第4話

警視庁・取調室。


鉄製の机と、簡素な椅子。

壁は防音仕様、上部には監視カメラ。


テーブルの向かい側には、先ほど葛飾区の医療系会社で拘束した理系風の男が座っていた。

白衣の下に隠していたタトゥーが首元から少し覗いている。

一見落ち着いた顔をしているが、その眼の奥はどこか虚ろで冷たい。神崎はゆっくりと資料を机に置いた。


「……さて、話を聞かせてもらおうか」


男は無言のまま、視線を逸らした。


柊が身を乗り出す。


「このリストは何? そこに行方不明者が含まれているのはどういうこと?」


男は口を開かない。

ただ目線を落とし、無表情のまま。柊が苛立ち、さらに詰め寄ろうとしたその瞬間――


「やめろ、柊」


神崎が静かに制した。

神崎は資料をめくりながら、低い声で言った。


「……お前、前科あるよな」


男の眉がわずかに動いた。


神崎はさらに続ける。


「確か、前は詐欺組織にいたよな。

 そのときの上司は……御堂だったはずだ」


男は目を見開いた。


「……え? なんでそれを――」


神崎は視線を逸らさず、淡々とした口調で言う。


「どうしてって、そりゃ調べるだろ。

 なんたってこっちは、お前から情報を聞き出すんだ。何だって調べるさ。それにここは聴取室、分かるだろ?」


男の喉がごくりと鳴った。

室内の空気がわずかに重くなる。神崎はさらに畳みかける。


「……昔、御堂を捕まえたことがあってな。

 更生した後、真っ当な仕事を紹介したんだよ。もちろん、裏じゃなくてな。でも、アイツの性格は変わってなかった。昔のあの拷問好きは治ってなかったな……」


神崎は無機質な声のまま、わざと淡々と続けた。


「今度飲みに行ったときにでも話してみようか。

 昔の可愛い部下が、またやんちゃしてるってな」


男の顔色が一気に変わった。


「ま、待てよ……それは、やめろよ……」


神崎は表情を崩さない。


「なら、話せ」


「……っ……わ、分かった。話すから……」


男は肩を落とした。

柊は小さく驚きながらも、内心で感心していた。

柊がすぐに本題を切り出す。


「じゃあ、まずあのリストは何? 治験バイトの応募者って言ってたけど、行方不明者も含まれていた」


男は唇を噛んだあと、しぶしぶ口を開いた。


「……あれは……闇バイトの応募者だ。

 表向きは高額報酬の治験バイトを装ってるけど、実際はターゲット選定リストだ」


柊は顔をしかめる。


「ターゲット選定?」


男はうつむいたまま、小さく頷いた。


「応募してきた連中の情報は全部システムに登録される。健康状態、年齢、家族構成、血液型、臓器の適合性まで……全部。そして価値のある人間が選ばれるんだ」


神崎が声を低くした。


「……お前らの上にいる組織の目的は何だ? 世界規模で動いている連中だろ」


男は一瞬、躊躇した。

だが神崎の目を見た瞬間、観念したように息を吐いた。


「俺は……多くは知らない。ただ、組織のシステムを使ってビッグビジネスをするってだけは聞いたことがある……あのリストの人間も、多分その一環だ」


柊がすかさず問い詰める。


「システム? それは何?」


男は震える声で説明を始めた。


「……システムっていうのは、SNSのアルゴリズムと連動したデータベースだよ。SNS上の行動履歴、検索履歴、購買データ、健康管理アプリの記録……そういう日常のデータを自動収集して、臓器の適合性、需要度、そして売値をスコア化するAIだ。人間の生活データを見て、売れる臓器を持ってるかどうか判定する。

