Pentagram 魔を制する力を手に入れた少年は妖怪達を従え、魔を制する。

蜂上 翔

第1話 何も無かった学生生活。夏休み。

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その力は焜創(こんそう)。魔を制し、律する力。」青年は続ける。

 「そして私の名は八咫。貴様を見届けるものだ。」八咫と名乗った青年はそう話すと炎とともに消えていく。

 「おい!!!」凪は叫ぶが、目の前にはもう、八咫と名乗った青年は消えていた。


―――死の淵で発現する。貴様は選ばれたのだ



―――俺は何も持っていない。

 いつも感じているいつもの気持ち。17歳の夏。凪(なぎ)は横になりながら、屋根の影と青空の半分を見上げる。

 小さい時のことはあまり覚えていない。小学校、中学、そして何もかもうやむやの気持ちのまま高校2年の夏を迎えた。


 「…やはり屋上にいた。」聞き覚えのある声が聞こえる。そして空を見上げていた目の前に少女の顔が現れる。

 「うるせぇのが来た…」思ったことがつい声に出る。そう、これはいつもの光景。そしていつもそう思うのだ。 

 「うるさくさせているのはお前のほうだ!毎度毎度入っちゃいけない屋上に上がって、呼びに来る私の身にもなれ!」突き詰める少女。

「お前だって入ってるじゃん」凪はすかさず言い返す。

 「屁理屈を言うな!凪!」怒りながら話す少女。

 少女の名前は月希(つき)。

 学級委員長でいつも凪が屋上でくつろいでいると呼びに来る。今日も今日とて、直ぐにバレて呼びに来たというわけだ。

 「ほら、終業式がもう始まるぞ!」

 そう、今日は夏休み前日。なのでしばらく学校には来ないのだ。だからこそここにいる。

 この屋上にある唯一の日陰。屋根付きの倉庫の前でゴロゴロするのが俺の楽しみだ。夏は涼しくてたまらない。クーラーの風より心まで洗われる気がする。いつもは昼休みにここに来るのだが、今日は午前中に学校が終わるからこうやって寝ていたのだが。

 「ほらっ!さっさと起きる!」

 パシッと月希に軽く体を叩かれ、凪は渋々起き上がる。

 「別にながーーい校長の話聞いて終わりだろ?だったら居た事にして、チャイムなったらそのまま帰るつもりだったのに」凪は話す。

 「その後に、先生から説明があるじゃないか。それに宿題とかもあるし、なにより受験勉強とかも」凪はそのことを聞いて落胆する

 「勉強か…俺別に大学行かなくてもいいよ…勉強嫌いだし、やりたいことないし」

 「でも、今は大学行かないとまともな就職も出来ないからな。将来のためにも、めんどくさいけどやらなくてはな」

 就職か…学生のうちにみんなそこまで考えているのは偉いと感じる。俺なんかはこうやって気持ちよく倉庫の前で風を浴びていればいいのに…

 「…じゃあその将来のために出てやるか。終業式。」

 そう言って凪は重い腰を上げた。


 終業式のながーーい話が終わったらしい。らしいというのは凪は寝ていたからだ。これは別に終業式でなくても普段の授業であっても変わらない。

 しかし、案の定クラスメイトに寝ていたことをいじられた。

 「お前また寝てたやんけ」

 「ようバレずに済んだなー」いじってくるクラスメイト。

 「うるせえ」凪は言い返す。

 「あいつは気性難だからな〜」

 「なにそれ馬かよ」

 「まあ先生の話もあいつにとっちゃ馬の耳に念仏だな」そうクラスメイトにいじられる。

 聞こえているが聞いてないふり。

 この耳栓術が学生生活で身につけた特技だ。

 別にいじめというレベルではないが、こうイジられることも多い。

 特段不快ではないが、仲がいい奴でもないのにイジられるのは気の進むものではない。

 終業式なのに変わらないな…そう思いながら席に戻る凪であった。


 そして、ホームルームが始まる。夏休みに関して先生から説明を聞かされる。受験やら夜遊びやら色々口酸っぱく、結局いつもと言うことは一緒だろと思っている凪。しかし、一つだけ、引っかかる言葉があった。

