雪国の見守り人・外伝(1) -想いは声となりて-

風雪詩人

第1話 医師と少女の出会い

 羽越医科大病院の若手の外科医・雲田くもだ和義かずよしは、教授・熊田くまだ源五郎げんごろうの指導の下、診察、手術、夜勤に追われる日々を送っていた。雲田にとって、医局はまるで戦場だった。患者の命を預かる重圧と、終わらない書類仕事に心の余裕はほとんどなかった。


 ある日、病院の購買所で、雲田は一人の少女と出会った。名前は朝倉あさくらさき、小学校中学年の入院患者だ。不治の難病に侵され、幼い頃から入院と退院を繰り返していたが、彼女の目はキラキラと輝いていた。車椅子に座り、薄い毛布を膝にかけた咲が、屈託のない笑顔で話しかけてきた。


「あ、雲田先生! 今日のお昼、何食べるの?」


 雲田は疲れた顔に笑みを浮かべた。

「んー、いつものカレーパンかな。咲ちゃんは?」


「私、チョココロネ! 甘いのが元気の秘訣なんだから!」


 そんな他愛もない会話が、雲田にとって心のオアシスだった。咲は病院のスタッフや他の患者とも気さくに話し、「取材ごっこ」と称してノートに質問を書き留めていた。ある日、彼女は雲田にこう尋ねた。


「雲田先生、先生にとっての『癒し』って何ですか?」


 突然の質問に雲田は戸惑ったが、彼女の真剣な目に押されて答えた。

「そうだなぁ……。君みたいな子が笑ってくれること……かな。」


「いい話、いただきました!」

 咲は満足そうに頷き、ノートに雲田の言葉を書き加えた。


 咲は病院のベッドで勉強する傍ら、テレビやラジオに夢中だった。

 特に、羽越コミュニティラジオの「羽越ニュースライヴ」を毎晩聴くのが日課だった。女性アナウンサーの温かい語り口と、ゲストの小さなエピソードを引き出す巧みなトークに心を奪われていた。


「私ね、病気が治ったら、アナウンサーになりたいんだ!」

 咲は目を輝かせてそう語った。


 彼女にとって、アナウンサーとは、

 病院の外の世界とつながる「夢の架け橋」だった。





 咲の病室に度々見舞いに訪れるのは、姉のはるかだった。遥は小学校高学年。彼女は学校での出来事や友達の話を咲に聞かせ、咲にとって「外の世界」を運んでくる存在だった。


「今日ね、クラスのみんなで雪だるま作ったんだよ!めっちゃ大きかった!」


 遥の話に、咲は目を輝かせて笑った。

「いいなあ、雪だるま! 私もいつか作りたい!」



 ある日、咲は遥に自分の夢を打ち明けた。

「ねぇ、お姉ちゃん、私、病気が治ったら、アナウンサーになりたいんだ!」


 遥は驚いて目を丸くした。

「アナウンサー!? テレビやラジオに出てる人でしょ? すごいね!」


「うん! 病院の外には、いろんな人がいろんな人生を生きてるよね。

 私、病気で外の世界を見られないけど、アナウンサーになったら、

 いろんな人の話を聞いて、それをみんなに伝えられる。

 それって、私が外の世界とつながるってことなんだ!」


 咲の言葉に、遥は胸を突かれた。自分は何も考えず、毎日を楽しく過ごしているのに、妹はベッドに縛られながら、こんなにも真剣に未来を考えている。


 その純粋な夢に、遥は心から感動した。

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