第5話 別れ。そして新たな旅の始まり。
「遅いよ凪!もう…!」
居ても立ってもいられなくなり、玄関の前で待つ美奈。
先日に凪から届いたチャット。
「変な化け物にあって月希に助けてもらった」
最初は冗談かと思ったが、どうやら月希の家業が妖怪退治らしいと言うことは聞いていた。
そして今回のチャットからの遅刻。
「せっかくご飯作って待ってたのに…」
心配する美奈。遅刻をして怒ると言うより、不安な気持ちの方が強く、怒りを覚える。なんで大変な目に遭ったのに一人でいる時間が長いのよ!
そう思っていた矢先、上空に人影が見えた。
その人は何やら布団のようなものを持っているが、近づいてくると人間を抱えていることがわかった。
そしてそのまま、家の近くに降り立つ。
美奈は不思議がりながらもその場所に近づく。
「おう…美奈。」
「凪!?」
そこには凪と見知らぬ男がいた。
「では、時間がないので、手短にお願いします。」男は凪にそう言う。
「わりぃ遅くなって」凪は先ず詫びを入れる。
「凪!?飛んできた!?その人は誰!?あ、あとご飯冷めちゃうよ!」美奈は続けざまに早口で話す。
「ちょちょ…言いたいこと全部言うなって!説明するから!でも、時間がないんだ。」凪が話す。
「時間がないって?」美奈は聞く。
「単刀直入に話すと、俺死ぬかもしれない。」凪は意外と冷静に話す。
「え…?死ぬって…え…?」美奈は突然の話に強く困惑する。
「だから、その人に助けてもらった。天満(あまつ)さんって言うんだ。」凪は後ろにいる天満を指さす。
「死ぬって…殺されるの!?誰に!?」美奈は動揺しながら聞く。
「うーん、誰って言うと安倍家とかかな…」凪は少し考えながら話す。
「安倍家!!?どんな悪いことしたらそうなるのよ!!」美奈は今度は怒り始める。
「何も悪いことしてないって!…これからするかもしれないけど…」気まずそうに話す凪。
「これからって殺されるようなことしちゃダメ!」美奈は訴える。
「だからしてないって!でも…俺の存在自体がまずいらしいんだ。これ。」そう言いながら凪は右手にある紋章を見せる。
「これがなんかよくわかんないけど、陰陽師的にはヤバいやつらしくて。だから、狙われてる。で、逃げるためにこれから色々する…らしい」凪は自分で説明しながらも自分自身も全く状況が掴めてないことを痛感する。
「だから、飯食えないって話と」凪は少し溜めて続ける。
「お別れを…伝えに来た。」
「お別れ…って」その言葉を聞いて愕然とする美奈。そして、自然と涙が落ち始める
「死ぬ…かもしれないからな。でも俺、絶対死なないから!大丈夫…だと信じたい。」死ぬつもりはないが自信はない。そんな気持ちで話す凪。
「死なないでよ…。ウワァ…!」大粒の涙が溢れ号泣する美奈。
そして凪の胸元に抱きつき、凪のYシャツが涙まみれになる。
「泣くな泣くなって!」そう言いながら凪は美奈の肩をギュッと抑え、顔を見合わせる。
「今度はちゃんと飯食いに行くから!絶対!」凪はそう力強く話す。
「ッグ…ェン…絶対…ッグ…っだよ…!」
泣きながら答える美奈。
「死んだら…嫌…だか…ら…!」
家族同然に育ってきた幼馴染を泣かせてしまう事態になってしまったことを噛み締めつつ、凪は返事をする。
「…ああ!」