 「この夏は正念場だぞ。人生がかかっているからな」

 将来か… 俺は何になりたいんだろうな。強みも得意なこともないのに。

 凪はそう考えながらこれから始まる夏のことをただぼんやりと考えていた。

 そして、ホームルームが終わると休み時間になる。各々友人たちと話し始める。

 やれ、テーマパークに行くだとか、海に行くだとか楽しそうに話している。

 そんな中、こんな会話が凪の耳にふと聞こえてきた。

 「月希は夏どうするの?」

 「一緒に海とか行っちゃう!?」と話すクラスメイト。

 「いや…すまない。家業があるのでどうしても時間が限られているのだ。特に夏は忙しくてな」

 そう言って少し笑みを浮かべながらも遠慮がちに返していた。

 ここ縦浜市は都心に近い大きな町で、東都、国の中心地である都のベッドタウンの側面もありながらテーマパーク、海、様々なところがある。しかし、そんな縦浜の地域で数%の土地を保有し、かなり有力な権力をもつ一族がいる。

 それが先ほど話していた月希の家。名を安倍家という。なんでも晴明派とかなんとか言って、神仏陰陽道を統括する大きな組織らしい。かつては西にある帝京で陰陽師として名を馳せていたが、東都が江戸と呼ばれていた時代、将軍を守るために本拠地を変えたそうだ。

 そしてこの話は勉強は得意ではないが小学生の頃からずっと言われ続けている歴史なので縦浜に住んでいる人間はいやでも知っているのだ。

 しかし…せっかくの夏休みなのに家のことで潰れちゃうのはちょっと可哀想な気持ちもある。

 まあ何も無いってのも辛いが...いやなくはないのだが。

 

 ぼんやりと一学期最後の日を終え、皆それぞれ帰路についたり、部活動をやったり、遊びに行ったりなどする。

 凪は、もうやることを決めていた。

 「家に帰って寝る。」

 暑い時期。友人も少ない。特段習い事や部活動もしていない。勉強は…したくない。つまり決まってすることは一つ。昼寝だ。

 そんな急ぎ足で帰ろうとした矢先、女の子に呼び止められる。

 「ちょっとー!」

 「なんだよ?」凪は怪訝な顔でその女の子を見る。

 この女の子の名前は美奈。同級生で隣のクラスにいる。

 そして、俺の義理の家族みたいなものだ。

 凪はシングルマザーで育ててくれていた母が死んで、親の知り合いの美馬家に引き取られることになった。そこの美馬家の一人娘がこの美奈というわけだ。美馬家は今でも面倒を見てくれているが、高校生になったので、さすがに衣食住は自分でやらなくてはと思い、生活費で支えてもらってはいるが、現在は一人暮らし。 

 凪を呼び止めた美奈は少し怪訝な顔で話す。

「そんな顔で見ないの!たまにはご飯食べに来なさいって、毎日でも良いけど!」

 何故か嬉しそうに話す美奈。

 「なんだよそんなことか。俺は忙しいからすぐ帰るの。」

 「忙しいって凪が?」美奈は聞く。

 「ああ、忙しいね。寝るのに」凪は言う。

 「全然忙しくないじゃん!!」美奈は強く返す。  

 「まあわかった、わかったよ!メシ代浮くし、食いに行くよ、でも色々世話になりっぱなしで申し訳ないんだよ」凪は話す。

 「もう…そんな申し訳なく感じることないのに。だってもう家族のようなもんじゃない。」美奈は言う。

 「そうだけどさ…」凪は少しうつむきげに話す。

 「やっぱ、身寄りのなかった俺を引き取ってもらえたのは今でもありがたいけど、さすがに自分で生活できるようになっていかないとなって…」

 「もしかして…ませてる?」美奈はにやついて話す。

 「なんでだよ!とにかく、ありがたいけど自分で頑張るから!」そういって凪は駆け出す。

 「ちょっと!もう…」凪の背中を見送る美奈。

 「ひとりで何でもやろうとするんだから…」見送りながらそうつぶやくと少し物悲しそうにする美奈だった。


 家に帰ると凪は家の有様をみて嘆いていた。

 「うわー…洗い物やってねぇ…」

 洗濯物に食器、そのままになっている状態だった。寝る前にこれを片づけなくては…。

 先程、自分で生活していくとかなんとか行っておきながらこの体たらく。おまけに眠たい。

 「とりあえず片づけてから寝るか…」そういって朝、トーストを乗せた皿を手に取り、スポンジに洗剤を入れる。

 「こうやって一生って終えていくのかな…」そう思った刹那、先程の教師の言葉がふと頭によぎる。

 「(この夏は正念場だぞ。人生がかかっているからな)」

 この夏で一生が変わるのかもしれない…か。

 外では蝉がけたたましく鳴いている。

 

 この時の凪は知る由もなかった。

 この夏、本当に人生が変わることになるとは。

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