人外少女と一夏大作戦

イセ

第1話

「……野、おい影野!聞いておるのか!」


 数度無視した後、俺は視線を窓の外からハゲ頭、もとい歴史教員の谷藤に移す。歳は40代後半から50代前半だと思われるその中性脂肪を蓄えたピンポン玉は顔を真っ赤にしながら教壇の上で地団駄を踏んでいた。


 面倒な話だが、期末テストは終わっても終業式までの間、うちの学校には授業がある。

 もちろん、そんな授業に身が入るわけもなく、誰しもが出席日数確保のために登校しているだけだ。そして、かくいう俺も漏れなくその一員である。しかし俺の場合はちょっと特別で、成績が低すぎて強制的に出席を強いられるという、いわゆる劣等生というやつだ。担任いわく、授業に参加したら平常点をやるから学校に来い、とのこと。

 きっと俺はこの新米教師の出世を邪魔するゴミ。奴にとって俺は目の上のたんこぶでしかないんだろう。その証拠に俺が声を掛けると、いつも嫌そうに対応される。


「おい、影野!私は今!人間が何故海底に移り住むようになったのかについて説明しとるんだよ!」


「あ、はい。すごいすごい、せんせーの話めっちゃ参考になります」


 正直言って劣等生の俺でも知っている一般常識をその臭い口で話さないでほしい。


 人間が今現在、海底の天蓋てんがい都市としで暮らしているのは、数千年前に起きた気候変動による海面上昇が原因。それくらいなら勉強せずとも知っている。


「あぁ、そうだ、そうだとも。

 ちゃんと聞いてるじゃないか影野、たまたま外を見ていたところを注意してしまったようですまなかったな」


「はい、だいじょぶでーす」


 しょうもない世辞を言っただけで見るからに上機嫌になった谷藤は鼻歌交じりに授業を再開する。本当に気持ちの悪い教師だ。

 ――――ん?よく考えれば俺がこんな仕打ちを受けているのも元を辿れば旧人類のせいなのではないか?


 そもそも彼らが自分勝手に二酸化炭素を放出し続けなければ急激な海面上昇が起こることも、鋼鉄製のドーム型海底都市、通称天蓋てんがい都市とし作られることも、俺が怒られることもなかったのだ。


 そしてそれから数千年は経っているというのに圧力の問題で交流は難しいと臆病風に吹かれている学者達。この国は今、大昔の海底ケーブルを用いての情報共有しかできていない。


と、そんな長考をしていると隣から肩を強く叩かれる。


「………ぇ、ねぇってば、聞いてんの」


「ん?あぁ、すまない、なんか言ってたか?」


 俺が考え事をしている間に物凄く顰めっ面をした転校生に詰められていた。きっと谷藤の真似でからかおうとしていたのだろう。 俺は、まだ顔から谷藤が抜けきれてない美少女、水宮 アリスに睨まれていた。


 色白のハーフでシルクのように艶のある銀髪、洋人形ばりにととのった容姿、目は水色に輝いている転校生、それをこんなに歪ませて、美少女の無駄遣いにも程がある。

 いや、彼女がやるとどこか絵になっているようにも見える。


「影野くん、この超絶完璧美少女を無視するなんていい度胸してるね」


「美少女………否定はしないが自分で言うのはどうなんだ?それに俺は静かな方が好きな性分なんだよ」


 俺はそう答えて再び窓の外に視線を移す。いつも通りの不気味なほどに澄んだ空、そこにはさも自然に発生しましたよ、と嘘をついているうろこ雲が浮いていた。俺はこんな現実味に満ちている世界だから時折、ここが海の底だと忘れてしまう。いや、、という方が正しいか。どうやら政府は過去の自国にかなりお熱らしく、寸分違わず表現しようと必死なのだ。


「おいおい影野くんよー、美少女の私が話しかけたのに一言だけで終わらす男がどこにいるんだよ」


「心まで美少女だったら考えてやる」


 俺が感じ悪くそう言うと水宮は小声でボッチのクセに、とか童貞野郎が、とかそんな捻りのない悪口を言っていた。どうやらよほど俺と話したいらしい。だが俺にも、学者めいた自分を妄想していたいという願望があるのだ。


 俺は水宮を無視して外を眺める。視界の中心には、この前天蓋が破壊されたと各所のニュース番組で放送していた現場があった。


「へぇ~、影野くんはああいうのに興味があるんだね」


 もう悪口大会は終了したのか勝手に俺に喋りかけてくる水宮。俺は、引き続き無視を続行しながら天蓋を観察する。目を凝らすと天蓋が壊された時に自動展開されるバブルが今だに残っているのが見えた。


「凄い科学技術だね」


「………まぁ、そうだな」


 ふいに水宮をみたらあまりに顔が良すぎてこっちが悪い事をしているみたいだったから適当に返事を返しておいた。だけど、俺は別にこんな科学技術マジックに興味はない。構造だって知ってるし、日常的に補修作業は行われてるから珍しくも何ともないのだ。


「暇そうだね」


「そりゃそうだ、テストも終わったのに何故授業を受けなきゃなんない」


 俺は心の内を打ち明ける。話の流れとはいえ、チクられたら今度こそ留年確定ものだ。そう気づいたときにはもう遅い、水宮の口角が分かりやすく上がっていた。彼女は小悪魔的にコチラをニヤニヤと眺めている。


「大丈夫、言わないよ。

 ………でもさ一つ、私のお願い聞いてよ」


 彼女はイタズラ好きの子供のように笑っていた。俺はこんな風に弱みを握られてパシリにされるやつらを思い浮かべる。彼らのその後は悲惨だ、毎日陽キャのオモチャとして扱われ、酷くなると裸の写真を撮られたりしていた。だから俺は普段から無口な奴で通して絶対に引っかからないようにと気をつけていたのだ。しかし、そんな俺が引っかかるのだ、コイツはヤバイ、と俺の生存本能が告げている。


「くっ……、汚いやつめ。

 分かった、その条件飲んでやる………」

 





 そして数日後、始業式の日に俺は水宮 アリスに呼び出されるのだった。

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