第22話 サンタは街にやってこない

 二学期の期末テストが始まった。詳細はもう書く必要がないだろう。目的ができてからの窓香は何かが吹っ切れ、前へ前へと突き進むだけだ。窓香の前に道はない。窓香のうしろに道は出来るのだ。高村光太郎は正しかった。


 試験の成績だけ見ると、N高はすでに手の届く範囲にある。内申書がどうなるのか気になるところだけど、そればかりは窓香の努力の及ぶ範囲ではもはやない。まあ、冴えなかったとはいえ、窓香の3年間は非常に真面目な日々であったし、「ペルソナ・ノングラータ」と書かれることはないだろう。それだけでも上出来だと思うことにする。


 それより窓香が段々としんどくなってきたのは、ダブル・タバタの存在である。勉強を見てくれるのはありがたい。しかし、最近は二人の様子がどうも変だ。


「もうすぐクリスマスだね」

 口火を切ったのは帯刀君だ。期末テスト直前の図書室だ。


「うん。もうすぐ冬休み」


 窓香にとってクリスマスとは、冬休み最中の、ケーキ投げ売りセール日くらいの印象しかない。もちろん、窓香の家族の中でクリスマス・プレゼントの交換がなされる、なんてことは金輪際ない。でも、父や母がこっそり兄にプレゼントと称してお小遣いをあげているのは知っている。でも構わない。なぜなら、窓香のお祖母ちゃんも「お父さんお母さんには内緒ね♪」と言ってお小遣いとかプレゼントをくれるからだ。そう、つまり、江戸川家にとって、クリスマスとは闇でお金が動く日なのだ。


「いや、そうじゃなくてさ…」

 帯刀君が苦笑する。そうじゃなくて何なんだろう。帯刀君のことだから、また「クリスマスは別荘に行くの?」とか聞いてくるんだろうか。


「オマエ、クリスマスってどうしてるの?」

 いきなり幸人君が窓香に振ってきた。


「クリスマス?」

「…だよ、クリスマス」

「う、うち真言宗だし」

 父方のお墓は和歌山にある。


「そんなこと聞いてねえよ。もしかして、クリスマスって何もしえねの?オマエん家」

「逆に聞くけど、幸人君と帯刀君の家は何かするの?」

 ダブル・タバタは顔を見合わせる。

 

「ツリー飾ったり」

「サンタに扮した父さんがプレゼントをくれたり」

「みんなでちょっと豪華なレストランに食べに行ったり」

「クリスマス・セールで買い物したり」


 そうだった。ダブル・タバタの家はかなり裕福だ。ブルジョワってこういう生活を享受してるのね…友だちのいない窓香はどこの家も窓香のところみたいに、25日に安売りになったケーキだの投げ売りフライドチキンだこを買い込んで、家族で食べまくるのかと思っていた。


「そ、そうなんだ。ウチでは全くそういうことしないわ」


「どこか行くか?」

「どこか行こうか?」

 ダブル・タバタが同時に窓香に聞いてくる。


「はあ?行かないよ」窓香瞬殺。


 こいつら何を考えてるんだ。今が頑張り時だろう。遊ぶヒマなどないだろう。あ、ダブル・タバタは余裕の合格圏内だもんなあ。イイよねえ。


 窓香の予想外の塩対応にタバタズは黙り込む。流石に、自分たちの置かれている状況が分かったようだ。それにしても、帯刀君も幸人君ももっと冷静で慎重なキャラだと思ってたけど、何でここに来て浮かれているんだろう。


 クリスマスって、中学生にも何かの魔法をかけるもんなの?窓香に魔法がかからないのは、ウチがお金持ちじゃないから?


 「じゃあじゃあ、初詣は?」

 気を取り直した帯刀君が聞いてくる。


 「そ、そうだよな。やっぱり合格祈願とかしないと」

 なぜか幸人君までが帯刀君の意見を強く支持する。

 

 「あ、それなら大丈夫。奈良の友だちのお家に行った時、お父さんが祝詞あげてくれたから。1年間有効って言ってたから。来年のお盆まで効力あるし」


 「おみくじとか引かんの…?」

幸人君がおずおずと、それでも食い下がってくる。しつこい。何としてでも私を家から引きずり出したいのか。


「凶出たらイヤだし要らない」

 

 そ…そうだよね。縁起でもないもんね…とどんどん元気がなくなっていくタバタズ。


 何でそんなに年末年始のイベントにこだわるのだろうか。理系人間の幸人君なら、「くだらない」って一蹴しそうなのに、なに信心ぶってるの? 幸人君のキャラじゃないよね?


 帯刀君も別荘でもスキーリゾートでも出かけて、暖炉の側で大型犬でも撫でてればいいのに。なんで、庶民階級の窓香に声をかけてくるわけ?哀れみ?やっぱり金持ちは分かんない。窓香はため息をつく。


 高校入試が無事終わったら、私は大好きな…大好きな聖ちゃんの家族に会いにいくんだ。聖ちゃんなら絶対金持ち自慢なんかしないもん。

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