黒幕と仮面舞踏会

王都に、仮面が舞う夜がやってくる。




その舞踏会は、年に一度――


王立魔導協会主催によって開かれる、貴族と魔導師の交流の祭典。




だが、その裏で。




「仮面をつけたままなら、“本心を晒せる”って皮肉よね……」




着替えながら、わたくしは鏡に向かって呟いた。




深紅のベルベットドレス。


背中が大胆に開いたデザインに、銀の装飾が滴るように施されている。


髪はゆるく巻き上げ、仮面は紅霞に染まるレース地の“蝶”のデザイン。




「……うん、完璧」




「えっ……リディア、それほんとに平民変装の延長線上なの!?」




隣で着替えを手伝ってくれていたセリアが、やや涙目で叫ぶ。




「平民枠ってより“隠しルートの女王様”って感じなんだけど……!」




「ふふっ、いいじゃない。“夜の蝶”って、昔から乙女ゲームでは最強なのよ?」




「もうほんとに前世でどんな乙女ゲーやってたの……!」




「全部よ」




「こわっ!!」




笑いながらも、内心は静かに張り詰めていた。




今夜、仮面舞踏会の来賓名簿の中に――


**「仮面の王子」**の名が、紛れ込んでいる。




白銀の髪に、金の狐眼。


貴族会議の裏を操り、禁呪を手引きしている黒幕のひとり。




そして。




「……アレン・レイヴァント」




かつてわたくしを“切り捨てる側”に回った、あの王子。




会って、確かめなければならない。


彼の目的を。彼の仮面の裏の、真実を。




でも――それ以上に。




「……“惹かれてしまいそうな自分”が、一番怖いのよね」







仮面舞踏会の会場は、王都中央の浮遊円舞殿ステラリア。


精霊魔導によって空中に浮かび、煌めく光の中で回転する幻想のドーム。




流れる音楽、舞う光、溶け込む笑顔。


だれもが仮面の下に“別の誰か”を演じ、恋をして、秘密を囁く。




「これが……“乙女ゲームの舞踏会イベント”……!」




わたくし、内心大歓喜。




「ここで、運命の出会いフラグを立てるのが、王道なのよね……」




「リディア、顔! 顔ニヤけてる!!」




「ふふ、ごめんなさい、でもちょっとだけ夢が叶った気分で……」




そのときだった。




「踊りませんか、仮面の蝶殿?」




背後から、


まるで“声が微笑んでいるような”誘い。




振り返ると――そこにいた。




白銀の髪。


黒と金のマスク。


そして、仮面の奥から覗く、金色の狐眼。




「あなたは……」




「ふふ、名乗るのは無粋でしょう? 今夜は“仮面の夜”ですから」




すっと差し出された手は、白く長く、優雅で……危うい。




迷う。




でも。




「……わたくしを誘うなんて、いい度胸ですわね」




「光栄です、“貴女”にそう言われるなんて」




わたくしは、その手を取った。







円舞。




音楽に合わせて、身体が自然と動く。




舞踏の技術は幼い頃から仕込まれたもの。


でも、この男のリードはそれ以上に自然で……惑わされる。




「綺麗な瞳ですね」




「仮面の下を褒めるの、ルール違反では?」




「ふふ。目は“仮面”では隠せませんから」




「……言葉の使い方がうまいのね。さすが、腹黒王子?」




「おや、それは心外だ」




わずかに笑ったその声が、


胸に刺さるように、優しかった。




わたくしは、ふいに口を開いた。




「なぜ、“あのとき”わたくしを――断罪に賛同したの?」




「……そう聞くということは、やはり、君は“彼女”なのですね」




仮面の奥で、彼の瞳がわずかに揺れた。




「世界の“進行”を乱すものとして、君は排除されるべきだと、皆が言った。


 でも、僕はそれでも信じていた。“本当の物語”は、君から始まるんじゃないかって」




「その割に、優しさがなかったわ」




「……今、目の前で踊ってるのが、君だと知っていたら。


 僕は、何もかも捨ててでも、庇っていたと思う」




「……嘘つき」




「うん。僕は、嘘つきだよ」




だからこそ。


この男が、何を考えているのか、まったく読めない。




けれど。




仮面の奥のその目に、ほんの一瞬だけ。


“救いを求めるような色”が滲んだ気がして。




わたくしは、なぜか――言葉を返せなくなった。







音楽が終わる。




「ありがとう、楽しかったわ」




「こちらこそ。……願わくば、君が“真実”に手を伸ばさぬことを」




「え?」




「君が“核心”に触れれば、もう戻れない。


 世界も、君自身も」




「それは……“脅し”かしら?」




「“忠告”です」




そう言って、彼は踵を返した。




「では、夜が明ける前に。


 “この世界の終わり”が来る前に、また会いましょう。リディア・アルヴェイン」




「……っ!」




名前を呼ばれた瞬間、仮面が音もなく崩れ落ちた。




あの男――やっぱり、すべてを知っていたのね。







「リディア!」




セリアが駆け寄ってきた。




「大変、街の南門に魔族が出たって!」




「……来たのね。仮面舞踏会の裏で、動きが」




「どうするの?」




「決まってるわ」




わたくしはドレスの裾をまくり、空に魔導陣を描く。




「ドレスアップも終わったし――


 そろそろ、“本気の魔女”の出番ですわね?」




夜の闇に、紅紫の光が咲いた。




“仮面”を脱ぎ捨てたリディア・アルヴェインが、


再び王都の空に舞い上がる。




――次回、第4話【王都炎上、覚醒する美しき魔女】




「あなたたちが追放したのは、ただの悪役令嬢じゃないわ。


 ――この国を救う、“最強の魔導師”ですもの」

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