第4話-5

 戦争についての難しい話は、私にはわからない。

 だからこそ、まさに過去の世界で経験している、ソラさんの言葉を聞きもらしたくない。


「僕はね、前にも言ったように、戦争に反対する童話を書いているんだ。だけど出版社は相手にしてくれない。検閲に引っかかるからね。非国民扱いされる以上、書いても意味のない紙屑だよ」

「意味がないって……ソラさんの作品が報われる時代は、必ず来ます!」

「そう言ってもらえて、とてもうれしい。でも僕は、この現代にも適応できないってわかった。21世紀になっても戦火は絶えないのに、日本人の多くが平和を当たり前のものだと思って、慣れきっている。ここでも、僕の童話は理解されないだろうね」


 ソラさんもまた、傷ついている。かなしみをたくさん抱えている。

 戦時中を生きているのに、戦争に反対する気持ちを強く持つソラさんは、どんな作品を書くんだろう。


「ソラさんの書いた童話、読んでみたいです」

 え? という表情は、どちらかというとうれしそうだった。

「読んでもらいたいけれど、過去の世界に作品はあるからなあ」

 うで組をして、ソラさんが首をまわした。

「そうだ。小春ちゃんの短歌を、まだ見せてもらってなかったね」

「ですね」

「創作ノート、ある? 見てもいい?」

「もちろんです。恥ずかしいけど……」 

 ほんのひとときでも、ソラさんを心からの笑顔にさせてあげたい。私の歌が少しでも役に立つのなら。

 鞄から取りだした短歌のノートをわたすと、最後のページを熱心に読みはじめてくれた。

 そこには最近つくった中で、特に気に入っている歌を並べてある。


  いつかまた笑えるだろうかうつくしく コントレールが春空を割る

  雨蛙皿の上にてすわるさま さもありなむと空豆を食む

  ブンと鳴るカナブンの羽音熱風を蹴散らしてなお、どこまでも夏

  不器用で蝶々結びも怪しくてその指先で歌を編んでる

  朝まだき夜のつづきのあすの前私をきょうに引き留める星

  あと一秒あなたのことを見つめたらあなたのものになるようで怖い


 最後に記した短歌は、ソラさんを想って詠んだ歌だ。ああ、ほんとうに恥ずかしい。

やっぱり見せなければよかった。

「雨蛙の歌のほかは、文語体ではないんだね。口語体か……こういう言葉遣いの短歌、なんていうんだろう」

 ソラさんがため息をつくように言った。それはあきれたというのではなく、感心してくれているようだった。

「あ、えっと、現代短歌? っていっても私、たまに文語でも詠みたくなるんです」

「現代、なるほどね。今まで目にしたことのない形の歌だよ。新しいね、とっても」

「そんなことないです。今の時代、ふつうなんです」

「そうなの? だけど、いいと思うよ。小春ちゃんの、世の中を見るやさしいまなざしを感じられて」

 舞いあがりそうなほど、うれしい。ソラさんの明るい表情も。


「ありがとうございます。誰かにちゃんと見てもらったこと、涼介のほかにはなくて」

「そっか。涼介くんは作詞をするんでしょう? 彼ならどんな感想を持つのか、じっくり話してみたいな」

 楽しそうに言うものの、ふたりが直接会えることはないんだ。

 文学論なんて私にはできなくても、ソラさんのこういう明るい顔が、もっと見たいと思う。そして何より、もっと一緒にいたいと思う……そうだ。


 深呼吸をして、意を決する。


「あ、あの、私に文学的なことはわかりません。なので、えっと……デートでもしてみませんか?」

 思いついたことを提案してみた。この際もう、恥ずかしがってはいられない。

「デート?」

「き、気分転換に! というか、この現代にやってきた記念に! どこか行ってみたいところはありませんか? 動物園とか、水族館とか、映画館とか」

 言ってはみたけれど、やっぱりめちゃめちゃ恥ずかしい。顔が熱くなっていく。

 デートって、そもそも好きあっている者同士が行くものではないだろうか。ヘンなことを言いだして、困らせたらどうしよう。

「水族館というのは、話に聞いたことがあるよ。近くにあるの?」

「うちから電車で四十分くらいかかっちゃうんですが……行きますか?」

「行ってみたい。デートしよう!」


 そうして私たちは、こんどの土曜に水族館デートをする約束をした。少し先、六月最初の土曜日だ。週明けには中間テストがはじまるからと、ソラさんはゆずらない。

「今すぐ行かなくていいんですか? ソラさんが向こうの世界に戻っちゃうのは、明日かもしれない。ううん、今日かもしれないじゃないですか」

 必死の私にソラさんは、ふっと笑った。

「テスト勉強しなくちゃ。僕が涼介くんである以上、悪い成績だったら申し訳ないよ。もしもデート前に僕がこっちに来られなくなったとしたら、それが僕の運命なんだ」

 ソラさんはそう言うけれど、ほんとうに、いったいいつ、いなくなってしまうかわからない。ソラさんはそれで平気かもしれなくても、私が平気じゃないんだ。

 

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