凪の目が涙で潤み、赤くなる。
「…いってくるから!」
そう伝えると凪は後ろにいる天満の方に向かおうとする。
「…もうよろしいのでしょうか?」
天満は凪に尋ねる。
「時間がないんだろ?処刑なんてごめんだし」
凪は答える。
「そうですね。美奈さん?でしたっけ。しばらく、凪くんを預かります。」
天満は美奈に話す。
「あっ…そう言えば…どなたでしょうか…?凪の知り合い?」
美奈は凪にも尋ねる。
「ああ、えっと…天満さんって言って…さっきあったばっかだけど…多分いい人!」
凪は助けてもらったことを思いつつ、どこか嬉しそうに話す。
「どーもー多分いい人ですー」
戯けて自己紹介する天満。
「い…いや…!助けてもらったからすごくありがたいけどまだ会ったばっかだし…!」
凪は天満が『多分』根に持っていると思ったのですかさずフォローを入れる。
「あの…!天満さん!」
美奈は天満に尋ねる。
「なんでしょう?」
「よくわからないですけど…凪をよろしくお願いします…!」
未だに潤んだ目で頭を下げながらお願いをする美奈。
「わかりました。どちらにせよ強くなってもらう必要があるので、凪くんには嫌でも頑張ってもらうつもりでしたから」
しっかり答えつつ、やはりどこかひょうきんな感じで答える天満。
「だよな~…」これから行われるのはどんなことなのだろうと不安になる。しかし、怖気づいていてもしょうがない。
「(でも…ヒーローになれるかもしれないよな…)」
自身の持つ未知の力に戸惑いつつも、可能性を感じ、希望を見出す凪だった。
「では、行きましょうか。」天満の言葉にうなずく凪。
「じゃ…いってくるわ!」そう、美奈に挨拶をすると、天満の顔を見る凪。
「そういえば…またおんなじスタイルで飛ぶの…?」先程の霊力で飛んだ際の恐怖を思い出す凪。
「ええ、もちろん。凪君が飛べれば別ですが。」ニコニコしながら話す天満。嫌味だ。普通の人間は飛べるわけがない。霊力とやらがあれば飛べるのだろうか。そのうち俺も…
そう考えていた刹那、抱えられてぎゅん!と真上に飛び始める。
「ぎゃあああああああ!!ちょっと!合図とかないの!?」当然の怒りをぶつける凪。
「いいでしょう?遊園地のアトラクションみたいで。」先程の緊張感のある逃亡に比べるとだいぶふざけるキャラなんだとここで感じ始める凪。
真下には小さくなった美奈が大きく手を振っている。
「またかえってきてー!!!」叫びながら手を振る美奈。今は夜なのを忘れているくらい精いっぱいの声を出していた。
「ああ!」なんとか片腕を出して、答える凪。
その手には、紋章が赤く輝いていた。それはまるで美奈に対して強くなることを誓っているかのようだった。
「よし!」北に向かって飛び始める天満。
こうして、焜創の力に目覚めた少年の物語は始まった。
「…行っちゃった」美奈は見送った後もしばらくその場に立ち尽くしていた。
「凪…」突然のことすぎて何が何だかわからない。凪の様子もそうだったが自分もそうである。
「…そうだ!お母さんたちに伝えなきゃ!」駆け出して家に戻る美奈。
「ただいま!!凪がね!」そう話しながら玄関を急いで駆け抜けようとする美奈。
「あっ!!」その勢いで玄関に飾ってあったかつて花瓶が割れる。
ガシャン!!
