第9話 幸島での旅の始まり。塩沼村の七色沼にて。
目を覚ますと、天満さんはいなかった。
「おはようございます。凪さん」代わりというのはあれなのだが、いたのはキビタキだった。
福郎と言ったな。とりあえず挨拶をする凪。
「おはよう。よろしくな。福郎…だっけ」
「そうです。ではまずこれ。昨晩の地図と、移動費。そして連絡先です。天満様は凪くんが寝たあと、すぐに出発したので」福郎は淡々と説明する。
「あぁ…あぁ…ありがとう」朝イチに次々と渡される情報に困惑する凪。
「…やはりまだ眠いようですな。無理もないですね。昨日あれだけのことがあったのですから」
昨日。間違いなく激動の一日だった。美奈の家に飯を食べに行こうとしたら、八咫と名乗る謎のやつに殺されかけたと思ったら変な紋章が浮かび上がるわ、クラスメイトに処刑と言われるわ、助けて貰えたと思ったら幸島を旅しろと言われるわ…
本当に一日で起こった出来事なのかと思ってしまう。正直夢ではないかと思ってしまうが、右手を見ると、明らかに焜創がはっきりと刻まれている。
「…とんでもねえな。」思わず感じたことが口に出る。ついこの前まで何の変哲もない高校2年生だったのに。
「…目が覚めましたか?」福郎は声をかける。
少しの沈黙のあと、凪は福郎を見て言う。
「ああ。」
長い夏休みがようやく始まった気がする。
朝食を取ったあと、福郎は改めて自己紹介をする。
「では改めて、私の名前は福郎と言います。この幸島において、案内人をさせてもらいます。」
「えっと…よろしく…お願いします。」やはりこの目の前の小鳥が渋い声で紳士的に挨拶されると困惑するものがある。
「まず、おさらいですね。今日はこれから七色沼がある塩沼村に行きます。」福郎は話す。
「その、七色沼ってのはなんなんだ?」凪は聞く。
「七色沼は火山によって出来た沼です。川がせき止められて、ダムのように水が溜まり、出来た湖があるのですが、その中の一つで、光の反射によって色が変わることからそのように名付けられました」
「ふーん…」凪はなんとなくわかったように返事をする。
「そこには、河童の一族が住んでいるようで…その中の1人に会って、上手く誓約を交わすこどが出来れば、凪さんのパワーアップに繋がります。」福郎は説明する。
「なるほど…で、ここから見るとどの辺にあるの?」凪は聞く。
「ここから先、数km歩けば見えてきます。しかし、結構な山道なので、少し大変ですが」福郎は話す。
「暑い中の山道かぁ…大変だぁ」凪は気が進まず思わず言葉に出る。
「夏ですからね。これも修行の一環だと思うしか」福郎は言う。
「ではいきましょうか」そうして、旅館を後にする2人。
妖怪たちとの出会い、そして誓約のための旅。その第一歩が始まった。
「…暑い。」歩いて1kmくらい。凪は早速弱音を吐いていた。
「これも辛抱ですよ」福郎は話す。
「くそー天満さんのように飛べればなー」凪は空を見上げながらゆっくりと坂道を登り、そうぼやく。
「霊遊術のことですね」福郎は説明する。
「れいゆうじゅつ?あれ、そんな名前なんだ。」凪は聞く。
「今回の旅で凪くんも使えるようになれば良いですね」福郎はにこやかにはなす。続けて、
「そのためにも、こんな坂でヒイヒイ言っている場合ではないです」と檄を飛ばす。
「ふぁーい…」暑さで辛い気持ちを全面に出した挨拶をする凪。
「…お?」しばらく進むと、段々と涼しくなってくる。どうやら水辺が近付いてきたようだ。
「七色沼が近付いてきたようですね」福郎は話す。
七色沼。梯子山の山地にある湖の中のひとつ。
景色や時間帯によって色が変わってみえることからその名前がついて、観光地としても知られている。しかし、そんな人目に付くようなところに河童がいるとは思えない。
歩くと、湖が見えてきた。どうやらここが七色沼らしい。暑い中だが、ところどころに人がいる。観光客だろう。
「こっちです。この先にある別のほとりに集まっていたりします。」福郎が翼で指した方向に木が生い茂ったところがあった。
「ここからいくの…?」凪は聞く。
「ええ。人目に付かないよう妖術で隠してあるんですよ」
明らかに人が入るような道ではない草木の生い茂った道をかき分けて進むと、木々がより生い茂る。さらにかき分けて進むと少し開けたところがあった。
「ここは普通の人は入ることはできません。霊力を持つものだけが進めます。」と福郎は話すがどういうことなのだろうか。
凪はいささか疑問を持っていたが、少し霧が出てきたところで気がついた。
