第3話-2
三人ともその表情に好意的な印象は一ミリもなくて、まるで大嫌いなダンナさんの浮気現場を押さえた妻のような目つきだ。
そんな場面に出くわしたことはないけれど、とにかく私を忌々しく思い、チャンス到来とほくそ笑んでいることはわかる。
「ガガンボ都倉さんさあ、陽彩が好きなら、涼介はあきらめてよね」
つめ寄る美理に言われても、それはお門違いだ。
「わ、私、陽彩も涼介も好きだけど、それは、恋愛感情じゃないから……」
「なーに言ってんの? あんたさあ、男子たちはべらせて、そんなに気分いい? それ、うちらのポジションだっていうの、わかんないの? ガガンボのくせに!」
華恋が眉を吊り上げて、さらに私へと接近する。
なんなんだこの厄介なやっかみは。この子たち、彼らの中に、それぞれお気に入りがいるんだろう。だったら勝手にやってほしい。私には関係ない。
「ちょっとー、聞いてるの?」
その迫力で、私を靴箱のわきの壁に押しやった華恋は、ドン! と、壁を片手で叩いてみせた。
なんだってこんな状況で、噂の壁ドンをやったりやられたりしているんだろう。
「き、聞いてるけど……華恋さん、壁ドンはするより、好きな人にしてもらったほ……」
「は? なに言ってんの? 壁ドンなんて、死語。ってか、あんたなんか教室の隅で、短歌だか俳句だかずっとつくってりゃいいのに。なんで菊池涼介とも晴也とも天とも打ち解けてんの?」
「……なの?」
震えた声は言葉にならなかった。あたりに人影はなくて、しんとしている。
「なによ」
問いただされた。怖いけれど、私はちゃんと華恋と話してみたい。せっかく同じクラスになれたんだし。
思い切って勇気をふりしぼって、もう一度訊いてみる。
「か、華恋さん、好きなの? あの三人の誰か」
「うるさい!」
その大声に、身体じゅうでドキンとする。
「なんであんたと恋バナしなきゃなんないの? そんなのどうだっていいでしょ? 私はね、ガガンボがあの三人に気に入られてるのが、許せないだけなんだってば!」
華恋の怒鳴り声は、雨音も隠してくれない。
私、会話の方向性、まちがえた? どうしてコミュニケーション能力がこんなにないんだろう。いったいどうしたらいい?
「ちょっと、聞いてんの?」
「痛っ!」
三つ編みの片方を華恋に引っぱられた。頭がぐいんと、右に倒れる。
「あ。これ、おもしろいかも」
もう片方の三つ編みも引かれた。頭が左に倒れる。
「ちょ、ちょっと、やめてよ……」
「女子には相手にされないあんたのこと、遊んでやってるだけでしょ」
「華恋、あたしにもやらせて」
美理がいじわるそうに笑う。
「オッケー!」
やだ……怖い。だけど私、なんにも言えない。脚がすくむ。
ゆるい校則を守った三つ編みを、毎日してきた自分がばかみたいだ。三つ編みなら、クラスでも目立たないと思っていた。それが逆にまじめなタイプに見られて、目立っていたのかもしれない。
激しく後悔しても、華恋たちに髪を引っぱられつづける。
「なにしてるの?」
ひとりの男子が外から入ってきた。
救世主……うそ、ソラさん? なんて間の悪い!
「やめてあげて。小春ちゃん、嫌がってるよ」
「ちがうの涼介! これはちがうの、遊んでるだけだから」
あわてて美理が取りつくろう。
「なーにが小春ちゃん、だっての。涼介、あんた頭打ってからキャラ変しちゃってさあ」
しれっと華恋が言う。
「昼休みだって、空がどうの、乗っ取るとかなんとか、意味わかんないこと話してたよね。ふたりして頭おかしくなってんの?」
私は怒りで手が震えた。
頭おかしいって、なに? 誰のせいで頭打ったと思ってるの?
あなたのせいでしょ?
……って、言いたい。のどまで出かかっている。
なのに、怖くて言えない。言ってしまったら、次はどんな怖ろしいことをされるか!
涼介にあやまってほしい。
涼介が変わっちゃったの、全部あなたのせいなのに、どうして平気なの。
私のことはなんとかがまんできても、涼介やソラさんのことを悪く言ったら承知しない。
だけど……言えない!
「うわ、なんなのガガンボの目、キレてんの? マジ、キモイ」
華恋の冷たい声が降ってくる。
「本宮さん、だったよね?」
穏やかに、ソラさんが語りかける。華恋は「なによ」と、噛みつくようにこたえた。
「僕はいいから、小春ちゃんにあやまって。さっき髪を引っぱられて心にできた傷は、なかなか癒せるものじゃないから」
「はあっ?」
「本宮さんだって、そのかわいいふわふわの髪、誰かにもてあそばれたら、嫌でしょう?」
「か、かわいいって……」
「ふたりも、そのきれいな髪は、誰かの遊び道具じゃないでしょう?」
「う、うん……」
美理の顔が、ぽっと赤くなった。
「ねえ……華恋。あやまっとこうよ」
「華恋、ここは美理のためにもさ」
ふたりは華恋の顔色をうかがっている。
「あ……ああもう、わかったよ! ごめんて、都倉さん」
「ごめんね」
「ごめん」
華恋につづいて美理と咲良もあやまってくれた。
それから三人は鞄から取りだした、色違いのおそろいの傘をさして、帰っていった。
ちゃんと傘を持ってきている彼女たちを、ほんの少しえらいと思う気持ちと、あんな人たち濡れて帰ればいいのにという残酷な感情が、私の中で揺れ動いている。
アルミホイルをかじってしまったような感覚を持て余し、私はへなへなと、その場にすわりこんでしまった。一気に身体の力が抜ける。
怖かった。あの人たちになにをされるのか。
それ以上に、彼女たちにものすごく腹が立った。ソラさんを、涼介を、ないがしろにして。
なのに、なにも言い返せなかった。私は弱虫だ。臆病だ。自分が不甲斐ない。
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