大きな音を立てて、バラバラになってしまう。
「やっちゃった…」かつて、親子教室で凪と3人で作った花瓶。2人ともろくろを回すのが下手すぎて
結局母が作ってくれた思い出の花瓶。
「痛っ!!」拾おうとして、美奈は破片で指を切ってしまう。
「…どうしよう」不穏な予感なのか、どうしようもないことが立て続けに起こる。
美奈は悲しげな気持ちのまま、花瓶を拾おうとした。だが、今美奈に起こっている異変に気付くのはそう時間がかからなかった。
「道中ですが、まあそれなりに時間はかかるので、どこかに止まったりもしますが、あまり時間がないので飛びながら、いろいろ説明します。」霊力で飛行することも慣れ始めたタイミングで説明を始める天満。
「まず、先程の月希さんから説明もあったと思いますが、それは焜創と呼ばれる力です。」
「うん。…うん?」凪は首をかしげる。
「どうしました?」
「なんで、あいつの名前を知ってるんだ?」凪は質問する。
「…うーん…ほら、陰陽師同士だからってことですよ!」明らかに濁す天満。
「ふーん、まあいいや。で、この焜創ってどんな力なんだ?…あと処刑!なんでこれ持ってると処刑されるんだよ!」右手の焜創を見せながら訴える凪。
「そうですね…まずは陰陽師の歴史といいますか、そのあたりから話しますか。」
そう話すと天満は解説を始める。
「元々陰陽道という考えは霊力を持つものが、様々な力を使って妖を倒したり、時には和解したりと言うものでした。そしてその源流が我々蘆屋家の初代当主、『蘆屋道満』です。」
「うん…なんか聞いたことあるような…」凪は頷きながら考える。
「その蘆屋道満が初代の焜創使いだったんです」
「うぇ!?これの!?」凪は右手を見ながら驚く。
「文献と肖像画が残っているのですが、その紋章と同じものが手に描かれていたので確かかと。それで、道満は人と妖がこの力で分かりあえると考えて、全国を回りました。しかし、それをよく思わなかったのが晴明派です。」天満は続ける。
「晴明派はその名の通り、『安倍晴明』と言う陰陽師が設立した、というよりは子孫から英雄視されて名乗るようになったのですが、安倍晴明は元々、霊力を用いて人々の生活を豊かにするという能力者として活動をしていました。」
「霊力を使いこなせてたんだ。」凪は話す。
「そうです。初めは2人とも仲が良かったのですが、次第に決裂するようになりました。というのも道満がその力を誇示し始めたのがきっかけです。」天満は話す。
「道満はその力を使い、全国各地の妖怪を率いて、日本でも有数の権力を持つようになりました。そして、自分達が日本を制する。妖怪が暮らしやすい国にしようとクーデターを起こしたんです」
「…歴史で習ったような、そうでないような」凪は思いだそうとする。
「で、対抗したのが安倍晴明率いる陰陽師達。平安時代唯一の戦争とも言われています。」天満は話す。
「…で勝ったのが安倍晴明と」凪は察したように話す。
「そうですね。そこから妖怪は悪。人間は善。という考えのもと、晴明派は勢力を伸ばしていきました。元々日本にあった神道や仏教の考えも取り入れて、日本でも有数の霊力を用いた宗教になっていったと」
「なるほどねー、どうりであんなバカでかい御殿が立っているわけだ」凪は空から遠くに見える晴明御殿を眺める。
「かなり離れたのに未だ見えますからね。当時の鎌倉幕府を丸々御殿にしたからかなりの面積だと思います。江戸時代以降縦浜は貿易と晴明の街になりましたから」
「なんかその辺の話は口酸っぱく聞かされたなぁ」凪は昔をしみじみ思い返しながら話す。
「縦浜市民ですもんねぇ」天満は話す。そして続ける。
「で、私はそんな安倍家と対立する蘆屋家の当主です。」
「ととととと当主!?」凪は驚く。
「と言っても、霊力を持つのはごくわずかでこれだけ操れるのは蘆屋一族の中でも自分くらいですが」天満は話す。
「でも、そんな人がなんで助けてくれるんだ?それに、これ、それこそご先祖様がやらかしたやつだろ?」凪は尋ねる。
「そうですね…」天満は悩んだ。そして少しの沈黙のあと、話し始める。
「私は力そのものに善悪はないと考えています。力を使うその者こその判断に善悪が生じると」
「私はですね…凪くん。あなたは歴史を帰る焜創の持ち主になってもらいたい。」
「俺が…?」凪がそう言われて戸惑いを見せた時だった
(ギュゥゥゥゥ)
「あ…」凪は照れくさそうにする。そう言えば結局ご飯食べ損ねているから夕ご飯を食べていない
その音を聞いて天満は微笑むと
「しょうがないですね〜、話は後!どこかでご飯でも食べましょうか」
夜空を飛ぶ不思議な旅。その道中で世話をしようとする天満の姿を見る凪。それはどこか嬉しそうでそして初めてあったのにも関わらず、安心する。
そう感じていたのだった。
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