 そして、ターゲットが応募しそうな広告を自動生成してSNSに流す」


柊は目を見張った。


「つまり、SNSの闇バイト広告は――ただの餌?」


「そうだ。広告を見て応募した時点で、もう候補者リストに載る。応募者の端末はハッキングされ、生活パターン、位置情報まで全部抜かれる。

 そして、システムが最適なタイミングで“回収”を指示する」


神崎が低く呟いた。


「……じゃあ、あの失踪した大学生も、システムに選ばれたターゲットってわけか」


男は目を伏せた。


「……そうだと思う。でも、回収のあとどうなるかは……俺も詳しくは知らない。ただ、連れて行かれた奴が戻ってきたのは、一度も見たことがない」


神崎は机を軽く叩いた。


「リストに載ってる人間の情報、どこまで知ってる?」


「俺が扱ってたのは国内だけだ……でも、そのリストには、すでに次の候補者が何十人もいる。そいつらがどうなるかは――もう、止められない……」


男の声は小さく震えていた。

柊は息を呑みながらメモを取る。


「……SNSのアルゴリズムを利用した臓器売買ネットワーク……そんなものが本当に……」


神崎は冷たい声で言った。


「信じるしかないだろ。現に、ここに消えた大学生の名前があるんだからな」


男から得られる情報は断片的だったが、組織の一端が確かに見えてきた。そのシステムは、SNSという日常のツールを使い、広告やおすすめ投稿を装ってターゲットを選別し、自然に闇バイトに誘導して回収する仕組みだった。


「そういえば神崎さん、そんな危険な人と知り合いだったんですね」


「ん?あぁ御堂のことか。あいつまだ塀の中だよ」


淡々と言う神崎に柊はえっ、と声をあげます。


「調べたら御堂の元で動いてたらしいからな。御堂の情報はほぼ伏せられているし、知らなくても当然だ。それに奴は当時、裏切り者の凄惨な拷問で有名だったからな。奴の名前を出せば吐くと思ったんだよ」


「神崎さん……」


柊の冷たい目線に神崎は「し、仕方ないだろ……」と肩をすくめた。



━━━━━━━━━━━━━━━


その夜、警視庁・合同捜査本部の会議室。


大きなモニターに映し出されたのは、先ほど押収したパソコンのデータと、男の供述内容のまとめだった。


公安部、外事課、捜査一課、サイバー犯罪対策課――各部署の責任者が揃う。

管理官が口を開いた。


「――以上が、葛飾区の医療系会社で押収したデータと、容疑者の供述だ」


会議室の空気は重い。サイバー対策課の担当官が補足する。


「押収したパソコンから、SNSの広告配信ネットワークに不正アクセスした痕跡を確認しました。

 ターゲットとなるユーザーにだけ、特定の広告やDMが表示されるよう細工されていた形跡があります」


「つまり、狙った人間だけが闇バイトの広告を見る仕組みか」


外事課の刑事が顔をしかめる。


「そうです。しかも広告をクリックした瞬間に、端末が感染し、生活データが抜き取られるようになっています。位置情報、健康状態のアプリデータ、購買履歴――それらを元に臓器の需要スコアを計算していたとみられます」


公安部の捜査官が資料をめくりながら言う。


「つまり、このシステムはSNSのアルゴリズムを完全に利用して臓器売買のターゲットを自然に炙り出すってことか」


「はい。そして、そのリストは国外のサーバーと同期していました。恐らく、世界規模でターゲット管理をしている可能性があります」


管理官が静かに言葉を重ねた。


「……もはや、これは単なる国内事件じゃない。

 国際規模の臓器売買ネットワークの一部が、日本国内にも根を張っていると見ていいだろう」


会議室のモニターに、新たに映し出されたのは押収したリストの一部だった。


名前、生年月日、血液型、健康度スコア――

その中には、現在行方不明になっている人物の名前が複数含まれていた。


柊が小声で呟く。


「……これ、全部……?」


管理官は深く息を吐いた。


「このリストに載っている人物は、現在行方不明になっている者、もしくはSNS経由で闇バイトに応募した者だ。まずはこの対象者の身柄保護を最優先とする。同時に、SNSに仕組まれたこのシステムの解析を進める。国外の捜査機関とも連携して、バックにいる組織を突き止める。」