「…いた。」遠くの方に集落が見える。と言ってもおよそ人が住む感じではない、石で出来たような不思議な家。妖怪の世界なのか、はたまた現実世界に溶け込んで存在しているのか。それは分からない。しかし、湖のほとり、明らかに何かが住んでいるような集落があった。
いた。まだ姿は見えていないけど妖怪の気配を感じた凪。これは焜創の力に覚醒したからなのだろうか?いや、分からない。しかし、確かに気配を感じる。そしてその妖力も。水?ここまで感覚が過敏になったことはかつてなかった。
凪はその力の片鱗に戸惑いつつも、福郎の案内の元、その集落に近づいていく。
そして、「それ」は案外すぐ接触できた。
子どもの頃、何かで読んだことのある妖怪。河童。空想の生き物だと思っていたが、なぜか色々な文献に似たような姿で描かれている。それもそのはずだ。見たまんま。あぁ、実在したんだと思わせる河童が目の前に何体か自分の前に現れた。
のそのそと物珍しそうにこちらを見る河童。肌は緑がかった青色。水かき。そして頭の皿。ある意味感動すら覚えるその見た目の生物が、人間と鳥を見つけて、次々に現れ始める。
凪は恐怖を感じた。襲われたらどうしよう。
しかしその恐怖は案外すぐに無くなった。
「おめさ人間だべ?どっからへぇってきだのか?」
ザ・東北という訛りで話しかけてきたのは、初めに顔を出した河童だった。
「!?…いや…あの…」凪は戸惑う。無理もない。普通に人間の言葉を話している。いや、正直最初は特有の言語かと思ったが、訛っているのだろうとすぐに分かった。しかし、どう答えて良いか分からない。凪は福郎にアイコンタクトを送る。すると、福郎はそれに応えるように河童と会話し始めた。
「私たちは、蘆屋一族の紹介でここに訪れました。とある河童を探しておりまして…」丁寧に説明し始める福郎。
「お前ら蘆屋の使いもんか!なるほどなぁ」河童は蘆屋の名前を聞くと納得したようだった。
なるほど、蘆屋一族は妖怪達の中でも顔がきくようだ。凪は納得した。
ぞろぞろと他の河童達が集まってくる。
ガヤガヤ、ガヤガヤ。凪たちの周りが少しずつ賑わってくる。
「で、誰を探してんだ?」1匹の河童が聞いてきた。凪はそれを聞いて答える。
「えっと…名前が確か…清張!清張ってやつを探してるんだけど!」凪は大勢でザワザワしている河童達に聞こえるように大きな声で伝えた。
凪のその言葉を聞いて、河童の群衆の声がピタッと止まる。
ほんの少しの静寂。しかし凪にとっては永遠に感じられる長さだった。恐怖。まずいことを言ってしまったのか。焦りを感じた。
「ははははは!!!」笑い出すたくさんの河童。敵意ではないようだが、疑問が残る。なぜ名前を出しただけでそんなに笑い飛ばすのか。
「ちょっと!なんでそんな笑うんだよ!」凪は大勢の笑い声をかき消すように怒鳴る。
「おめぇ、あいつはよ、清張はかっぱじゃねえよ!はずれもんだ!はずれもん!」一匹の河童がそう答える。
「はずれもん?どういう意味だよ?」凪は質問する。
「あいつはな。河童だけど人との合いの子なんだ!あいつもそれを気にしておらたちのとこさ混ざる気ねぇからよ!」
河童たちは依然として笑っている。どうやら出自で忌み嫌われているのか、疎外されているのか、はたまた自分から孤立しているのか。それはわからなかったが、凪は確かな気持ちが一つだけあった。
こんなに笑われている一人ぼっちのやつは、つらいにきまっている。
凪自身にも似た経験があった。片親だなんだといじめられていた幼少期。うまくクラスになじめず一人でいる学生生活。別に好きでやっているわけではないのに。なぜこんなに嘲笑されなくてはいけないのか。
凪はぐっと拳を握りしめ、歯を食いしばった。しかし、その群衆を殴りたい気持ちを押し殺して、静かにこう伝えた。
「清張はどこにいる」
怒りを察したのか、またしても沈黙する河童たち。しかし、それは一人の人間の話を笑うためではなく、恐れから来ているものだった。
「…あっちだ。あっちの奥のほとりでひとりでいるよ。」一匹の河童がそう答えた。
「…わかった。」それだけ言うと凪は群衆をかき分けることなく真っすぐ進み始める。しかし河童たちは避けていくのだった。
福郎はその様子を黙って、凪の肩に乗り、見守っているのだった。
奥に進む。岩陰や木々に隠れていたが、また開けた湖のほとりが見えてくる。そしてその湖畔にある大きな岩に一人の少年が座っていた。
「…お前が清張ってやつか?」
凪はその少年に声をかける。
「…そうだが」
そう答える少年。そこにいたのはあまりにも河童とは言えない、いかにも人間らしい少年がそこにいたのだった。
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