TSしたら水着を着ないといけない

 ルナちゃんが家事を全て終わらせてくれ、昼下がりが終わろうとしていた。詩織がソファ、俺が床で寝転がりながら目を合わせる。俺と詩織の考えは同じだったと思う。このまま行くと、多分俺たちは今日何もしないで終わる。どうせ夜ご飯も、「出前とろっか、こういうさたまには出前もいいよね」とか言って、お風呂入って、寝て終わり。

 いいのだけど、こういう日があってもいいとは思うのだけど、でも俺はもう大人だから知ってる。連休の初日にやらなかったことは、多分この後もやらない。そう、やらないのだ。詩織は、今回貰えるオフに対して非常に前向きだった。「この前出た番組で紹介してたレストラン美味しそうだよね、一緒に行こうよ」とか、「なんか遠くに行きたいかも、自然が沢山あってさ、なんて言うの? マイナスイオン! みたいなのを感じたい」とかオフが始まる前には言っていたはずなのだ。俺がこの体になったのもあるだろうが、今のところ詩織が言っていた計画は一個も達成されていない。

「マネージャー、外に出よう。今日は準備の日と位置付けて、死んでいったここまでの時間を正当化しよう」

「わかってる、俺もわかってるぞ〜詩織、エアコンは素晴らしい発明だ」

 特に見る気もなく付けた国営放送では、この夏空の下球児たちが白球をぶん投げたり、バットでボールをぶっ叩いたりしている。その画面を囲うように熱中症注意、不要な外出は控えるべき、暑さを感じたらエアコンを使うべきと注意喚起がされている。球児たちにも言ってあげて欲しい。

「で、どこに行くんだ?」

「マネージャーの水着を買いに行くんだよ!」

「別に買いに行く必要ないだろ」

「でも、海行くよ? 明日。今決めたけど」

「水着、水着ねぇ」

 俺はなんとなく足の方を見る。重力に程々に逆らっている山のせいで、俺は自分のつま先が見えなかった。


 外に出れば蝉時雨と日光が降り注ぎ、昼下がりの悪魔に打ち勝った俺たちに確かなダメージを与えてくるわけで、

「タク券って偉大だね」

 などと芸能界に染まった少女が文明とか権威に思いを馳せるようになるのには十分も十分な夏日だ。

 詩織は完全防備でサンバイザー、日傘、アームカバー、サングラス、日焼け止め、なんか日焼け防止用の薬? みたいなのも飲んでたりしていた。

「今日は暑いね」

「本当にそうだ」

 俺はタンクトップで走る少年少女を見ながら、会話が無くなったカップルのような詩織の振りに返した。

「楽しみだなぁ、彼女の水着選ぶの」

「頼むから程々のやつにしてくれ」

「私の選考基準は、紐がどれだけ細いか、布の面積がどれだけ小さいかだぜ」

「変態じゃねーか! それにな、俺は女性ビギナーなんだぜ? 流石に難易度が高すぎるだろ」

「大丈夫だって、マネージャー。私が見るに、そんじょそこらの女の子よりも女の子してると思うよ?」

 詩織は俺の胸を後ろから揉む。

 暑いのでノーリアクションを貫いてみると、詩織は行動を止めた。暑い、無駄な動きをしたくない。

 女性の体になって感じるのは、肉のつき方がはっきりと違うということだ、動く時に慣性を感じる。柔らかいからか揺れる。いつかこの違和感は無くなっていくのかどうなのか。

「水着買うって言ったけどどこ行くんだ?」

「今更過ぎない?」

「なんか自分が女性用の水着を着るという事実が、頭の中をぐるぐる回ってたせいだ」

「まーそれもそうではあるか、ほら、2年くらい前の撮影で自分の好きな水着選んで来いって言われたのあったじゃん」

「あー、あったあった!」

「そこに行こっかなって」


「いらっしゃいませ」

 水着専門店『ルージャー』は芸能界御用達とかそういうのではなく、網羅しているのだ。俺のような庶民から冬神社長のような殿上人までの客層に対応している。奥の方に行くと、VIPルームがあったりするらしいのだが、今の詩織の知名度だと、VIPルームに案内されそうでなんだか怖くなったのでバレないようにコソコソと水着を探す。

「これだぁ!」

「細い」

「うーんじゃあこれ!」

「小さい」

「この子は全くもう、我が儘ガールなんだから。じゃあこれ」

「これいいじゃないか」

 詩織が紐、三角形の次に渡してきたのは、灰色のサーフパンツだ。そうそうこういうのでいいんだよ、気取ったりしなく

「なしなし、着れるわけないだろ! 丸出しじゃん、いや男の時だったらそれでよかったけど」

「誤魔化せると思ったんだけどなぁ」

「ただの痴女だから、もし俺がなんも気付かないでこれ着てたら、一撃警察よ?」

「それもそうだからやめよう。マネージャーはさ、ブイブイ言わせたい? 高嶺の花的なのがいい?」

「いやどっちとかない、うだうだ言ったけど別にお好きに」

「じゃあさっきの紐で」

「高嶺の花がいいです」

「早く素直になればいいんだよ。見せつけたいでしょ? そのパーフェクトな体をさ、私の隣に並んでスタイルの差を見せつけちゃうんでしょ?」

「詩織様には勝てないですよー」

「ハァー、わかってない! わかってないよマネージャー! その体はね、女の子の理想と言っても過言じゃないんだよ?」

「いや過言だろ」

「ほら、その証拠に見てよ!」

 詩織が指を差した方向を見ると、観葉植物が倒れた。

 そこからは、8人くらいの女性店員さん達が観葉植物の裏から俺たちのことを見ていたのだろう、観葉植物の形通りに細い姿勢を取っていた。

「仕事を放棄してマネージャーのこと見てんだよ? この店で勤務する程の水着変態たちはもうマネージャーにどんな水着を着せるか考えて、鼻息荒くしてんだよ? それほどのポテンシャルをマネージャーは持ってんだよ? 誇ろうぜ」

 俺は気まずそうにしている店員さん達一人一人と目を合わせてみる。そうか、みんなそんなにしっかりと、逸らさずに俺のことを見ているな。


 もう煮るなり焼くなり好きにしてくれ!

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