サイバー対策課が即答した。


「広告ネットワークのルート解析に入ります。ただ、暗号化が特殊で、完全解析には時間がかかります」


公安部の担当官が頷く。


「海外の捜査機関にも照会をかけます。ロシアで押さえたブリーダーの供述と照合する必要がある」


捜査一課長が神崎と柊に目を向けた。


「君たちが追っていた行方不明者も、このリストに載っている。引き続き、行方不明者の足取りを洗い直してくれ。もしかすると、まだ国内に生存している可能性がある」


神崎は短く頷いた。

柊も真剣な顔でメモを取る。

管理官の声が最後に響いた。


「――これは、国をまたいだ臓器ビジネスの仕組みだ。ただの犯罪組織じゃない。人間を商品として管理するための、完全なシステムだ。国内で被害者が増える前に、必ず止めるぞ。以上だ」


会議室は静まり返り、全員の表情が引き締まっていた。小さな行方不明事件が、世界規模の臓器売買ネットワークの糸口に変わりつつあった。


━━━━━━━━━━━━━━━


午前十時。


悠真は自宅の机に座り、今日もオンライン授業を受けていた。

画面には教授と十数人の学生の顔が並ぶ。


――だが、そこに三浦の顔はなかった。


昨日もいなかった。今日もいない。

二日続けての無断欠席。


(……何やってんだよ、三浦)


不安が胸をかすめるが、今は授業に集中するしかない。

そのときだった。パソコンの画面が突然固まった。


「えっ……」


カーソルが動かない。

次の瞬間、画面全体がフリーズし、音声も途切れた。


「嘘だろ!今かよ!」


思わず声が出た。

画面の中央に映る教授が怪訝そうに眉をひそめる。


「桜井くん? どうしましたか?」


だが、悠真は返答できない。

マイクも反応せず、完全に操作不能だった。

そのとき、画面右下に小さくポップアップが表示された。個人チャットのみがとりあえず生きていた。


澪 → 個人チャット:

『どうしたの?パソコンの調子悪い?』


悠真は慌ててチャットを打つ。


『原因不明だけど、いきなり動かなくなった』


数秒後、澪から返事が来た。


『分かった、教授には私から伝えておく。今日は不慮の故障で課題提出扱いにするように頼んでみる』


「助かる……」


授業はそのまま終わった。とりあえず今日は欠席扱いにはならない。だが、このままじゃ何もできない。悠真はパソコンの再起動を試みた。

起動にやたら時間がかかったが、なんとかデスクトップ画面が戻った。


「……頼むよ、もう止まるなよ」


学校のサイトにアクセスしようとした瞬間。大量の外国語メッセージが、一気に画面を埋め尽くした。


アラビア語、中国語、見たこともない記号の羅列。そしてSNSの投稿通知が、異様な速さで更新され続ける。


「な、なんだよこれ……」


タイムラインを覗くと、臓器の写真、血液型を羅列したリスト、「高額バイト募集中」「品質保証」といった意味不明な投稿が洪水のように流れていく。


投稿が更新される速度は、普通じゃなかった。

1秒に10件以上――目で追う間もなく画面が書き換わっていく。


悠真は思わずパソコンを閉じた。


(……もうダメだ)


