがいた。
恐らく、今の行為を見ていたのだろう。
恥ずかしい!と不安に思いながら、声をかける。
「カレンさん、おはようございます!……えっと、今日もトマト日和ですね!」
「そ、その子、私の……」
指を指しながら震えるカレンさん。
「どうしたんですか、カレンさん」
指が指すところには、先程俺がキスをしたトマト……のとなりに実のなってないトマトの株が……。
「あ」
「私のむ、娘に……よくもー!」
そんな捨て台詞を吐き捨てながら、奥に引っ込んでしまった。
……いや、あんたもトマトと結婚してたんかい。
***
「おい、あいつじゃねぇか?カレンさんの娘にキスをしたってやつは」
「ないわー。既婚者の娘に手を出すとか、あの伊藤〇でもビックリだわー」
気持ちいい朝を迎えるはずが、ボロクソみたいな一日の始まりになってしまった。
「ヨウさん、本当にごめんなさい!植えたのが夜だったから、場所が分からなくなってしまたんですよね……。いいんです、管理の行き届かなかった私が悪いんです……」
「い、いや!こちらこそ本当にすみません!初日の朝から早々にやらかしてしまって……」
ギルドの廊下で、俺とカレンさんはお辞儀のコンボである。
周りの視線が痛いが、仕方がない。
なにはともあれ、俺はギルドの職員として働くことになった。
昨日、カレンさんに元気づけてもらったあと、ギルド職員の急募に飛び入り申請。
応募者が俺しかいなかったらしく、仮雇用されるという形になった。
一か月間仕事の様子を見てもらい、相応の評価をつけてもらえば、来月から正式に雇用される。
ちなみに、なぜカレンさんは人気なのに誰も参加しないのかと言うと、カレンさんに毎日会えるのは嬉しいけど、働きたくないらしい。
さすがヤロウども、だからニートなんだよ。
しかし、初日でこんなことをしてしまったら先が思いやられるな……。
「大丈夫ですよ、ヨウさん。私が言うのもなんですが、これ
天使だ……と、心の中で拝みながら俺は職場こと受付に着く。
こうして、俺の異世界初仕事は、ギルド職員の受付として幕を開けた―—。
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