第11話 清張の過去

 清張の父は河童だった。名を「青(せい)」と言った。

 青は河童の中でもとても強かった。相撲も強かったし、妖力も優れていた。

 村の河童では右に出るものはいない。歴代で最も優秀だと言われていた。

 ある日、そんな青も窮地に陥った。隣山にいる化け猫がなにやら暴れているとの事で、青が止めに行くと言ったのだ。

 青は一人で戦うのが好きだった。彼の妖力は水を操るのに長けていたのだが、その水量が凄まじく、周りの河童達も危ぶまれることが多かったためだ。何度か他の河童たちと共に戦ったことがあるが邪魔になるからと皆退くくらいには強力だった。

 しかし、猫化山の化け猫はとても強力だった。上手く撃退こそできたが、かなり負傷してしまった。妖力もほぼ使い果て、帰り道、倒れ込む青。

 そんな中、通りかかった1人の娘がいた。河童だとわかったが、その娘は「何とかして助けなくては」と思った。

 その娘はその場で介抱しようとした。そんな娘に青はこう話した。

 「…き…」

 「き?」娘は聞き返した。

 「きゅうり…」青はそう絶え絶えで話すとその場に倒れ込む。

 「きゅうり…!?きゅうり…!」死にかけている河童がきゅうりを求めてきた。なるほど。河童にとってきゅうりは生命線だったのか。

  「ちょっと待ってて!家まで取ってくる!」娘はそう話すと、家まで走り、そして、駆け足で戻ってきた。

 「きゅうり!」娘は家から持ってきたきゅうりを青に渡した。そのきゅうりを手に取り、ゆっくり食べ始めると、だんだんと食べるペースが上がっていく。

 「…もい」

 「もい?」娘は聞く。

 「…もういっぽん、くれないか」青は手を出しながら回復し始めた体をゆっくり起こし始める。しかし、うまく立ち上がれずまた倒れそうになる。

 「ああ!」娘は思わず青に手を伸ばし、肩を貸した。

 「すまない…」青は詫びた。

 「あなた…動けないでしょう。このまま、家まで運んでいきます。家で休んでいってください」娘はそういうと、おそらく断っている青の声に耳を貸さず、そのまま肩を貸しながら、村のほうまで歩いて行った。


 娘の名前は「春子」といった。春子は村一番といわれるほどの美人で評判だった。そんな春子が突然不思議な生き物を連れてきたものだから村中が驚いた。

 「これは塩沼村の川に住む河童だな」

 村長曰く河童は妖怪で人間の社会に介入してはいけない。そのまた反対に人間も河童の社会に介入してはいけないことを春子に教えた。しかし、春子はまだ傷も癒えない青をほおっては置けなかった。

 「傷が治るその時まで、家で休ませます。そうして傷が完全に癒えたら、この者も河童の村に帰ると思います。だから、少しの間だけ、お許しください。」

 村長は春子の願いに対しては良いとも悪いとも言わなかった。しかし、「村の者には帰ったと伝えるんだ」それだけは伝えた。

 春子は父と二人暮らしだった。父は病に伏し、春子は毎日看病をしてた。

 布団で寝ていた春子の父は驚いた。家にあわてて帰ってきて、またすぐどっかに行ったと思えば、河童を連れてきたから当然であった。

 「春子、その河童は…?傷だらけだ。それに人間の集落に連れてきては…」父は寝ていた体を少し起こしながら聞く。

 「先程、村長さんとも話しました。少しだけいさせてあげて。」父にそう話す春子。

 「とはいっても…」父は悩んだ。

 「人間の娘さん。」青は春子に問いかける。

 「はい!?何でしょう!?」春子は驚いて返事をする。

 「私のことを助けてくれたのはありがたい。本当に助かった。しかし、先程の老人やあなたの父であろう人の言う通りだ。我々河童は人間の世界にいりこみ過ぎてはいけないのだ。」青は話す。

 「それは…どうして…ですか?」春子は思わず聞いた。河童から説明された方がまだ納得がいくからだ。

 「それは…」青は言葉に詰まった。実のところ、昔から聞かされていたが、本当の理由など知らなかったからだ。

 「ないのなら、傷が治るまでの間くらい、休んで行かれたらいいじゃないですか。」春子は優しく微笑みながらそう答えた。

 青は感激した。なぜ、見ず知らずの、それも河童を。この娘は助けようとしてくれるのか。そこまでしてくれるのは本当にうれしかった。何かお礼をしなくては。傷が癒えたら何かできることはないか?青は頭の中で様々な考えが回った。そうだ。まだ名前を聞いていなかった。青は思わず大きな声が出る。 

 「あんた…いや、あなたの名前は!」青は聞く。

 「は…」

 「は?」

 「春子…といいます。」

 それが、青と春子の馴れ初めだった。


 程なくして、春子の父は亡くなってしまった。青と春子の2人で看病していたのだが、病には打ち勝てなかった。

 住民は春子が河童を匿っていることを知ると、「河童のせいだ」と根も葉もないことを言い始め、父が死んだことを春子のせいにもされた。

 春子は悲しんだ。病に倒れたのは青のせいでは決してないのに。未知の河童に対して、人は簡単に恐怖したのだった。

 「どこか、村から遠いところで二人でひっそりと暮らそう。」

 青の提案で2人は村を離れ、川の近くの小さな家で暮らし始めた。

 二人は質素ながらも幸せに暮らしていた。

 そんな二人がある日子どもを授かった。名前は二人の名前、青と春から取って、はじめは「青春」としようとした。しかし、春子が

 「清らかな心をもって、河童と人間の間の子だけど胸を張って生きてほしい」との願いから

 「清張」という字にした。

清張は見た目は完全に人間だった。しかし、赤ん坊のころから力が強く、妖力も持っていた。見た目は人、中身は河童という摩訶不思議な人として生まれた。

二人はそんな特殊な境遇で生まれた清張をとても愛した。そんな二人を見守っていたのが河童の長老だった。

 というのも、あれだけ優秀だった河童の青が死んでしまったのではないかと探していたのだが、人間とつつましく生活をしているのを見つけ、始めは静かに見守っていたのだが、子どもが生まれたと知ったら、やはり干渉せざるを得なかった。