もうどうしようもない。

悠真は決めた。修理に持ち込んで、ダメそうなら買い換えよう。


━━━━━━━━━━━━━━━



午後、悠真は近所のパソコン修理店へ向かった。

受付にいた店員は30代くらいの技術者風の男性だった。


悠真は現状を説明する。


「最近買った中古のパソコンなんですけど……

 動作が異常に重くて、変なメッセージやSNSの通知が勝手に来るんです。さっきは授業中に完全に止まっちゃって……」


店員は真剣な顔で頷く。


「分かりました。とりあえず、中を診断してみますね」


店員がパソコンを接続し、専用ツールで内部を解析し始めた。画面には、CPUの稼働率、メモリ使用率、通信ログがリアルタイムで流れていく。

数分後、店員は眉をひそめた。


「……これは相当負荷がかかってますね」


悠真が不安げに聞く。


「負荷……?」


店員は冷静に説明した。


「通常、パソコンがここまで重くなるのは、

 ①大量のデータを長期間保存していて、システムに負担がかかっている場合か、②短期間で異常なアクセスが集中した場合です。

今のログを見た限り、外部からのアクセスが断続的に入っていた形跡があります。それに、動作を重くするプログラムが仕込まれていましたね」


悠真は言葉を失った。


「……外部から……?」


「はい。しかも、アクセス先が国内じゃない。海外のIPでした」


店員はさらに続ける。


「あと、これ……パソコン内部に最初から入ってたファイルが原因のひとつかもしれません。

 大量の個人情報リストのようなものが隠しフォルダにあって、それが常にネットワークと同期してたみたいです」


悠真の心臓がドクンと跳ねた。


「リスト……?」


「ええ。とりあえず故障というよりは一時的なシステムハングでした。リストは既に外部に送信されていましたが、こちらではウイルス除去とリストの抽出は終わってます。一応、USBにバックアップしておきましたけど……見ますか?」


悠真は一瞬迷ったが、頷いた。


「……お願いします」


待っている間、悠真はスマホを取り出し、三浦にメッセージを送った。


『おい、元気してるか? 今日も授業休んでたけど大丈夫か?』


既読はつかない。

胸がざわつく。


(……まさか)


悠真はすぐに三浦のSNSアカウントを確認した。


だが――


“このアカウントは存在しません”


目の前が真っ白になった。

さらに別のSNS、LINE、すべての連絡先を確認する。三浦に関するアカウントが、まるごと消えていた。


「……何だよ、これ……一体……」


そのとき、スマホの通知にネットニュースの速報が上がった。


『日本で国際犯罪組織による臓器売買事件か?

 狙われたのはSNSで闇バイトに応募した若者の可能性』


悠真は戦慄した。


思い出す――

三浦が見せてきた「稼げる治験バイト」の画面。

しゃもじ旅行記の「臓器提供」のタグ。


「……嘘だろ……そんな、まさか」


足元がぐらりと揺れる感覚がした。


「お待たせしました」


店員が戻ってきた。


「ウイルスは除去しましたが、元々あったリストが原因だった可能性が高いです。それと、USBにコピーしておきました。中身は……あなたの判断に任せます」


悠真は無言でUSBを受け取った。



家に戻ると、悠真は震える手でUSBを挿した。


画面に開かれたファイル――

そこには、膨大な名前、生年月日、血液型、健康状態のスコアが並んでいた。

恐る恐るスクロールしていくと――


「……っ」


三浦朔也の名前があった。その横には、冷たく記されていた。


『提供済み』


「ま、さか……」


声にならない声が漏れた。三浦が、もう――


悠真は震える指でさらにスクロールした。そして、画面に映し出された名前に、凍りついた。


桜井悠真


自分の名前の横には、こう記されていた。


『適合調査中』


「…………」


全身の血の気が引いていく。


自分が――狙われている?


パソコンを勢いよく閉じた。


見なかったことにしたい。

だが、頭から離れない。世間を騒がせる臓器売買事件。消えた三浦。削除されたアカウント。自分の名前が載ったリスト。


(俺……終わるのか……?)


