第4話 母はヴァンパイア4
なんとも刺激的な1日だった。
春香達の話によるとヴァンパイアに限らず、翼とか生えている種族は普段、それを隠して生活しているそうだ。
翼を隠しているところなんて一度も見たことのない自分の母は変わり者なのだろうか。
「あら、おかえり。今日は遅かったのね」
頭上から聞こえる母の声。
また空を飛んでいるな、と思いながら顔を上げるとやっぱりスカートで空を飛んでいる母の姿があった。
「だからスカートはいてるときは飛ぶなって……」
「アンタは気にし過ぎなの。誰も見てやしないわよ」
買い物帰りらしく両手にスーパーの袋を持った母が突風にあおられる。
言わんこっちゃない、といった表情で顔を背ける走矢にエリスは言う。
「アンタ、自分がどうやって生まれてきたと思っているの」
「やめろよそういうの、絶対なんかのハラスメントだよ!」
走矢の言葉をよそに、玄関前に着陸するエリス。
「鍵開けて。両手ふさがっているんだから」
と走矢に指示を出す。
それは些細な事からはじまった。
「まったく、これじゃあ母さんの食事係だよ」
走矢の血を吸ったあと、自室に向かうため彼に背を向けた母に向けられた言葉だ。
けっして嫌味の類などではない。
以前も似たようなことを言った走矢に面白おかしく返した母。
今回も会話のきっかけのつもりの発言だったのだが、母の反応は冷たかった。
「なに、文句あるの?」
母の言葉もそうだがこちらを見向きもしない態度に驚きと苛立ちをおぼえる走矢。
いつの頃からか母とのだんらんが減り、母が意図的に自分を避けているように感じられるようになった。
「なんだよ、怒ったんならこっち向いて怒れよ。パンツは見せるくせに顔は見せないのかよ」
反論する走矢。
「アンタに……、何が分わかるの……」
「言ってくれなきゃわかるわけ無いだろ」
走矢はそう言って母の肩をつかむと彼女を振り向かせる。
エリスは今にも泣き出しそうな顔で言葉を絞り出す。
「アンタなんて産まなきゃよかった」
自分の口をついて出た言葉に青ざめるエリス。
「ちっ、違う! 今のはそういう意味じゃない!!」
「違うって……、何がどう違うんだよ……」
必死に謝罪し言い訳をするエリス。
「うん……、わかっている。ちょっとお互い頭を冷やそうよ……」
そう言って自室に入ってしまった。
「違う……、そうじゃないのに……」
泣きながら繰り返す。
母が自分の事をどう思っているのか、考えた事がなかったわけではない。
母はヴァンパイアで人間の自分よりも長寿な種族。
自分が老いて死んだ後も何百年と生きるのだろう。
実の親子なのに同じ時間を生きられない。
そんな自分は母にとって邪魔な存在なのではないだろうか。
走矢は成長するにつれてそんな事を考えるようになっていた。
自室に入り、椅子に座って机に突っ伏す。
「俺がいるから母さんは自由になれない……」
こんな事を考えるのは今日が初めてではなかった。
母が素っ気ない態度を見せるたびにそれを連想する。
それでも最後は、『母がそんな事を考えるはずはない』と自分に言い聞かせてきた。
しかし、今日その連想は正しかったと証明されてしまった。
涙が頬をつたうのがわかる。
「もし、父さんが居たらなんて言ったんだろう……」
エリスは頭をかかえて後悔していた。
何であんな事を言ってしまったのか。
あの言葉を言い放ったときの我が子の表情。
全てに絶望して生気が無くなったような表情だった。
目を瞑るたびにあの表情の走矢が思い浮かぶ。
成長するにつれて亡き夫に似てくる走矢。
当たり前だ、彼は自分の愛した男のクローンの様なものだ。
年月が経つにつれて自分が抑えられなくなってくる。
あの夜だって酔ったふりをして彼に抱きついてしまった。
彼と距離を取るようになったのも母親であり続けるためだった。
でもそのために彼を傷つけてしまっていたのなら、それは間違いだったのだろう。
右手を開き、そこに握っていた物に目をやる。
それは針金で作った輪っかにアルミホイルを巻きつけた、走矢の自作した指輪だった。
他人が見ればゴミにしか見えないだろうその指輪は、走夜が初めて母に贈った物だった。
(泣かないでお母さん。僕が大きくなったらお父さんの代わりに結婚してあげるから。これは婚約指輪だよ)
あの日のあの時の光景は今でも鮮明に思い出せる。
全てに絶望していた自分を救ってくれた宝物。
「やっぱりちゃんと話さなきゃ」
そう、意を決して訪れた彼の部屋には誰もいなかった。
こっそりと家を抜け出し、家から離れたコンビニで立ち読みをする走矢。
近くだとすぐに見つかると思ったからだ。
それでも母なら自分の気配を追ってすぐに見つけられるはずだ。
母もショックをうけているのだろうか。
それとも自分がいなくなって清々しているのだろうか。
考えるたびに悪い方向に想像力が働いてしまう。
「もうちょっと待ってよ、卒業したら……」
思わず呟いてしまった。
ふと、何かの気配を感じて前を見ると、コンビニのガラス越しに小さく手を降る
「偶然だね、こんなところで合うなんて」
「うん、私の家この近くだから」
何か違和感を感じながらも彼女に誘われるままに近くの公園に入り、2人はブランコに腰掛ける。
「ねぇ、何かあったの? 凄く落ち込んでいるように見えるよ?」