 それは、優秀だった青の子どもが生まれたことに大きな期待を寄せたことと、人間と河童の合いの子は河童たち、そして人間たちにとっても忌み嫌われてしまう恐れがあったからだった。

 しかし、長老は二人を尊重した。二人から話を聞くと、春子からは「清張は、いずれ人間と河童の仲を取り持つ存在になると思う」そして青からは「この子は河童としても素質がある。だから、春子が人としての生き方を伝え、そして、おれが河童として鍛える。」とのことだった。実際、清張はまだ立つことができない頃から水の妖力を使い、水を玉のようにして遊んでいた。

 長老は、時折こっそり三人のところを訪れては春子、青の生活、そして清張の成長を見に行っていた。河童と人間の家族はそうやって静かにそして幸せに生活していた。

 

 あの日が起こるまでは。


 それは大きな地震とともにやってきた。梯子山の噴火。河童や春子の村、そして三人の暮らしていた家が脅かされることになったのである。噴火の勢いはすさまじかった。

 「俺が力を使って、被害を少しでも抑える。」

 そう言って青はなるべく安全なところに春子と清張を逃がすように促した。

 「あなたは…あなたはどうなるの!?」春子は噴火が収まらない中、青に聞いた。 

 「助からないかもしれない。だけど、俺がやらなきゃいけないんだ。あの噴火を少しでも抑えないと、人も河童もみんな死んでしまう。山の先にある街だって被害が及ぶだろう。」

 春子は泣いた。そんな噴火をたった一人で収める事が出来たとしても恐らく助からない。止めたかったが、止められなかった。

 「清張を…よろしくな」青はそれだけ伝えると、噴火の勢いが止まらない火山に颯爽と飛んで行った。

 それが青の姿を見た最後だった。

 

 清張はまだ幼かった。しかし、父の背中を朧気ながらに覚えていた。それはとても凛々しかった。

 

 火山は青の水の妖術で被害を食い止められた。しかし、噴石などは止められないものも多く、結果として川が堰き止められたりなど、地形が大きく変わることになった。そしてかつて春子が暮らしていた村は川が堰き止められたことによって、大きな水たまりが出来て、沈むことになった。最も、火砕流などで被害が出ていたので村の人は皆違う所に避難することを余儀なくされていたが…

 これが七色沼を初めとした梯子山の湖畔群の形成の話である。

 

 春子と清張は生き延びた。しかし、二人で生きていくにはあまりにも過酷だった。そんな中、声をかけてくれた者がいた。それは河童の村長だった。

 「青は英雄だ。噴火の被害を抑えてくれた。それに青を助けてくれたかつてのお礼をさせてくれないか。」

 しかし、河童の村は人間を受け入れなかった。

 それは合いの子だった清張も例外ではなかった。

 だが、青の妻と子どもということもあって、仕方なく受け入れることにした。

 しかし、村の河童達は排他的だった。そんな中でも村長は優しく受け入れてくれた。


 年月が経つにつれて、清張は成長した。みるみる大きくなっていき、妖力も磨き上げていった。しかし、青を妬んでいた者が、清張がいずれ力を伸ばしていって、村で権力を持つようになったら困るとこんな噂を流したのだ。

 「やつは人との合いの子だ。だから呪いがかけられている。そしてそれは村にも影響を及ぼす。」

 元々懐疑的だった河童の連中はその根も葉もない噂を瞬く間に受け入れた。

 そのせいで清張は居場所を失った。それだけではなかった。


 春子に石を投げたのだ。

 

 清張は母を庇った。村長も辞めるように言った。しかし、何故人を庇うのかと村長も責められる事になった。事態は収まることはなかった。そして、村長はこう提案した。

 「春子さん、あなたはやはり人里で暮らすべきだ」

 続けて

 「清張は妖力も含めて妖怪としての血が強い。見た目こそ人ではあるが人とは関わらない方がいい。」

 人と離せば呪いは収まると村長は一旦、その噂を利用し、何とか納得させた。しかし、2人きりになってしまった母と子は離れ離れになることになってしまった。

 「もう二度と逢えない」

 清張は激しく泣いた。父との別れ。母との別れ。まだ14の歳だった。河童は300年くらい生きる。そのためまだまだ幼い状態で、両親と別れる事になったのだ。

 「ごめんね。清張。河童として、真っ当に生きられたら…ごめんね。」

 謝って欲しくなかった。母は何も悪くない。悪いのはふざけたしきたりと、クソみたいな連中だ。

 こうして、二度と会うことの無い別れが親子に訪れた。


 以前として村では一人ぼっちだった。村長からはかつての青の話も沢山聞かせてもらった。そしてこう誓った。

 「誰にも負けない強い河童になる。一人ぼっちでも良い。認められなくても良い。強くならないと。」

 そう、かつて見たあの背中のように。

 こうして村の外れで一人で鍛えて、ずっと、ずっと、一人で。



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