不安と恐怖で呼吸が荒くなる。

そのとき、スマホが鳴った。


画面に表示された名前――



悠真は迷わず通話を取った。


「……もしもし……?」


スマホの画面に表示されたのは澪の名前だった。

悠真は震える指で通話ボタンを押した。


「……もしもし」


澪の声は、いつも通り落ち着いていた。


『悠真? 今日の授業の件、とりあえず私が教授に説明しておいたから大丈夫だよ。でも、一応悠真からも後で連絡したほうがいいかも』


「……あぁ、ありがとう……」


だが、そこで言葉が詰まる。


沈黙。


通話の向こうで澪が怪訝そうに声を上げる。


『どうしたの? なんか声が変だけど……』


悠真は喉が乾くのを感じた。恐る恐る口を開く。


「なぁ……三浦って、最近連絡取れてる?」


澪が一瞬黙った。


『……やっぱりそのこと、気にしてるんだ』


「え?」


『私も気になってる。連絡が取れないのはもちろんだけど、家族とも全然繋がらないらしい。言おうか迷ってたけど……実は警察に捜索願、出したみたい』


悠真の頭が真っ白になった。


捜索願――

つまり、三浦は本当に行方不明扱いになっている。


「……まさかとは思うけど……今起きてる臓器売買事件って」


澪は息を呑んだ。


『……まさか。そんな偶然、ある?』


「……」


『だって三浦くん、ただ治験のバイトしてただけなんでしょ? そんなのから巻き込まれる?』


澪はまだ信じきれないようだった。悠真は決意したように言った。


「……澪、今からビデオ通話に切り替えていいか」


『うん、いいけど……』


通話が切れ、すぐにビデオ通話が繋がる。画面の向こうで澪がこちらを見つめる。


「見てくれ。……これが、俺のパソコンで起こってることだ」


悠真はパソコンを開き、異様なSNSの通知履歴、そして修理店からもらったリストを映した。


画面に映る膨大な個人情報の羅列――


澪が息を呑む。


『な、なにこれ……』


悠真はスクロールし、三浦の名前を指した。


「ここ……三浦の名前がある。そして横には――提供済み」


澪の顔色が変わった。


「まだある……」


悠真はさらにスクロールし、自分の名前を映す。


桜井悠真 ――適合調査中


澪は言葉を失った。


『……これ、どういう意味? 個人情報に……この提供済みって何よ……それに、悠真の名前まで……』


悠真は震える声で言った。


「怪しいとは思ってたんだ。

 パソコンを買った時の変なやり取り、SNSの不具合、臓器提供のハッシュタグ……三浦のバイトが関係あるかは分からない。でも、もしこのパソコン、いや仕込まれたプログラムがあって、適合者を釣るための餌が闇バイトだったら……」


澪は顔を伏せた。

頭の整理が追いつかないのが見て取れた。


『……そんな、信じられない……だって悠真はたまたまそのパソコンを買っただけで、でも……』


悠真も同じだった。

だが、このまま何もしなければ自分も三浦のように消える。

沈黙を破ったのは澪だった。


『……とりあえず、三浦くんの家族に話してみる。それと、警察にも言ってみる……悠真はどうする?』


悠真は恐怖を押し殺しながら言った。


「俺は、警察に行く。このリストを持って。

 多分、仕込んだ犯人は、このリストが見つかることを想定してなかったんじゃないか……分からないけど、今はそれしかない」


澪は強く頷いた。


『分かった……気をつけて。絶対に一人にならないで』


「澪も……気をつけろよ」


ビデオ通話が切れた。

部屋のテレビをつけると、ニュースが報道していた。


『続報です。国際犯罪組織による臓器売買事件の可能性が高まり、SNS経由で闇バイトに応募した若者が狙われている模様です』


ニュースキャスターの冷たい声が、悠真の鼓膜を震わせる。


(もう間違いない……これは現実だ)


悠真はパソコンをバッグに入れ、USBをポケットにしまった。


――今すぐ、警察に行くしかない。


恐怖が全身を締め付ける。

だが、動かなければ自分も消える。



その頃、澪も恐怖を押し殺しながら動いていた。


三浦の家族に連絡を取り、

「悠真と話した内容を伝えるべきか……でも証拠が……」と迷いながらスマホを操作していた。


そのとき――スマホに新しい通知が届いた。

画面の上に浮かんだ文字列。意味不明な中国語のメッセージ。


澪は気づかない。

ただ、胸の奥がざわつく感覚だけが残った。




悠真が外に出ると、街はいつも通りの風景だった。

人々はスマホを見ながら歩き、コンビニの前で高校生が笑い、交差点にはバスが停まる。


――でも、この日常のどこかに仕組まれた罠が潜んでいる。


悠真は自分がそのターゲットになっている恐怖を感じながら、足を速め、警察署へと向かった。

胸の奥でずっと響いているのは、あのリストに刻まれていた三浦の名前。


『提供済み』


そして、自分の名前の横にあった文字。


『適合調査中』


(……まだ間に合うのか? 俺は、本当に……助かるのか?)


恐怖が喉を詰まらせる。

でも、今は進むしかない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る