「えっ! ああ……」
なんとも言えない返事を返してしまった。
「話してみてよ。楽になるかもよ?」
そう言うと羽月はブランコから降りて走矢の前に立つと、前かがみになって顔を近づける。
「まっ、間野さん……」
「羽月って呼んでよ」
そう言うとさらに顔を近づけ、ついにはその吐息を感じられるまでになった。
次の瞬間、何かが物凄い勢いで彼女の顔があった位置に突き刺さったように見えた。
走夜の肩越しに蹴りのポーズの桜。
そして走矢を囲むように降り立つ咲花、直、春香。
「下がってろ、走矢!」
桜はそう叫ぶと走夜の肩を掴み、自分の後方に押しやる。
「上手く気配を隠せていたと思ったんだけどなぁ」
そう言って桜の蹴りでふっ飛ばされた羽月がゆっくりと立ち上がる。
その背中からは6枚、3対の烏のような黒い翼が広がり、口元に牙が確認できる。
「間野さん、ヴァンパイアだったの?!」
「それも良からぬ事をたくらむな。正体を隠す奴は大体そうだ!」
「逃げて、あいつの狙いは貴方よ!」
春香の言葉に、
「分かった、誰か対処できる人を呼んでくる」
そう言って公園の外に出ようとする走矢だったが、あと少しというところで見えない壁に阻まれる。
「馬鹿ね、結界ぐらい張るわよ」
背後から羽音と共に聞こえてくる声。
驚いて振り向くとグッタリとした桜を掴んだ羽月が舞い降りてくる。
羽月越しに倒れている他の3人も見える。
同じヴァンパイアなのに格が違いすぎる。
諦めかけたその時、結界を破って母エリスが羽月にドロップキックを御見舞する。
「母さん!」
「逃げなさい、走矢!」
「させない!」
羽月がそう叫ぶとエリスが破った結界が修復される。
「16年間お疲れ様。走矢君は私が美味しく頂いてあげるわ」
「ふざけないで! あの子はアンタのモノでもなければ食べ物でもない。アタシの大切な一人息子よ!」
今まで走矢が見たことない形相で羽月に向かっていくエリス。
一進一退の攻防が繰り広げられる中、桜が話しかけてくる。
「多分お前のかーちゃん、全然血を吸っていない。お前に噛み付いていたのは
驚く走矢の視界には少しずつ押されはじめた母の姿があった。
いても立ってもいられなくなった走矢は母の元に駆け寄ろうとするが、桜に止められる。
「お前の中にはまだかーちゃんの加護がある。それに俺達のを加える。副作用とかあるかもしれねぇけどやるか?」
「咲多さん、皆も頼む。力を貸して」
「桜、な?」
「なるべく痛く無いように噛むからね」
「先っちょだけ先っちょだけ」
「頑張ってね」
桜、直、春香、咲花が走矢の右腕に牙を立てる。
「右手の一撃にかけるんだ」
そう言って桜は走矢を担いで舞い上がる。
他の3人も翼を広げ上空から羽月に突撃する。
最初に3人が羽月に飛びかかり、動けないよう拘束する。
これが長く続かない事はわかっている。
その一瞬のスキを突いて走夜の右ストレートが羽月の腹部に入る。
3人の拘束が解けるほどの威力で、羽月が吹っ飛ぶ。
「こっ、このくらい……」
何とか立ち上がる羽月に、
「うちの子に二度と近づくなぁ!!」
怒りの母の回し蹴りが顔面に炸裂した。
「母さん!」
母を呼び、駆け寄って来る走矢。
我が子の無事を確認すると、エリスは力無く倒れ込む。
それを抱きとめる走矢。
「母さん……」
「ごめんね、アンタが成長するにつれて……。アンタの事、息子として見れなくなっちゃったの。愛してるわ、世界で一番……。お父さんよりも」
「なに遺言みたいな事、言ってるんだよ!」
「俊紅なんてどうでもよかったの。アンタさえ幸せになってくれれば……。ごめんね、普通の子に産んであげられなくって……」
「やめろよ、そんなこと言うの……」
「走矢、手ぇ出せ」
見かねた桜はそう言って自分の牙で走夜の右手首を切り裂く。
「ちょっと桜、何してんの?!」
「確かに俊紅の血なら助けられるかも」
驚く直に春香が説明する。
走夜は手首から流れる血を口に含むと、口移しで母の口内に注ぎ込もうとする。
しかし、それを必死に拒むエリス。
人間を愛し、人間の子を授かった彼女にとって人間は愛すべき対象であり、その血は愛すべき存在の命その物であった。
夫である新矢を愛したときから人間の血を飲めなくなってしまったのだ。
必死に走矢を押し返そうとするエリスだったが、全く力が入らない。
(いつもなら俺なんて簡単吹っ飛ばせるのに、こんなに弱って……。頼むから飲んでくれ、俺のために)
母の口内に血が注がれていくにつれて、我が子を拒絶していた両手は力強く彼を抱きしめていた。
後日
「よお、怪我の方は大丈夫か?」
「ああ、おかげさまで。ありがとうな、桜。皆も」
「遅いわよ、走矢」
教室に入った一同が目撃したのは、この学校の制服に身を包んだエリスの姿だった。
「母さん、どうして? どうやって?!」
「あんなヤバい奴簡単に転入させちゃうなんて明らかに学校側の落ち度なんだから、アタシの転入を特別に認めさせたの」
鼻息荒く語る母。
「ライバル出現ね」
桜の耳もとで春香が囁く。
「似合ってるし……」
と、咲花。
「あだ名はエリちゃんだね」
脳天気な直。
そして盛大なため息をつく走矢と桜だった。
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